4 / 17
02 運命
しおりを挟むパチパチと薪の爆ぜる音だけが聞こえている。
目の前の胸当てを纏って剣を帯びている彼―――はあまり口数が多い方ではないらしく、また真凛もそうだったので、二人の間にはしばしば沈黙が落ちていた。
こういった場合、元の世界では気まずい空気が流れたりしていたのだが、今は彼の方も気にするふうでもなかったので、真凛は安心した。
この静けさを楽しみたい気もしたが、敢えて口を開いた。
「余計なことかもしれないけど・・・夜も遅いのに、寝なくて大丈夫?もし私が気になるなら、どこかへ行ってるから」
彼はまた驚いた顔をした。
「お前・・・いや、アンタのせいじゃない。夜のこの森で、一人では眠れないというだけだ」
お前からアンタになった?
それは彼の中での私の昇格なのか、格下げなのか。どっちなんだろうか。
「それなら私が見張っててあげるよ。少し寝た方がいいよ」
「アンタがそんな事を気にする必要はない」
ピシャリと断られてがっくりする。
彼は焚き火に薪を足しながら、ちらりとこちらを見た。
「・・・アンタがどうのと言うわけじゃない。2、3日は寝なくても平気だし、いつもこうしてる。ここは魔の森と呼ばれてて危険なんだ」
真凛に視線を留めたまま、彼はそろそろと傍らに立て掛けてある剣に手を伸ばした。
すらりと鞘から抜き放つ。
「え?えっ?」
「こんなふうにだ」
彼は立ち上がりざまに焚き火を飛び越えたかと思うと、真凛の背後をも横一閃に薙ぎ払った。
猪とも熊ともつかぬ断末魔の鳴き声が響き、続いてドサリと重いものが倒れる音がした。
暗闇の中だったが、焚き火に照らされた手足は黒い毛皮に包まれていて、しばらくしてから地面に血溜まりをを広げて行く。
「ひっ・・・」
足元に流れてきた液体に、真凛は思わず飛び退いた。
剣を拭って鞘に戻しながら、彼は少しだけ複雑な視線を真凛に向けた。
「血の匂いで魔物や獣が集まってくる。夜明けまでもう少しあるが、俺はもう行く。アンタはどうする?」
「えっ、私?着いて行ってもいいの?」
「迷子なんだろ?」
「うん・・・ありがとう!」
「連れては行くが、冥界までは案内できない。アンタがはぐれた案内人を見つけるか、神殿にたどり着くか、どっちかだ」
彼は焚き火を消し、後始末をしながらぶっきらぼうに言った。
「どうして神殿?」
「冥界に送ってくれる」
冥界ってどんなところだろう?閻魔大王とかいて怖そうな気がする。
行ったら多分戻って来れないだろう。
「怖いからやめて」
「そういえば、はぐれたアンタの案内人って、どんな人間なんだ?」
「人間じゃないよ。ほた・・・うーん、光る虫だよ」
蛍と言いかけて、果たしてこの世界に蛍はいるのだろうかと心配になる。
またはいたとしても、蛍と言う名前とは限らない。
「むし?むしって、虫か?」
彼は『なに言ってんだコイツ』という目で見てきた。
「そう、お尻が光る虫」
「蛍のことか」
「そう、蛍。いるんだ、ここにも」
「ん~、いるんじゃないか?」
彼の適当な答え。
真凛はわずかに違和感を感じたものの、話が通じた嬉しさに、それを見落とした。
「その蛍が本当に虫だとして・・・もうすぐ日が昇るけど、ヤバイんじゃないか?肉食の虫とか鳥とか、いっぱいいるぞ」
「ええっ!どうしよう、探さなきゃ!」
「確か蛍は川の生き物だよな。この上流は滝になってるから、川沿いを下ってみよう」
「下ってみようって・・・大事な用事があるんじゃないの?」
「戻るついでだ。それとも神殿に行く気になったか?」
真凛は激しく首を振った。
これは暗に成仏しろと言われてる?
焦る真凛を見て、彼は小さく笑った。
「そういえばあなたの事、なんて呼べばいい?私は真凛だよ」
「シオンだ」
「シオン君、よろしくね」
野営の痕を消し、立ち上がったシオンの荷物は驚くほど少なかった。
川沿いを辿って歩き出した彼の背中越しに、白み始めた地平線が見えた。
この見知らぬ世界にたった一人取り残されるのは、どれほどの恐怖だろう。
例え単なる顔見知り程度だとしても、シオンの存在だけが、今の真凛の心を支えてくれている。
この出逢いが真凛にとってどんな意味を持つのか――――
今はまだ、知る由もなかった。
真凛たちのいる渓谷から遠く離れた砂漠地帯。
馬とラクダの中間のような動物が鞍をつけられ、旅人を運んでいる。
旅人の他にも隊商や鎧を着けた軍人たちが行き交うオアシスで、一人イライラと足を踏み鳴らす男がいた。
「遅い!来ないじゃないか、どうなってるんだ!」
男は胸から革紐で吊るした、通信機代わりの精霊石に向かって怒鳴った。
「いや・・・おかしいのぅ。まさか迷ったのかのぅ」
精霊石の向こうからは現在救済センター配属の神様、アルファの声――――正確には心話に近いのだが、神のため魔力が強すぎて、実際に声として聞こえる―――がした。
「お嬢ちゃんにつけてやった守護天使も戻って来ておらん。まぁ、もうちょっと待て」
「もう待てん。再構築する身体は先に制作に入る」
「えっ・・・まだお嬢ちゃんの希望を聞いておらん」
「知らん。遅れる方が悪い」
魔石の向こうでアルファがまだ何か言っていたが、男は構わず通信を切った。
無造作に切り揃えられた濃い茶の髪に、ヘイゼルの瞳。
すらりと背の高い男の表情は、黒縁の眼鏡によって隠されていた。
彼は人差し指で眼鏡を押し上げながら、薄く笑った。
「フン。それじゃあせいぜい、俺好みに作らせてもらうとするか」
0
あなたにおすすめの小説
三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る
マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息
三歳で婚約破棄され
そのショックで前世の記憶が蘇る
前世でも貧乏だったのなんの問題なし
なによりも魔法の世界
ワクワクが止まらない三歳児の
波瀾万丈
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
腹違いの妹にすべてを奪われた薄幸の令嬢が、義理の母に殴られた瞬間、前世のインテリヤクザなおっさんがぶちギレた場合。
灯乃
ファンタジー
十二歳のときに母が病で亡くなった途端、父は後妻と一歳年下の妹を新たな『家族』として迎え入れた。
彼らの築く『家族』の輪から弾き出されたアニエスは、ある日義母の私室に呼び出され――。
タイトル通りのおっさんコメディーです。
メインをはれない私は、普通に令嬢やってます
かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール
けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・
だから、この世界での普通の令嬢になります!
↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・
【完結】お花畑ヒロインの義母でした〜連座はご勘弁!可愛い息子を連れて逃亡します〜+おまけSS
himahima
恋愛
夫が少女を連れ帰ってきた日、ここは前世で読んだweb小説の世界で、私はざまぁされるお花畑ヒロインの義母に転生したと気付く。
えっ?!遅くない!!せめてくそ旦那と結婚する10年前に思い出したかった…。
ざまぁされて取り潰される男爵家の泥舟に一緒に乗る気はありませんわ!
アルファポリス恋愛ランキング入りしました!
読んでくれた皆様ありがとうございます。
*他サイトでも公開中
なろう日間総合ランキング2位に入りました!
不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます
天田れおぽん
ファンタジー
ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。
ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。
サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める――――
※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。
ゲーム未登場の性格最悪な悪役令嬢に転生したら推しの妻だったので、人生の恩人である推しには離婚して私以外と結婚してもらいます!
クナリ
ファンタジー
江藤樹里は、かつて画家になることを夢見ていた二十七歳の女性。
ある日気がつくと、彼女は大好きな乙女ゲームであるハイグランド・シンフォニーの世界へ転生していた。
しかし彼女が転生したのは、ヘビーユーザーであるはずの自分さえ知らない、ユーフィニアという女性。
ユーフィニアがどこの誰なのかが分からないまま戸惑う樹里の前に、ユーフィニアに仕えているメイドや、樹里がゲーム内で最も推しているキャラであり、どん底にいたときの自分の心を救ってくれたリルベオラスらが現れる。
そして樹里は、絶世の美貌を持ちながらもハイグラの世界では稀代の悪女とされているユーフィニアの実情を知っていく。
国政にまで影響をもたらすほどの悪名を持つユーフィニアを、最愛の恩人であるリルベオラスの妻でいさせるわけにはいかない。
樹里は、ゲーム未登場ながら圧倒的なアクの強さを持つユーフィニアをリルベオラスから引き離すべく、離婚を目指して動き始めた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる