俺には選択権がない

成宮未来

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第5択

刑事の選択

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 須藤 杏子が鳴らしたチャイム音に対して、俺が取るべき行動は何だったのか。その答えを求めて長谷川先生へと不安そうな表情を送る。
 彼は小さな息を吐き出し、眉間に皺を寄せて答える。

「軽率だった。どうやら、私の跡を付けられたようだ」
「それじゃあ」
「居留守は無理だろうね。ここは彼女と嫌でも対話しなければ、余計に怪しまれることになる」

 須藤という刑事は白馬で起こった事件について疑問を抱いているだけでなく、どうにも俺に疑いをかけてきている。鋭い勘をしているだけに、面と面で会話しようものなら、俺の嘘を簡単に見抜くかもしれない。

「できるだけ、私の方でサポートする。だから君は肩の力を抜きたまえ」

 ガチガチになっている俺を見て流石に先生も顔を歪ませる。
 
「はい」
『長野県警の須藤です。少しだけ付き合ってもらえるかな?』

 モニター越しとはいえ、どうしてこうも高圧的な顔をするのだろうか。
 俺は回答しないまま、玄関扉の鍵を開錠して外に顔を出す。

 須藤にばかりに気が取られていたが、その背後で柔い表情の男性の姿があった。名前は確か……地味で覚えていない。

「まだ捜査は終わっていないんですか?」
「長野県警としての捜査は終わっているわ。だけど、水森 詩奈の捜査については片が付いていないの」
「その件でなら、どうして管轄外の長野県警が此処で動いているのか理由をお聞かせ願いませんかね?」

 俺の背後から長谷川先生が援護射撃を放つ。昔の知人が顔を出してきても、須藤の表情は一変の崩れも生じなかった。

「なにか調べられて困るようなことがあるのかな?」
「話しを逸らすな。君がやろうとしていることは職権乱用だぞ」

 この言葉にさすがの須藤も目の色が変わる。2人の間にはチリチリと火花が散っているようにも見えた。須藤の傍にいた男性が慌てて間に割って入る。

「すみません。僕は長野県警の山田と申します」

 あ、そうそう。ありきたりな姓で逆に覚えるのが難しかった。

「実はですね、此方の管轄と共同で動くことになりまして。なので、ちゃんとした権利を持って調べさせてもらっているんですよ」

 山田は目尻を下げて腰を低くする。彼のほうがよっぽど、相手との距離感を大事にしている。

「……それならそうと、誤解を与えないように説明をしてもらわないと困ります」
「説明する前に勘違いしたのはそちらでは?」

 長谷川先生と須藤は、どうにも仲があまり良くない印象を受ける。先生がこんなに露わに苛立ちを見せるのを初めて見た気がした。

「にしても、県を跨いで共同捜査とは穏やかじゃないですね。品は無いですが、言ってしまえば只の殺人。そこまで大々的に動く必要が?」

 須藤は呆れたように深い息を吐きだす。

「只の殺人? 犠牲者の1人は、両肩を斬り落とされて惨殺。水森 詩奈は未だに死体として出てきていない。これのどこが只の殺人事件だって言うのかな? そもそも殺人に普通も異常もない。殺人事件なんて、みんな異常なのよ」

 彼女の目は憎しみの炎で滾っているように感じられる。なにやら先生は地雷を踏んでしまったのではないかと俺はヒヤヒヤとした気持ちになり、それは山田にとっても同じ気持ちらしく、あわあわする姿が見て取れた。

「あの、ここじゃなんですから、家に上がってください」

 近所の目を気にした俺は嫌々ながらも彼女たちを中に入れることにした。須藤は遠慮などせず、あたかも当然のような顔で上がり込んでくる。対極的に山田は申し訳なさそうに背を丸め、須藤が雑に脱いだ靴と一緒に、自分の靴をきっちりと揃える。

 案外、傲慢でだらしない人間のほうが警察では出世するのかもしれない。と、俺は苦笑しながらも、そんな上司の下で働く山田に同情したのだった。



 彼女たちをダイニングテーブルの席に着かせると、早々に須藤が口を開く。

「他の家族はどこに?」

 そんなことまで答えなければいけないのかと思ったが、黙って怪しまれるのも嫌なので正直に答えることにする。

「お袋は買い物で妹は友人と遊びに行っています。当然ながら親父は仕事中です」
「そっか。八柳さんのご家族にも聞かなければいけないことがあったから、ついでに聞いちゃおうと思ったんだけど」
「聞くって何を?」

 須藤に肩を小突かれた山田は、訥弁とつべんな喋り方で拙い説明に入る。それを見かねた須藤が、結局は自分で取って代わって説明することになる。

「水森 詩奈の失踪前、彼女は此方に宿泊しているでしょ?」

 心臓が冷たくなる。警察を舐めていたわけではない。捜査が進めば、いずれはこのことについて問いただされると思っていた。

「ええ。1度だけ」
「それから彼女は姿を消した」
「ですが、須藤さん。彼女はそれから数日間姿を消していないわけですよね?」

 彼女の眼光が鋭く光る。それは獲物を見つけた鷲のようであり、一気に距離を詰めてくる恐怖感を覚える。

「どうして、数日間は行方を消していないと思うの? 宿泊後、彼女と連絡を取り合っていた? 記録はある?」
「いや……」
「そう。それなのにどうして、無事だったと思うのかしら。もしかしたら、この家を出た直後に事件に巻き込まれたかもしれないのに」

 これは失態だ。すぐさま頭をフル回転させるが、臨機応変能力に欠けた俺は頭が真っ白になる。こんな時に≪悪魔の脳≫が都合の良い選択肢を出してくれれば。

「彼は、詩奈さんのことが心配で女子寮にまで足を運んだそうだ。大方、そこの管理人から最後に彼女を見た日でも聞いたのだろう」

 機転を利かせてくれた先生に調子を合わせ、俺もすかさず答える。

「ええ、友人たちと心配になって様子を」
「山田」

 と、須藤は再び山田の脇腹を小突いて、話の場を任せる。彼はヤマを張っていたようで、今度はスラスラと言葉が出てくる。

「管理人の坂下さんから、確かに水森 詩奈さんの友人たちが来ていたことは確認が取れています。女子学生……恐らく、中嶋 優衣さんだろうと仮定して、彼女としか会話はしていないと管理人は証言。それも水森さんの部屋に入れてもらえないかという懇願だけだったと。プライバシーの障壁もあって断ったものの、部屋で死なれては困ると思った坂下さんは、水森 詩奈の部屋を確認しますが、本人の留守以外には特に気になるところはなかったと。――これが、これまでの経緯です」

 要は、俺を含めた優衣以外の人間が誰も管理人と会話をしておらず、ましてや彼女をいつから見ていないか? というような質問形式の会話すらなかったことを突いてきたのだ。

「管理人さんがウッカリ忘れちゃったのかな?」

 薄い口を引き上げてはいるが、須藤の目には笑みなど一切なかった。

「ちなみに、彼女が最後に確認されたのは、貴方たちが管理人さんに会う4日前だったそうよ。女子寮の防犯カメラにも、近くのコンビニのカメラにも映っていたわ。ただね、そこでも少し引っ掛かっているの」

 ジワジワと追い詰められていくネズミの気分か、あるいは将棋の対戦でプロ相手に守り一辺倒に徹させられている気持ちか。

「どうにも、彼女は一流女優の自覚ができちゃったみたいなのよ。黒い帽子を目深に被って、まるで正体を隠したいみたいに」
「別に女性ならおかしい話でもないんじゃないか。スッピンの顔を見られたくない人だっているだろうし。杏子には分からない話かもしれないが」
「それ、私がズボラだって言いたいの?」
「捉え方は任せる」

 長谷川先生の存在は本当に助かっている。俺1人では、どうにもこの刑事とは互角に戦えないだろう。喋れば喋るほどボロを出しそうだった。

「宿泊した翌朝、君と水森さんが駅で別れたところを防犯カメラで確認したの。残念ながら、どの角度も彼女の正確な顔を認識するまでに至らなかった。――うん、顔はね。顔は残念ながら」

 なんだ、その含んだ言い方は。俺はゾワゾワとしながら、薄笑み浮かべる須藤が末恐ろしくなっていく。

「人の歩行には、皆それぞれ特徴があることを知っている?」

 それを耳にした途端、スゥーと血の気が引いて全身が寒くなっていくのを感じるのだった。
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