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13 勇者の一行
しおりを挟む暗闇の中を、ゆらゆら浮かぶ儚い光。
よく見れば光はゆっくりと明滅を繰り返している。
『それ』を見つけたのは、宴の熱気から逃れて、涼んでいた魔術師だった。
「え~、なになに?こっちに来る?」
見つめていると、光はどんどん近づいて来て、魔術師の目の前を通り過ぎて行く。
篝火の明るさで、それが小さな虫であることが分かった。
「ああっ、焚き火にあまり近づくと、燃えちゃうよ!」
年若い魔術師は虫を保護してやろうとーーー多分に初めて見た興味もあったので、両手のひらで虫かごを作るようにして、それを捕まえた。
「えっへっへー、みんなに見せよっと」
魔術師はわくわくしながら、建物の中に飛び込んだ。
その中では現在、領主による歓迎の宴が行われていた。
兵士たちは酒を酌み交わし、酒に溺れ、潰れている。
しかし実のところ、歓迎されるべき魔術師の所属する冒険者パーティは少年少女が中心であるため酒の席に辟易し、殆どの面子が早々に抜け出してしまっていた。
「どうした、カイル。何かあったのか」
パーティの中では年長の女騎士ミスティが、浮かれた様子の魔術師カイルを見て、眉をひそめた。
彼女は20代後半と言ったところだろうか。亜麻色の長い髪を垂らした、豪華な美女である。
ちなみにスタイルもボンキュッボンの大人の女性であるから、遠慮なく大酒を食らっていた。
「いいもの見つけちゃったー。みんなはどこ?」
「さあな。お子様は寝たんじゃないか?お前も早く寝ろ」
「ええー!つまんない!」
対する魔術師カイルは17歳というが、年齢以上に子供っぽい。
水色のふわふわ巻き毛に、いたずらっぽく輝くぱっちりした青い目。背もあまり高くなく痩せているので、少年ぽさに拍車をかけている。
しかしこと魔法にかけては、天才の名をほしいままにしていた。
「つまらないとはなんだ。私はお前たちが抜けた分も、こうして酒を飲まなければならない。早く寝たいのに」
「そうだ、寝るなら寝室にいるかもー」
カイルはミスティを残して走り出した。
廊下に飛び出し、奥へ奥へと進む。時折、料理や酒を持った使用人とぶつかりそうになったが「ごめんねー」ですませてそのまま走る。
やがて目当ての扉を見つけると、カイルはノックもせずに飛び込んだ。
部屋の中は暗い。
「ねーねー、まだ起きてる?もう寝ちゃった?起きてー」
暗闇の中、のっそり起き上がる気配がした。
「・・・今、寝るところだった」
「よかったー、まだ起きてて。ねー見て」
カイルはベッドに飛び乗り、起き上がった人物の鼻先に、両手で作った籠を近づけた。
「すごくキレイだよ。こういうの好きでしょ?」
そっと両手を開くと、虫はおとなしく羽を閉じて、儚い光を放っていた。
仕方なくと言った様子で眺めていた男の表情は、光る虫を目にして驚きに固まった。
「・・・蛍」
「えー、知ってるの?シオン」
「どこで・・・カイル、どこでこれを見つけた!?」
凄い勢いで振り向いて、胸倉を掴んで来るシオンに、カイルは戸惑った。
「どこでって・・・バルコニー。ってー、イタイよーシオンー」
シオンは蛍を見つめた。
「お前・・・どこから来た?あいつはどうしたんだ。何かあったのか?」
虫に話しかけるシオンに、カイルは呆れた顔をした。
「シオン、相手は虫だよー?大丈夫ー?寝ぼけちゃった?僕が起こしたから?」
すると、今までおとなしかった蛍が羽を広げて飛び立った。
何かを訴えるように、明滅しながらシオンの周囲を旋回する。
「・・・分かった。行こう」
「えっ、行くって、どこに!?」
「馬で追うしかないだろう」
言いながらシオンは、手早く出掛ける支度を整え始めた。
「まっ、待ってよー。僕も行くよ。杖取ってくるよー」
「ダメだ。かなり飛ばすと思う。カイルは無理だ」
「うっ・・・確かに馬に乗るの下手だけどさー」
荷物をまとめ、軽装に胸当てを着け終えたシオンは最後に剣を装備し、部屋を出て行く。
「だっ、だめだよー!一人じゃ危ないよー!誰でも、兵士さんでもいいから連れてってー!」
口調に緊張感はないが、カイルは焦った。
しかしシオンは聞いてくれず、止められそうにない。ミスティを呼びに行こうか迷っているとーーー。
シオンが不意に立ち止まった。
「なんだか騒がしいな」
エントランスに向かう途中、夜中だというのに、ホールや廊下を忙しなく行き来する衛兵や役人がおり、屋敷の使用人たちもその様子に不安そうに囁き合っている。
その中に領主の館の執事を見つけて、シオンは足早に近づいた。
「何かあったのか」
「ああ、これは・・・お休みのところ、お騒がせして申し訳ありません」
執事は深々と頭を下げた。
「気にするな。話してくれ」
「それがですね・・・実は夜告鳥が参りまして」
「夜告鳥?」
「シオンの世界にはいなかった?えーとねー、夜告鳥っていうのは夜目が利く、夜行性の鷹の一種だよ。訓練して、連絡用に飛ばすんだよ」
カイルが割り込んで来て、説明してくれた。
「砂漠を抜けたあたりの荒野にある、ウブル村というところから、現在オークの群れに襲われているとの連絡がありまして・・・街の人々がこちらに逗留されている勇者様の一行に、救助の嘆願に押し寄せております」
「ええっ!」
「街にはウブル村出身者も多いので・・・」
シオンは執事の顔を見、飛びまわる蛍を見て、最後にカイルに視線を戻した。
「カイル、頼みがある」
「うーん、なんだか嫌な予感するけどー。なに?」
「転移魔法陣を使いたい。用意してくれ」
カイルは大きくため息をついた。
「シオンならそう言うだろうなー、と思った。でもいいのー?魔法陣使うと察知されて、また逃げられるよ?」
「それは・・・仕方ない。また探せばいい。オークに襲われている村を、見過ごすことはできない」
二人の会話を聞いていた執事が、わなわなと震えだした。すがるような視線を向けてくる。
「行っていただけるのですか・・・?勇者様」
「・・・知り合いでもいるのか?」
「私事で申し訳ありません。娘夫婦と孫が暮らしております。何卒、よろしくお願いします・・・」
そう言って、執事ははらはらと涙を零した。
「分かった。任せろ」
「まあ君は勇者だもん、仕方ないよねー。執事さん、ミスティ呼んで、お酒入ってない兵士の人集めてきてー」
「はい、直ちに」
「僕も杖取ってくるー。ちょっと待っててー」
カイルと執事が準備のためにいなくなると、蛍はシオンの逸る心を慰めるかのように、胸元にとまった。
その光はあの日に眺めた、夜の星空の瞬きを思い起こさせて、少しだけシオンの胸を痛めた。
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