俺には選択権がない

成宮未来

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第6択

須藤 杏子⑥

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 個室居酒屋で乾杯の音頭を取った私は早速、彼へ訊ねたいことをぶつけてみる。

「この数日間、何をしていたの?」

 枝豆をライン作業のように流して食べる手は止まらないまま、友樹は答えた。

「こっちでも色々と調べていたんだ」
「連絡の1つぐらいできるでしょう」
「うーん、病院の方にはお暇を貰うことを報告したんだが。警察に伝える義務ってあったっけ?」
「もうっ! じゃあ、せめてこの子に連絡はできたでしょ!」
「俊介君が≪悪魔の脳≫を持っている限り、盗み聞きされるんじゃないかと思ってね」

 矛盾している。そう思うのなら、どうしてこの場で3人が会って情報共有をしようという話になるのか。これじゃあ、その警戒心は無駄で八柳に筒抜けじゃない。

「君の言いたいことは分かっている。俺も数時間前まではそう思っていた」
「どういうこと?」
「事態は俺たちが想像以上に悪いのかもしれないってことだ」

 友樹はひどく神妙な顔つきになった。昔から眉間に皺を寄せることがデフォルトであった彼であったが、今はその度を越して寄せている気もする。

「案外、俊介君はなほうなのかもしれない」
「俺の≪悪魔の脳≫がマシだって言うんですか、先生」

 それはつまり、小野塚もな部類に入るということなのだろうか。いや、そもそもこれ以上に酷い症状があると友樹は言っているようなものだ。彼は何を発見してしまったのか、私はそれを聞くのが恐ろしい。

「順を追って話そう。その方が心の準備はできると思うから」

 友樹はビールを傾けて口を濡らした。酒が弱い彼が、あえて酒の力を借りようとしている。多分、これから聞かされることは現実味のない話のようだ。



 ビジネスホテルであるが、自室というだけで落ち着く。随分と久しぶりに帰ってきたような気がしたが、まだ部屋を空けて24時間も経っていない。私は全身が疲れ切ってソファにダイブする。ぐったりとした身体。精神的にも疲労が蓄積して悲鳴を上げている気がする。
 お風呂に入らなければ。そう思っても身体はコンクリートに塗り固められたように動かない。

 友樹から聞かされた話は今でもフィクション世界の妄言だと思っている。というよりも、そう思いたい。彼は終始、真面目に状況整理と持論を用いて語り、他者の否定を受け付けない確固たる確信を持っていた。

 重い身体を起こし、私はノートを取り出した。事件の整理をするために日頃からノートに捜査状況を記すことが多い。走り書きをすることが多いので、他人には読めない箇所も多いことだろう。

 私は友樹が語ったことを綴る。

 ――佐々木から得た情報を基に足取りを追っていた友樹は、やはり私たちと同じくして、対象者が発症前に事故で入院しているという共通点に考えが及ぶ。
 そこから、八柳・小野塚・サニャの共通点をさらに深堀りしていくことにする。彼らはいずれも意識不明の重体を負い、全身麻酔をするほどの手術を施されている。この時点で、彼らの脳には何かしらのがされたものだと考えを置く。

 では、次に考えられるのは、その手術に関わった人間の共通点。八柳の担当医である山口 一馬が絡んでいれば早い話であったが、そう単純な話ではなかった。小野塚とサニャが意識不明になったのは20年以上前。執刀はおろか、まだ山口は医大生で手術経験もなかったのだ。

 この時点で調査に息詰まった友樹は、「八柳 俊介を中心に考えるから共通点を発見できないのだ」と、気付いたようだ。共に近い年に発症させた小野塚とサニャの両者に照準を合わせて探さなければ八柳との共通点に結びつかない、と。

 そこで友樹は過去から探ることを一旦やめ、八柳 俊介と同じ症状を持つ人間が隠れていないかを調べる。
 条件は意識不明の重体から快復し、尚且つ木野浜医療センターに入院していた者に絞る。さらにその条件に付け加え、現在から20年間を遡って全て当てはまる患者をピックアップ。

 該当者は1148人。此処から頭部手術を受けた患者を割り出すと、373人のリストが残る。さらに、現在通院している人物に照準を絞る。但し、病院通いの可能性が高い50歳以上の対象者は除く。

 52人の名が残る。その1人1人の情報を整理していた友樹は、驚愕して肝を冷やしたという。無論、彼が驚いたことに私が驚かないはずがなかった。彼の口からその事実を聞いたとき、私は胃がキリキリと痛み気分が悪くなった。

 52人……いや、除かれた高齢者を入れればもっと増えるかもしれない。それらの共通点とは――。

「住居地が皆、一様にこの地域だなんて、そんな偶然あるはずないじゃないっ」

 そう、偶然でないから尚更に恐ろしいのだ。これらの人間が、目的を持って同じ地域に滞在していることは間違いない。目的? 治療を受けるため?

「でも、八柳と同じ症状を訴えている人物はいない」

 私の拙い発想力では、どうにも謎を解明できそうにない。だが、女の勘が”関わるな”と訴え、刑事の勘が”考えろ”と煩い。

「この全員が≪悪魔の脳≫に支配されているとすれば……」

 頭の中でシミュレーションを繰り返す。素材は八柳と小野塚を基準にするしかない。52人の人間が不可抗力で選択肢に従っていればどうなる? 小野塚のように犯罪に手を染めさせるのが、≪悪魔の脳≫の最終目標であれば――。

 しかしながら、彼らは捕まっておらず平穏に暮らしているという。

「だめっ! わっけわかんない!」

 私はペンを放り投げてノートをパタンと閉じた。おつむが弱いわけではないが、どうにも異例な謎解きは苦手だ。

 兎にも角にも52人の誰もが症状を訴えていない上に罪を犯していないのであれば、気に留める必要はないじゃない。木野浜医療センターで治療を受けた者が、そのまま同じ地域にずっと住んでいることだって何もおかしな話ではないのかもしれない。かただか52人。確率なんてものは計算できないが、ありえない数字だとは思えないと感じ始めた。



 佐々木の行方不明を受けてからは、友樹も警戒を強めて過ごしているという。この件を探られたくない黒幕というのは必ず存在しており、私も既に要注意人物として挙がっているのだろう。

 数日が経過して、久住さんからの連絡を受ける。彼は高揚しているようで、声の調子が妙に高い。

『山口整形外科について探っていると、色々と面白いものが聞けたよ』
「教えてください」
『山口 健次郎は診療所で使うオリジナル器具として、ある工場によく発注をかけていたらしい。その工場というのが、金沢にある村石製鉄所というところだ』
「金沢……」
『杏子ちゃんもピンときたかい。そう、小野塚よりも早く≪悪魔の脳≫に侵されたメキシコ人が働いていた工場だったんだ』
「かなり濃厚な情報ですね」
『村石製鉄所で働いていた元従業員から話を聞けてな。まだそれだけではないぞ』

 久住さんは、今日あったことを親に報告したがっている少年のようだった。やはり、彼の中に流れる探求心だけは衰えることを知らないようだ。

『わずか1週間だが、村石製鉄所で小野塚は働いていた時期がある。サニャが事故に見舞われた丁度その日に彼は自主退社をしているようだ』
「待ってください! それってつまり、小野塚がサニャの事故に関係している可能性が高いってことじゃないですかっ」
『そうとも捉えられるな。いや、きっとそうなのだろう。誰かの命を受けて動いた可能性もある』
「それが≪悪魔の脳≫の黒幕なのだとしたら、どうして小野塚はそのことに触れないのっ」

 いや、触れようにも触れられない?
 2年間の暗黙の末、彼は事故に遭い≪悪魔の脳≫の支配下に置かれた。それはつまり、黒幕が彼を疎ましく思ったからだ。すぐに彼を消さなかった理由は果たして?
 小野塚がこのことを餌に脅しをかけた可能性もある。いずれにしても、小野塚の存在が邪魔になり……。

「小野塚の事故は単なる事故なんかじゃないってこと?」
『その後に頭を弄られては、事故と考えるのは難しいだろう』
「サニャの記憶が改変されている?」
『わからない。そんなことが実現できるのか怪しいものだ』

 キーを担う小野塚は死んだ。どうやら、黒幕によって先手を打たれた形となったようだ。

 私はまだ、これから起こる本当の恐怖を知らなかった。いや、知らないほうが良かったのかもしれない。――事態は最終局面へと向かっている。
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