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6桁の数字と幻影ビルの金塊
011 マンデラエフェクト
しおりを挟む「……うわぁ」
美玲ちゃんの口から、感嘆の声が漏れる。
エレベータの扉が開くと、そこには宝石を散りばめたのような一面の夜景が広がっていた。
「屋上……ではないな……」
チャーシューがエレベータから降りて、辺りを見回した。
ぼくも美玲ちゃんの頭の上から降りて、周りを観察する。
目の前に広がる綺麗な景色に目が奪われがちだけど、ぼくらの足元には瓦礫が散乱していた。
まわりを取り囲むはずの壁がほとんど崩れ落ち、もちろん天井もない。
頭上には夏の夜空が広がり、いくつもの星が瞬いている。
唯一エレベータだけが、水面から頭を出したイルカのように、5階の床に存在していた。
「あぶないでっ!」
振り返ると、チャーシューが美玲ちゃんの腕をつかんでいた。
夜景に見とれたまま、いつのまにかビルの端まで歩いていたみたい。
「うわ、やばっ! チャーシューありがと」
とっさに後ずさりして、チャーシューの腕にしがみついた。
おそるおそる、美玲ちゃんがビルの端から下をのぞき込む。
すぐ足元に、黒々とした木々の葉が雲海のように広がっている。
「下から見上げた時は、この木が邪魔して5階まで見えなかったのかな……」
そう言いながらようやく気がついたのか、あわてて美玲ちゃんはチャーシューの腕から手を離した。
ごまかすように、ビデをカメラを構えて夜景の撮影を始める。
手前にあるのは広大な夜の黒い公園。
その先にある豊海客船ターミナルの向こうには東京湾の水面が広がり、レインボーブリッジの光を七色に反射させていた。
さらにその奥には東京のビル群の夜景がきらきらと輝いている。
むせ返えるような昼間の熱気が嘘のように、涼しげな潮風が美玲ちゃんの前髪を揺らす。
「ほんとに綺麗。こんな景色が見られるなんて……」
「こうやってぐるりと夜景が見渡せるんはこの公園のおかげやな。オリンピックの選手村になってたら、ここら高層マンション群になってたらしいで」
チャーシューが手前に広がる黒い公園を見ながら言った。
「……それなんだけどさ」
美玲ちゃんがビデオカメラを下げて、思い出したように口を開いた。
「なんかわたし、東京でオリンピックやってたような気がするのよね。まぁ幼稚園くらいの記憶だから夢だと思うんだけど……」
「ほほう、黒崎はんもそうなんか」
脂ぎった眼鏡をずり上げながらチャーシューがこたえた。
予想外の言葉に、美玲ちゃんが不思議そうな表情で振り向いた。
「えっ、てことは……ほかにもそう思ってる人がいるの?」
「黒崎はん、マンデラエフェクトって聞いたことあるやろ?」
「ん……あぁはい。あのエフェクトね……」
出た、美玲ちゃんの知ったかぶり。
さすがにチャーシューもお見通しなのか、説明をはじめた。
「現実世界とは異なる記憶を、不特定多数の人が共有している現象のことや。一九九〇年代、実際にネルソン・マンデラ氏が南アフリカの大統領を務めていたにもかかわらず、その十年前の一九八〇年代には死んでいたという記憶を持つ人が多数報告された事からそう呼ばれとる。ほかにも世界地図の位置や、映画のエンディング、有名キャラクターの尻尾の色の記憶違いなどなど……」
夜景に目を移しながらチャーシューが続ける。
「この世界なんてあやふやなもんや。明日の朝、目を覚ましたら、東京オリンピックがあった世界に移動してるかも知れん。そしたらこの景色も公園も、もうわいらの記憶の中だけ。……夢見たいなもんや」
美玲ちゃんも、珍しくチャーシューの話に同調した。
「なんかわかる気がするな……。わたし幼いころから何度も同じ夢を見ていて、その夢ではもう二人の子供を育てているんだけど、その時だけの夢の設定じゃないの。ちゃんと夢のなかでも子供時代があって、人を好きになって、結婚して……って記憶があるのよ」
「夢の中では、やっと夢から覚めて、ようやく元の世界に戻れたってあの感覚やろ?」
「そう! でも目が覚めると、ほとんど全部忘れちゃうのよね!」
オカルトマニアのチャーシューと、オカルト嫌いな美玲ちゃんが、同じ話題で盛り上がっている。
信じられないような光景に驚愕しながらも、ぼくはいてもたってもいられず、美玲ちゃんの頭に飛び乗って耳打ちした。
「お話が盛り上がってるとこ悪いけど、美玲ちゃんはおしゃべりする為にここへ来たの?」
「そうだ、じゅーおく! 十億円の金塊、忘れるところだった!」
とたんに美玲ちゃんの目が『¥』マークに変わる。
ぼくとしては気が向かない姑息なやり方だったけど、優先すべきは美玲ちゃんをなるべく早く家に帰すこと。
その為には十億円の金塊だって利用するんだもんね。
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