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03 祈り
しおりを挟む鬱蒼と生い茂る森は昼なお暗く、生命の気配に満ち満ちていた。
耳にしたことのない鳴き声が間近で聞こえるたび、真凛はビクッとしてしまう。
生き物が苦手と言うわけではないが、苦手な生き物はいる。
ちょうどこんな森の中に出そうな、鱗を持った長ーいヤツとか。
しばらく川沿いを歩いて夜を迎え、現在は二度目の昼となっていた。
河原や草むらに蛍その他虫の気配はなく、シオンの提案で森の奥にあるという、水辺を目指している。
しばらく進んで行くと森が拓けて来て、水面をキラキラと輝かせた沼が見えて来た。
川でも夜になると見られるが、シオンによると淡水に棲むプランクトンが発光しているそうだ。もっとも彼は無口なので、あまり詳しくは聞けなかったが。
明日は森を出て仲間と合流するそうなので、シオンと一緒にいられるのは明日の朝までだ。
シオンは一緒に来てもいいと言ってくれたけど、お仲間が亡霊のような姿の真凛を気味悪く思わないとも限らない。
神殿に送られるのはイヤだ。
「時間がない。手分けして探そう」
「分かった」
二手に別れて、草むらや木の洞、水辺の葦の中を探して行く。
ジメジメしていて、見たことのない虫が這い出して来て、思わず悲鳴を上げそうになった。
思わず自分の手で口を塞いで、声を押し殺す。
ちらりと向こう岸に目をやると、一生懸命に草を掻き分けているシオンが目に入った。
彼だって忙しいのだ。寝ていないのだ。
余計なことで煩わせるわけにはいかない。
その時。
腰まで草むらに入って屈むと、ふと視界に影が差した気がした。
「気をつけろ、マリン!」
シオンの声が耳を打った。
彼が剣を抜き、こちらに走って来るのが見える。
周囲が見る見る暗くなり、まるで急に夜が訪れたかのように闇に閉ざされた。
同時に沼の水面がブクブクと泡立ち始めた。
嫌な予感に、逃げようとするのだが、真凛の足は言うことを聞かなかった。
信じられない物を映す瞳は、『それ』に釘付けになった。
美しかった水面を蹂躙するかのように、骸骨の頭部がせり上がってくる。
やがて骸骨は鎧の残骸や、おぞましいことに腐った肉片をも纏っていた。
「うっ・・・」
腐臭が鼻をつき、真凛は顔をしかめた。
沼のあちこちや泥の中から、次々と仲間と思われるアンデッドが起き上がってくる。
初めに現れたアンデッドが意外に素早い動きで、真凛に向かって錆びた斧を振り上げた。
「マリン!くそっ・・・!」
間に合わない―――真凛もシオンもそう感じた瞬間。
暗闇を切り裂く鳴き声と共に、黒い塊が真凛とアンデッドの間に飛びこんで来た。
それは漆黒の翼を広げ、雄叫びを上げながらアンデッドに襲いかかる。
「カラス・・・?」
呆然と呟く真凛に、シオンが駆け寄った。
「下がっていろ。それから、これ」
渡されたのは、一本の花。
見れば釣鐘の形の大きな蕾をつけていて、花弁を通して中から暖かな光が洩れている。
そっと花びらを開くと、中には蛍が羽を休めていた。
「見つけた・・・!ありがとう!」
振り返ったが、シオンは既にアンデッドと剣を交えていた。
シオンが剣を弾き飛ばし、骸骨を砕いて行く。
カラスも大きな羽根をバタつかせて攻撃を避け、クチバシで骨を壊していた。
しかし。
壊しても壊しても、再びドロドロとかたまり、一層おぞましい見た目となって、アンデッドは蘇ってくる。
一方、シオンには疲労の色が見えて来た。
無理もない。真凛が知るだけでも2日間寝ていないのだ。
「シオン・・・」
真凛も焦り、思わず無意識に何かに祈った。
すると、手の中にあった蛍が一層強い光を放ち、飛び立った。
シオンとカラスがアンデッドと戦っているその只中に、輝きながら飛びこんで行った。
その光に、アンデッド達が躊躇したように見えた。
思わず手を止めたシオンの剣の刀身に、蛍が舞い降りる。
「えっ」
次の瞬間、剣は眩い白銀に輝いた。
蛍は普通の淡い光に戻って、ポトリとと地面に落ち、点滅しながら真凛の元へと戻って来た。
「これは・・・聖属性が付与されたのか・・・?」
剣が輝き始めると、アンデッド達は戸惑いを見せ、我先にと逃げようとし始めた。
「逃がすか!」
背を見せたアンデッドに、シオンが剣を振るった。
刀身が切り裂いた鎧の残骸や髑髏は、ドロリと溶けたかと思うと、蒸発するように消えてなくなった。
逃げ出したアンデッドにカラスが飛びかかって足止めし、シオンが剣でとどめを刺して行く。
結局、ほとんどのアンデッドをシオンの剣が屠ることとなり、周囲は元の静けさを取り戻していった。
アンデッドがいなくなるとカラスは一声鳴いて、真凛の肩に舞い下りてきた。
よく見るとカラスは3本足であった。
「八咫烏か」
少し疲れた様子のシオンが、剣を鞘に収めながら言った。
「この子を知ってるの?」
人懐こく頭をすり寄せて来るカラスを、真凛はそっと撫でた。
「八咫烏は神の使いと言われてる。死者の魂を運ぶとも、太陽の化身であるとも、な」
「そうなの?キミは私を迎えに来てくれたの?」
真凛への答えなのか、カラスはギョロロロ、と甘えた声を出した。
「八咫烏といい、その蛍といい・・・色々聞きたいところだが、時間切れのようだ」
シオンは優しく笑った。
彼も仲間と合流する時刻が迫っているし、真凛も案内人を見つけることが出来たのだ。
蛍が早く行こうと急かすように、真凛の周囲を飛び回っている。
「本当にありがとう、シオン。何てお礼を言ったらいいか分からない」
「礼なんていらない。特に最後のは、俺のお客さんだったみたいだし。それより、もうはぐれるなよ」
「うん」
いつの間にか日没が訪れていた。
夕陽に照らされたシオンの横顔はとても綺麗で、真凛は記憶に留めておこうと、心の中でシャッターを切ってみた。
「じゃあ、行くね。シオン、忘れないよ」
シオンは黙って微笑み、小さく手を振った。
舞い上がった蛍の光と、黒い翼の羽ばたきに誘われて、真凛は再び、夜空の旅路に着いた。
一際輝く星に向かい、真凛は祈った。
どうか無事でありますように。シオンの上に幸運と幸福がありますように――――と。
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