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第11話 トモミの家
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しおりを挟む「そんなことよりハカセ、大変なんだぁ!」
大好きなオカルト話にも聞く耳を持たず、アユムはわたしの手を取り走り出した。
「今日はいつもの場所に誰もいないから、トモミの家に行ってみたんだ。そしたら、こわいおじさんたちがトモミを知らないかってしつこく聞いてきて……。ぼく、こわくなって逃げちゃったんだけど……」
その様子に、ただ事ではないと感じたわたしは、アユムとともにトモミの家へ向かった。
この丘から外へ出るのは初めてだ。
緑が丘の地平線に向かってしばらく走ると、草原はとつぜん終わりを見せ、眼下に灰色の街がひろがった。
丘の斜面は雑木林になっており、その中を石造りの階段が下へと続いている。
あかね色の木漏れ日が差し込む、その階段をかけ降りると、やがて、きらきらと夕日を反射する小川の水面が見えてきて、雑木林から抜け出した。
小川にかかる赤い小さな橋を渡りながらふり返ると、緑が丘が一望できた。
それは小高い山のようにも、原始的な星によく見られる、古墳という巨大な王の墓のようにも見えた。
さらにわたしたちは街のなかを走った。
地球の住宅はどれも不揃いで雑然としているが、わたしにはアンティークの雑貨店をのぞいているようで、とても刺激的だった。
やがて自動車と呼ばれる、車輪のついた乗り物が行き交う大通りに出た。
「あそこが、トモミの家だよ」
アユムが水色の歩道橋の上から、アパートと呼ばれる小さな集合住宅を指さす。
あの建物の二階の角部屋が、トモミの家らしい。
「良かった。こわいおじさんたち、もういないみたい……」
「とにかく行ってみよう。トモミが帰っているかもしれない」
わたしたちは歩道橋をかけ下り、忍び足でアパートへ近づいた。
そろりそろりと外階段を上がり、そっと廊下をのぞく。
辺りに怪しい人影はなく、トモミの家のドアは開け放たれていた。
急いでドアへ走る。
「すみません。どなたかいませんか?」
しんと静まり返る、うす暗い家の中に、わたしの呼びかけだけが虚しく響いた。
するとわたしの横から、アユムがおそるおそる顔をのぞかせながら言った。
「隠れているのかもしれないよう。前に呼び鈴を押しても、なかなか出てこないときがあったんだ……。ねえハカセ、見てきてよ」
勝手に人の家に上がるのは気が引けるが、緊急時だから仕方がない。わたしはそう自分に言い聞かせ、家の中へ足をふみ入れた。
そのとたん、アユムが腕を引っぱった。
「ハカセ、土足!」
うっかりしていた。地球では家に上がるときに靴を脱ぐらしい。
わたしはゲタを脱いで玄関にそろえて置くと、あらためて家の中を見渡した。外れかけたカーテンの隙間から入る夕暮れの明かりだけが、かろうじて部屋の様子を映し出している。
入ってすぐの台所の流しには、ツナ缶の空き缶がいくつか転がっていた。うすく開いたままの冷蔵庫から、オレンジ色の光がもれている。中はからに近い。
奥の部屋へ行ってみたが、がらんとしていて生活感がなかった。
ふすまをはさんだとなりの和室はトモミの部屋だろうか。学習机と、いつか見た空色のワンピースがハンガーにかかっていた。
「夜逃げしたんだよ」
とつぜん聞こえた太い声に、わたしは驚いてふり返った。
窓から差し込む夕日を背にした大きな黒い人影が、部屋の外に立っている。
顔がドアの向こうに隠れるほどの大男だった。
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