俺には選択権がない

成宮未来

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第2択

浮上する選択

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 長谷川先生はあからさまな溜息を吐き出して首を横に振った。

「いいかい? どこに逃げようとも、君のその……≪悪魔の脳≫からは逃れられないんだ」
「わかっています。だからこそ、家族や友人を巻き込みたくないんです」
「理解しているさ。ただね、だからといって赤の他人を巻き込んでいいという話でもない」
「じゃあ、どうすればいいんですかっ!」

 カフェでのテーブル席。俺の喚きは他の客の目を引いた。それでも俺に恥ずかしさはなく、一応の気配りとして声量だけは下げた。

「此処には私という味方がいる。私の目が届く間は協力することはできるが、君が離れるというのであれば、私としても君を見捨てるしかない」

 仕事がある以上、彼が言っていることは正論であるに違いない。それに味方は必要であることも頭では理解している。しかし――。

「怖いんです。俺が誰かを傷つけるのを、親しい人と関係が破壊されてしまうのを」
「だろうね。不安障害の兆候が君には出始めている。早々の解決をしなければ、先に俊介君の精神が死んでしまうだろう」

 誰かを殺すぐらいなら、いっそのことマシではないだろうか。俺は頭をブンブンと振って、その考えを改めた。

(ダメだ。解決をして元の生活に戻るんだ!)

「お願いがあります」
「おや、私にできることがあれば」
「俺が自由できないように……拘束してください」

 そうだ。不自由であれば俺の行動を制限できるではないか。俺なりに名案だと思った。しかし、長谷川先生は俺の心をまさしく折りにかかった。

「断る」
「ど、どうしてっ」
「1つ、私にリスクがある。たとえ互いの同意の下だとしても、監禁拘束というが発覚すれば、私の精神科としての活動に影響が及ぶ。2つ、私は君の研究データを取ることで協力するといったが、君自身の行動が制限されてしまえば、私の望むデータは入手困難となる可能性がある。これは君にとっての得がはるかに上回って、win-winの関係としては不十分だ」

 先生は「それに」と付け加える。

「君が行動制限されている間は、≪悪魔の脳≫が発動しなくなる可能性は高いが、同時に解決の糸口は見つからぬまま。まあ、死ぬまで拘束されたいというのであれば別だが」

 俺はぐぅの音も出なかった。確かに誰も巻き込まないで済む案ではあったかもしれないが、実に浅はかなものである。時間経過でこの呪いが解除されるという希望的観測には期待できない以上、先生の言うように拘束されて救われる未来は待っていないだろう。

「いいかい? 解決に繋がる道は俊介君自身が掴むしかないんだ。それは≪悪魔の脳≫のパターンを読み切ることにあると私は思う。今は辛い状況が続くかもしれないが、耐え忍んでくれ」

 いつまで耐え凌げば? と、口に出しかけたが寸止めすることにした。ここで、ああだこうだと言っても平行線を進むことになるだろうし、先生はもっとデータを欲している様子で俺を通常運転の生活に軌道修正したいようだ。

「わかりました」

 多少、先生の助けを期待しただけに残念であるが、所詮はビジネスとしての関係を彼が所望していることを感じながら、俺は帰路についた。



 ≪悪魔の脳≫と共存しながらも自分の未来に保険を掛けておかなくてはならない。詰まるところ、ここまできて単位不足で卒業ができないなんて洒落にならないということだ。

 俺は出来る限り知り合いと関わらまいと、普段の服装から大きく変え、髪色も明るめの茶髪にしてみた。マスクに伊達メガネの着用も忘れておらず、どこからどう見ても俺だと判別できないはずだ。

 お袋や親父には色々と突っ込まれたが、「学生生活、最後にやり残したこと」と適当な嘘を吐いて誤魔化した。

 茜とはあの件以来、口をまともに聞いていない。まあ、無視されても仕方がないことをしたのだ。向こうから絡んでこない分には、今の状況としては好都合である。だから俺は妹に謝罪をしないでおく。

 教室の片隅で目立たないように授業を受ける。教師はこんな生徒がいたかとチラチラと見てきていた気がしたが、俺が神経質になり過ぎてそう感じたのかもしれない。全学年の共通科目であっただけに、特に他の学生に怪しまられるようなことはなかった。

 そもそも怪しまれるって、別に犯罪者じゃないぞ。と、心の中で文句を言いながら次の授業の教室へと向かう。問題は次の科目であった。よりにもよって、あの”古文”である。全学年の選択科目であるにも関わらず、この授業を取っている生徒は多いとは言えない。そのため教室は狭く、なんとなく受けている生徒の顔を覚えている。

 さて、その上で厄介なのが詩奈の存在である。彼女も気まぐれだから必ずしも出席しているとは限らないが、とにかく彼女の姿を発見したときは回避することを誓う。

 チャイムが鳴り終わるタイミングで教室の後方扉から入り、全体の生徒の顔をチェックしていく。

(ふぅ、今日は詩奈は来ていないようだ)

 俺は端から2番目の中央列に座る。席はまばらに空いており、この授業の不人気さが垣間見える。

 授業開始から5分。ガラガラと後方の扉が鳴る。俺は極力動作を起こして目立たないようにしていたので、振り向くことはしなかった。

 1つ空席を置いた隣の席に、トスンと女性が座る。その瞬間、甘い香りが風の乗って漂ってくる。俺はチラリと伊達メガネ越しに、その女性を確認してみた。

 ドクンッ!! 強烈な鼓動が打たれる。

 最悪、最悪、最悪!

 よりにもよって詩奈が近くに座ってきたのだ。俺は瞬時に顔を背け、頬杖を突いて横顔を必死に隠そうとした。

 嫌な汗が背中にジワリと浮かび、どうか何事もなく時間が過ぎ去るのを待った。

「ということで、ここでは推量の助動詞となり――」

 講師の授業がやけに呪いの呪文に聞こえてしまう。この授業の救いは、寝ていても何一つ注意されないのがいい。このまま腕に顔を伏せ眠ったフリをすれば、バレずに済むはずだ。

 コロコロ、トン。

 何かが足に当たる。その方向から物凄く嫌な予感がした。恐らく詩奈が消しゴムかなにかを落としたのだ。俺は寝たフリをしてやり過ごすつもりだった。

【拾ってあげる】
【無視をする】

 おいおい、瞼を閉じていても暗闇の中で浮かび上がるのか。やはりこれは目の問題ではなく、脳が映し出す幻覚であることを意味する。

 俺の身体は否応なし動き、足の傍に落ちた消しゴムを拾い上げる。それを態々わざわざ真正面に顔を向けて詩奈に渡してやる。

「え、嘘でしょ。なにしているのよ、俊介」
「えっと、イメチェン?」
「ぷぷっ。お世辞にも似合っていないよ」

 講師にキッと睨まれた俺たちは慌てて姿勢を正す。彼女は横目に俺を見て笑いを我慢しているようだが、俺はというと恥ずかしさから耳を真っ赤にしていた。

 ここまで努力した変装が、≪悪魔の脳≫の一手によって簡単に報われなくなるほど哀れなものはない。

 そんな俺のスマートフォンがブルっと震える。誰かからメッセージを受け取ったのだ。俺はポケットからスマートフォンを取り出して送り主を確認して、チラリと詩奈を見た。彼女はニンマリと笑む。

《この後、付き合ってよ》

 勿論、今の俺は詩奈の前では抗えない子犬と一緒である。返信をしない代わりに小さく頷ずいた。

 俺の問題は何も≪悪魔の脳≫だけに限らないことを忘れていた。厄介な弱みを握られ、これを解決する方法も模索しなければならない。
 今はまだ詩奈による被害を受けてはいないが、どこで彼女が暴発するのか分からない以上、取り扱いに気を付けなければならなかった。
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