俺には選択権がない

成宮未来

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第5択

事後の選択

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 順調に事は進んでいた。
 白馬にある病院から鵜山総合病院に転院した俺は、入院中もなお警察の取り調べを受けていた。緒方の犯行が確定的な中で、最後の照らし合わせとして動いているようだ。と、俺は今もなお冷ややかな視線を向けてくる女刑事が苦手であった。

 須藤 杏子すどう きょうこと名乗った刑事は、どうにも緒方が容疑者であることが腑に落ちないらしい。刑事にとって優れた嗅覚は誉れ高いものに違いないようだが、俺としてはまったくもって歓迎できないスキルだ。

 地味な顔の女だ。強面でもなければ優しさも感じられない。40代前半だと思われるが、風格はベテラン刑事にも劣ってはいないのだろうか。完全な偏見に過ぎないが、恐らく仕事一筋で色恋沙汰とは無縁だろうと思う。

「それで、本当に緒方は貴方の腹部を一刺ししただけなのね?」
「はい」

 須藤の他に補佐的な意味合いで、もう1人警察関係の男性が付いていた。こちらは新入りの匂いがプンプンしており、顔つきも柔いものだった。
 名は確か……、あ、そうそう。”山田”というありきたりな名である。

「どうして、烏場うばさん(=ウーバー)に対して両肩を斬り落として殺害したにも関わらず、八柳さんには一刺しだけで済ませようとしたのかしら? 前者は残虐性を持っている反面、後者は――どう思う?」
「どう思うって聞かれても……」

 須藤の目には圧力があり、思わず視線を背けたくなった。優秀な者であれば、人間の心理行動について把握しているかもしれない。俺の1つ1つの行動は、もしかすると嘘を吐いている心理行動だと思われいる可能性だってある。 
 意識すれば意識するほど不自然な言動になって、余計に怪しまれないか不安である。

(平常心、平常心だ)

「ま、いいわ。精神崩壊した殺人鬼の思考なんて、普通に考えたところで理解できないもの。恐らくこれで捜査は終了すると思うわ。協力、どうもありがとう」

 心の中で安堵の気持ちが溢れ出す。病室を出ようとした須藤と山田であったが、去り際に須藤が一言だけで残していく。

「水森 詩奈の殺害については継続して捜査するわ。なんせ、容疑者である緒方が自白したとはいえ、遺体の場所については言及されていなかったものだから」
「……そうですか」
「私ね、この事件、緒方は利用されているんじゃないかって思っているの」

 ゴクッ。
 人間の条件反射とは面白いもので、隠そうとしても本能的な行動は止められはしないようだ。

「ま、ただの刑事の勘よ。よっぽど女の勘のほうが恐ろしいから、今後の参考にしておいて」

 須藤は背を向けて手をブンブンと振り、代わりに山田が会釈をして2人は病室から去っていく。

 ――参ったな。自分ではそれなりに完璧な工作のつもりあったが、やはり捜査のプロに係れば穴が幾つかあるのだろう。ウーバーの殺害と俺への殺人未遂で、緒方の罪は確定的になるだろうが、此処に詩奈はまだ含まれない。

 いよいよ、詩奈の消息を警察が辿り始めることになるだろう。そうなれば、やはり我が家へやって来たこともバレる可能性が高い。ここからは俺1人だけの努力ではどうにもならない。家族、そして長谷川先生と口裏を合わせるようにしなければ。

「コンコン」

 オノマトペでノック音を口にした長谷川先生が、スライド式の扉を開けて立っている。あの事件の詳細については、まだ先生にも家族にも明かせてはいない。というのも、注意深い先生は病室に盗聴器が仕込まれていないかを気にしているようであった。

「蛇に睨まれた蛙という言葉を引き合いに、よく杏子と私が代用にされていたよ。”須藤に睨まれた長谷川”とね」

 そう、須藤 杏子と長谷川先生は大学時代の旧友であり、かつては須藤刑事も医者の道を志していたのだという。しかし、両親と弟が強盗殺人に遭って亡くなったことで、彼女の人生は大きく変わってしまったようだ。なお、その犯人は身元も不明のまま逃走中。必ず自分の手で逮捕することを目的に須藤は警察の人間になったとのこと。

「彼女に怪しまれたかい? 昔から鋭いヒトだったからね」
「鋭いってもんじゃないですよ。あれ、絶対に俺を疑っています」
「かもしれないね。だが、事実は事実。君が犯行に及んでいない以上、どれだけ捜査しても覆りはしないでしょう」

 先生は盗聴器が設置されているていで話を進める。俺も慎重になって言葉を選ぶことにする。

「事件のこともあるしね。しばらくはまた、君の心を診せてもらうことになった」
「よろしくお願いします」
「怪我のほうも問題なければ、早々の退院が可能だと思う」
「そうですか」

 そんなことよりも、事件の詳細を早く先生に共有したいと焦れる自分がいる。盗聴器や警察の監視もあってか、先生はやけに慎重に行動をしていて当たり障りのない会話しかしてこない。精神科の診療室に入ってもなお周囲の警戒が解けないので、本当にカウンセリングを受けさせられて終わる始末。

 ここまで用心深くする必要があるのかと考えも浮かんだが、寸分の狂いで人生が崩壊するようなことを自分はしてきたのだと冷静に見つめ直し、しばらくは我慢を決め込む。

 入院中は暇なので、ネットニュースを漁ることも多かった。当然、俺が犯した……いや、緒方が犯した事件について詳細が書かれている。


《8月3日未明、長野県白馬村にあるペンション集合地で起こった焼死体事件。私立大学に通う大学生、烏場 亮平さん(21)と緒方 翼(21)容疑者であることが分かった。また、同大学に通う大学生1名は重傷しており、今もなお治療中とのこと。
 現場となったペンション外に取り付けられたキーボックス内に、遺書と思しきメモ用紙が数枚入れられており、その内容には『自分が烏場さんを殺した』と自供することが書かれていた。そのことから、緒方容疑者が烏場さんを殺害後に焼身自殺を図ったとみられる。また、事件の数日前から消息が途絶えたとされる水森 詩奈さん(21)の殺害自供もあり、警察は追って捜査を強める》


 ネットニュースに対してユーザーがコメントを残せる欄がある。俺は続けてそこに視線を流した。まったく、こうやって当事者の身で見てみると、見当違いな推論や出まかせな嘘を言っている連中が多い。

”自殺したいなら他人に迷惑をかけずに死ね”
”復讐して死んだの? それとも不本意で人殺しちゃってからの自殺?”
”1人殺し損ねて逃げられてんじゃねえかwww”
”つか、この事件の前に女子大生殺害しているの確定じゃね? だったら、これも計画的犯行だろ”
”他に2人同行者いたらしいぜ。そいつらはなんで気付かなかったの?”
”遅い時間だったし、寝ていたんじゃねえの”
”俺、こいつらと同じ大学なんだけど。てか、よく食堂にいた奴らだわ”
”よし、晒そう”
”もうとっくに晒されているよ。詳しくはこのURLで⇒”

 矢印の先のURLのリンクをクリックして飛ぶ。すると、いつ隠し撮りされたのか、誰が何の目的で撮ったのか謎であるが、俺たちが食堂で集まって談話している写真が挙げられていたのだった。
 服装からするに今年の春ごろか。俺、優衣、詩奈、憲司、ウーバー、ムラッセ、緒方。誰1人欠けずに面々が揃っている写真がインターネット上で載せられていることにゾワッと寒気が走る。

「勘弁してくれよ」

 今後、腫れ物に触るように視てくる人が増えそうで嫌だ。緒方やウーバー、詩奈の写真はニュース番組でも既に別の写真で使用されているが、重傷者である俺の名は伏せられていたし無論、顔出しもNGにしてもらっている。
 結局、ネットに載せられているのでは本末転倒。写真を無断で上げた奴を訴えたいところだが、自ら目立つわけにもいかないだろう。とにかく、矛先は全て緒方に向いてもらわなければ。

 一番被害を被っているのは、ペンションにすらいなかった優衣かもしれない。俺への見舞いに憲司やムラッセが顔を出してくれたが、優衣の姿はそこにはなかった。ただ単純に俺を嫌って避けているのだろうとも考えたが、憲司曰く、詩奈が既に殺されていることを考えると、やはり親友である優衣にとってはかなりのダメージとなっているようだ。

 俺もまた、友人に殺されかけた可哀想な被害者として、しばらくは演じる必要がある。これからは生き残った憲司やムラッセ、それに優衣と傷を舐め合って、残りの学生生活を送ろうではないか。
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