14 / 17
12 襲撃
しおりを挟む生木が焼ける、嫌な匂いが鼻をついた。
村の要所に据えられた篝火が倒され、何処かに燃え移り、あるいは消えてしまったのか、暗闇の場所も増えている。
その炎に照らし出されたのは、人間を大きく凌ぐ体躯に、申し訳程度のボロ布を纏った魔物『オーク』だった。
村の門は破壊され、門の不寝番や自警団の男たちは殺された。
目についた女や子供は生きたまま、男は殺してから死体にして、連れ去られている。
脆弱な建物は叩き壊され、食料があった場合はオークにその場で貪り食われた。
人々はなるべく堅牢な建物にバリケードを作って立て籠もるか、村の裏門からこっそり逃げ出すか、だった。
オークの群れはそれほど中程度だったが、これまで人里を襲うことなどなかったため、虚を突かれた形になった。
「いいか、女子供は絶対に外へ出すな!夜告鳥を王都はじめ近隣の街へ飛ばし、救助を求めるんだ!戦える男は配置につけ!」
生き残った自警団は決して多くはなかった。冒険者の心得のある男を募り、被害を食い止めようと足掻いているが、全滅は時間の問題だった。
「あんた!ゲントさん!大変だよ!」
宿屋の女将が息を切らせて駆け込んで来た。ゲントは村では雑貨を扱う店を営む商人で、自警団の長だ。
「な、なにをやっている!女は外に出るなと言ったろう!若い女じゃなくたって、オークには関係ないんだ!」
「それどころじゃないよ!店が壊されてて、デイジーがいないんだ!!」
集まっていた男たちは凍りついた。
デイジーはゲントの一人娘で、まだ八歳になったばかりだった。
ゲントは苦しげに眉をしかめ、唇を噛んだ。
「いいか、お前たち。配置は分かったな。作戦通りに行動しろ。女将もここから出るんじゃないぞ」
「団長・・・」
自警団の団員が痛ましい目を向ける。
「俺が出たら、ここを閉めろ」
「団長、駄目です!一人では無理です!皆で行きましょう!」
「馬鹿野郎!戦えるのはお前たちしかいねえんだ。ここを守れ!」
「団長!」
自警団の団員が止めるのを振り切って、ゲントは外へ飛び出した。
街は表通りがあらかた破壊され尽くしていた。
襲撃してきたオークたちは半数ほどが戦利品を手に引き返して行き、残りは未だに瓦礫を漁ったり、戸締まりを打ち壊したりしながら、獲物を探している。
壊された門の近くで、子供の悲鳴が聞こえた。
「いやぁ、助けて!パパ、助けて!」
二匹のオークが、それぞれ子供を担いで引き上げようとしていた。
「待て!!」
背後から掛けられた怒声に、オークたちがゆっくり振り返った。
獰猛なはずなのだが、満腹なのだろうか。息を切らせて剣を構える男をチラリと見て、すぐに視線を戻し、立ち去ろうとする。
「待てっつってんだろうがあ!!」
鞘を投げ捨てた男ーーー今まさにオークにさらわれんとする幼子の父親ゲントは、力任せに斬りつけた。
しかし、子供を捕らえているオークの急所を攻撃するのはためらわれた。
ゲントの剣は、オークの粗末な鎧に当たり、弾き返された。
「く、くそっ!!」
剣を構え直そうとした時、オークが捕まえていた子供を放り出した。
「きゃあ!」
デイジーは道端の繁みの中に落ち、泣き出した。
「デイジー!大丈夫か!」
「グオオオオ!!」
ゲントの意識がデイジーへと向かい、オークから注意が逸れたとき。
咆哮と共に、巨大な棍棒が振り下ろされた。
子供の声が聞こえた気がして、真凛は窓を振り返った。
明かりを落とした暗闇の中、建物や瓦礫が燃える炎が窓の向こうに見える。
そっと窓に近づいてみると、少し前までの騒がしさはなくなっていた。
しかし微かに、子供の泣き声とも、猫の声ともつかぬ声音が、確かに聞こえる。
不意に脳裏に、昼間出会った小さな店番の少女が浮かんだ。
(デイジーちゃん?まさか・・・)
考えるといても立ってもいられない気分になってきて、真凛は身支度を始めた。
すでに簡単に支度は整えてあったが、さらに剣をいつでも使えるように直し、扉の前にバリケードとしてずらしてあったベッドを戻した。
戦ったことも、そんなに勇気もありはしない。
でも、このまま黙って見ていることもできない。子供よりは大人である自分の方が、戦う義務がある。
ひとつ深呼吸をして、真凛は扉を開いた。
周囲を見回し、オークの姿を探す。
昼間の活気に満ちた村の様子との落差に愕然としながら、真凛は瓦礫に身を隠した。
少し離れたところにオークの巨躯を見つけたが、子供の声は聞こえず、何かを持っている様子もなかった。
そっとその場を離れ、裏通りに入る。
姿勢を低くして、路地を進んで行く。
意外なことに、人にもオークにも出会うことはなかった。
ただ時折、木やなにかが燃える嫌な匂いや、獣の匂いが鼻を突いた。
どれくらい裏通りを進んだだろうか。
そろそろ表通りの様子を窺おうと周囲を見回すと、低い屋根の住宅や瓦礫の中に、ひときわ高い白い塔に似た建物を見つけた。
不思議なことに、その建物は無傷だった。
もしかしたら、ここがルークの言っていた礼拝堂なのではないか。
そんなことを考えていた時。
泣きじゃくる子供の声が聞こえて来た。
そこには、凄惨な光景が広がっていた。
血まみれで立つのがやっとだろう男が、オークと対峙していた。
頭も顔も血に塗れ、片腕は脱臼しているのか、血を流しながらだらんと垂れている。
男の血は首や胸、足を伝って、地面に血溜まりを作っていた。
一方のオークは怪我一つしていない。
「いやぁ・・・誰か、パパを助けて・・・」
泣き声に目を向けると、草むらで座り込んで泣いているデイジーを見つけた。
「くそっ・・・化物め」
肩で息をしている男が動く方の腕で、剣を構え直す。
すると様子見のようだったオークがピクリと反応し、馬鹿でかい棍棒を振りかぶった。
(危ない・・・!!)
ほとんど無意識に、剣を抜いていた。
興奮と焦燥のせいか、オークの動きがまるでスローモーションのように感じられる。
瀕死の男を庇うように、前に立ちはだかった。
そしてーーー斬った。
正確には、棍棒を持つ手を払うように斬り上げた。
オメガに与えられた剣はほとんど抵抗を感じさせず、真凛の腕の動きの軌道上の障害物を裂いたのだった。
男と真凛の頭上に、棍棒は降って来なかった。
代わりにドサリ、と重い音がして、棍棒を握ったままの腕が傍らに落ちた。
「グオ?」
斬られたことに気づいていないのか、オークが不思議そうな声を出して、振り抜いたはずの腕を見た。
次の瞬間、腕の断面から血が吹き出した。
「ギャアアアアア!!」
少し遅れてやって来た痛みに、オークが絶叫し、転げ回った。
「早く・・・早く逃げて!」
「だ、めだ・・・逃げ切れ、ない・・俺を置いていけ」
男が呼吸をする度、ヒューヒューと音が鳴る。肺をやられているのかもしれない。
「お父さんがいなかったら、あの子はどうなるの?デイジーを助けなきゃ!」
真凛の声に、男ーーーゲントの瞳が揺れた。
「だ、が・・・若い女がオークに・・捕まったら・・・」
「いいから早く!逃げて誰かを呼んで来て!」
真凛は座り込んでいるデイジーに駆け寄ると、抱き寄せて、ゲントの胸に押し付けた。
「デイジーちゃん、いい?お父さんを安全な場所に連れて行って。そして誰か助けを呼ぶのよ」
「お、お姉ちゃん・・・」
「できるよね。デイジーちゃんは強い子だもんね」
デイジーはまだしゃくりあげていたが、真凛の言葉に頷いた。
「早くお父さんを手当してあげてね」
視界の端に、転げ回っていたオークが立ち上がるのが見えた。真凛も剣を持ち直し、デイジーからゆっくりと離れていく。
二人がここを離れるまでの間、なるべく時間を稼がねばならない。
真凛は剣を構えると、憤怒に燃えるオークの前に向かった。
0
あなたにおすすめの小説
三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る
マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息
三歳で婚約破棄され
そのショックで前世の記憶が蘇る
前世でも貧乏だったのなんの問題なし
なによりも魔法の世界
ワクワクが止まらない三歳児の
波瀾万丈
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
腹違いの妹にすべてを奪われた薄幸の令嬢が、義理の母に殴られた瞬間、前世のインテリヤクザなおっさんがぶちギレた場合。
灯乃
ファンタジー
十二歳のときに母が病で亡くなった途端、父は後妻と一歳年下の妹を新たな『家族』として迎え入れた。
彼らの築く『家族』の輪から弾き出されたアニエスは、ある日義母の私室に呼び出され――。
タイトル通りのおっさんコメディーです。
メインをはれない私は、普通に令嬢やってます
かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール
けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・
だから、この世界での普通の令嬢になります!
↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・
【完結】お花畑ヒロインの義母でした〜連座はご勘弁!可愛い息子を連れて逃亡します〜+おまけSS
himahima
恋愛
夫が少女を連れ帰ってきた日、ここは前世で読んだweb小説の世界で、私はざまぁされるお花畑ヒロインの義母に転生したと気付く。
えっ?!遅くない!!せめてくそ旦那と結婚する10年前に思い出したかった…。
ざまぁされて取り潰される男爵家の泥舟に一緒に乗る気はありませんわ!
アルファポリス恋愛ランキング入りしました!
読んでくれた皆様ありがとうございます。
*他サイトでも公開中
なろう日間総合ランキング2位に入りました!
不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます
天田れおぽん
ファンタジー
ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。
ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。
サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める――――
※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。
ゲーム未登場の性格最悪な悪役令嬢に転生したら推しの妻だったので、人生の恩人である推しには離婚して私以外と結婚してもらいます!
クナリ
ファンタジー
江藤樹里は、かつて画家になることを夢見ていた二十七歳の女性。
ある日気がつくと、彼女は大好きな乙女ゲームであるハイグランド・シンフォニーの世界へ転生していた。
しかし彼女が転生したのは、ヘビーユーザーであるはずの自分さえ知らない、ユーフィニアという女性。
ユーフィニアがどこの誰なのかが分からないまま戸惑う樹里の前に、ユーフィニアに仕えているメイドや、樹里がゲーム内で最も推しているキャラであり、どん底にいたときの自分の心を救ってくれたリルベオラスらが現れる。
そして樹里は、絶世の美貌を持ちながらもハイグラの世界では稀代の悪女とされているユーフィニアの実情を知っていく。
国政にまで影響をもたらすほどの悪名を持つユーフィニアを、最愛の恩人であるリルベオラスの妻でいさせるわけにはいかない。
樹里は、ゲーム未登場ながら圧倒的なアクの強さを持つユーフィニアをリルベオラスから引き離すべく、離婚を目指して動き始めた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる