俺には選択権がない

成宮未来

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第6択

須藤 杏子⑤

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 次の足掛かりを掴んだ私だったが、久住さんに入った突然の電話で腰を折られることになる。

「どうしましたか」

 奥歯をギリギリと噛んで瞼を強く閉じた彼は、重苦しそうに電話で受けた内容を報告する。

「小野塚が死んだ。自身の歯を抜き取って頸動脈を切ったようだ」
「……そうですか」

 小野塚。彼への恨みは未だに消えることはない。家族が死んだのにどうして彼は檻の中で生きているのか? そう何度も何度も解せない気持ちが溢れ出ていた。
 八柳という青年と出会って、≪悪魔の脳≫たるものが実際に存在するのではないかと私自身が思い始めている。いや、あるのだと既に確信を持っている。小野塚が証言したように、彼もまたそれを受けたなのかもしれない。

 それでも、やはり家族を奪った張本人には変わらないのだ。完全に恨みを鎮められるわけではない。
 だが、彼への同情の余地は確かにあり、僅かばかり彼への容赦の気持ちが芽生えた矢先のことだ。

「死んだんですね、彼は」
「大丈夫かい、杏子ちゃん」

 大丈夫? 多分、大丈夫。頭は至って冷静だし、ちゃんと頭でも理解できている。
 あれほど死んでほしいと願った相手がこうもあっさりと死んだのだ。まだどこかで疑っていて、夢の中だと思いたいのかもしれない。

「どうしてまた、このタイミングで死んだんだろうね」

 久住さんの言葉は私の胸をザワつかせた。言われてみれば確かに不自然だ。――違う、あまりにも自然の流れなのかもしれない。
 私と八柳が小野塚と面会を果たして情報を提供してもらう。彼からしたら、自身を犯罪者に仕組んだ敵を恨むのは道理。ここで手を取り合うことを嫌がるが小野塚を消したいと思うのは当然。

「小野塚を死に追い込んだ……」

 そうだ。小野塚が今、自殺する意味は? 
 同じ現象に苦しむ若者と出会ったことで、自分の意思で殺害していないことが証明出来るかもしれない。そう、私たちと出会って間違いなく彼は希望を抱いたはずなのだ。

「殺された……?」
「杏子ちゃん、まさかっ」
「自死する選択肢が取られた。彼にはまだ、≪悪魔の脳≫の効力が及んでいたんだ」

 ああ、それなら一番腑に落ちる。これ以上にピッタリとくる解答はないはずだ。となれば、小野塚は常に監視下に置かれており、それは八柳においても同じことが言えるだろう。

(であれば、どうして八柳は殺さないの?)

 小野塚の言ったように、収監された彼に関心を失くしてしまったというのが真意な気もする。八柳は玩具として扱われており、まだまだ彼を弄ぶ価値があると判断されているのかもしれない。

「18年前の山口整形外科についてもっと調べなきゃ」
「それであれば、暇を持て余した私が協力しようじゃないか」
「久住さんの協力があれば鬼に金棒ですね。ですが、危険ですよ。見えない敵がどこに潜んでいるのかも謎。それに人を消すことなんて造作無い組織が絡んでいるかもしれません」

 久住さんは皺が深く刻まれた目の端を引き伸ばして笑った。その瞬間、私には彼の覚悟が見えたような気がした。

「孤独なジジイの命なら幾らでもくれてやろう。それに、小野塚を信じてやれなかった私の罪滅ぼしだ。真実を追及してやることが彼の供養にもなるだろう」

 小野塚の聴取を行ったのは久住さん本人だ。小野塚が強盗殺人を犯したのは現場の証拠から明白であったが、彼の犯罪理由には誰も真剣に耳を傾けなかった。もし、私が久住さんと同じ立ち位置にいたのなら、やはり≪悪魔の脳≫の存在は信じていなかったかもしれない。

「そんなに自分を責めなくても」
「怖かったと思う。自分の意思が勝手に決定づけられることは」

 十中八九、多くの人々が経験をしたことのないものだ。上司や親に無理強いされることはあれど、そこにはちゃんと自分の意思があって、恐怖やモラルに支配されなければ断るという選択肢を自分で取ることが可能だ。
 久住さんの言うように、勝手に言動を決められるというのは相当な恐怖があるだろう。

(考えただけでも私には無理)

 ピロロロ。

 スマートフォンに設定した軽快なメロディーが流れる。画面に表示された名は、八柳 俊介であった。彼から連絡があったということは、友樹から連絡があったのか、あるいは何か≪悪魔の脳≫に関わる新しい情報を得たからだろう。
 小野塚の死はまだ公にはなっておらず、久住さんに連絡がきたのも、昔よしみの付き合いで警察から彼に情報を与えているものと思われる。

「もしもし」
『須藤さん、長谷川先生から連絡がきました』

 その一報に、心が僅かに躍り上がるのを自覚する。心情変化を悟られないように、私は至って冷静な口調を崩さない。

「そう、それは良かった」
『それで、須藤さんが≪悪魔の脳≫について調べることに協力してくれるって話したら、今晩にでも3人で集まって情報共有したいと』

 こちらとしても彼からは色々と聞き出さなければならないことがある。山口家に関しては久住さんに甘えることにして、私は私で彼らの動きについて知る必要があった。

「わかった。19時頃にはそっちに到着できると思うよ」
『詳細が決まり次第、また連絡します』

 電話を切ると、久住さんがすべてを悟ったように首を縦に振って頷いていた。

「こちらは任せときなさい」
「すみません。お言葉に甘えさせて頂きます」
「脳を支配されている人物と今から会うんだろう? くれぐれも気を付けてな」

 そうだ。八柳は実に危うい存在であることを肝に銘じなければならない。突然、襲われたとしても、それが彼の意思によるかどうかなど見極める方法はない。ただ、1分経過すれば自由を取り戻せるという。

 問題はその法則を崩した選択肢が出現した場合だと言う。いわゆる赤い選択肢が出る条件というのが1日の出現回数に比例していると言うが……。それも、どうやらアテにはできないようだ。

 日に日に≪悪魔の脳≫はになっているらしく、つまりそれは、自我を司る脳機能が、次第に浸食されているからではないかと予測がつく。



 久住さんと別れて車を高速道路に走らせている間、私は20年前のことを考えていた。

 小野塚が何者かに操られていたとして、どうして私の家がターゲットにされてしまったのだろうか。脳を支配したとき、たまたま近くにあったのが我が家だったから? それとも、計画的に狙われたというのか。何のために?
 勿論、黒幕にとって邪魔な存在だと認識されたからだろう。あるいは復讐の相手という線も考えられる。

 父が、母が、弟が――いや、私が標的だった可能性だってある。
 サラリーマンに主婦、中学生に大学生。こんな平凡な家族が、誰かの目の敵にされるなんて考えられない。

 違う。よく言うではないか。どこで他人の恨みを買っているか分からないと。知らず知らずの内に誰かを酷く傷つけていた可能性だってあるのかもしれない。

「ふふっ。どうして、友樹の顔が浮かぶのかな」

 嫌な予感。彼が≪悪魔の脳≫に関連している筋書きは妙に納得をしてしまう。小野塚の被害者である私と関わり、≪悪魔の脳≫を持った八柳と信頼関係を築き上げている。そんな奇遇があるのだろうか。

「20年の空白をどう説明できるの?」

 自分に言い聞かせる。車内だから許されるが、公共の場でこうやって独り言を呟いていれば、相当に痛い奴だと思われるだろうな。

 高速から見える夜の街。キラキラと煌々とする都心の街に囲まれながら、ようやく私の車は目標地点に到達するのだった。待ち合わせた時間よりも数分のズレ。既に、彼ら2人は到着して待っている。

「お待たせ」
「やあ、急に呼び出して悪かったな。杏子」
「では、行きましょうか」

 友樹と八柳、これから3人で語り合うのは決して穏やかな話ではない。分かっているはずなのに、私は元恋人を前に、心が少し舞い上がりそうになっているのだった。
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