俺には選択権がない

成宮未来

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最終択

須藤 杏子⑨

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 翌日、久住さんは4人の男性を引き連れてやってきた。いずれも肥えた体が目立ち始め定年退職を迎えた男性陣である。

「私の部下だ。杏子ちゃんの好きなようにコキを使っておくれや」
「ありがとうございます」

 さすがに現役の警察官を動かせるわけにはいかなったようだ。それでも、この男性たちには刑事の経歴があるということで、足手まといにはならないだろう。

 久住さんが用意した黒のワゴン車に乗り込むと、1人の運転手が先にスタンバイしている。すると、その男が他の面々に向けて、「拳銃を人数分、用意しておいた」と、言う。

 さすがに上からの命令もないまま発砲するのに私が躊躇していると、他の男たちは下品な笑いをするではないか。

「安心しな、杏子ちゃん。弾は入っていないさ。ただのコケ脅しとして使用するだけだ」

 なんだ。それならそうと最初に言ってほしいものだ。
 私たちの目的地は既に決まっていた。

「早朝から八柳 俊介を見張らせている男がいる。そいつの情報だと、今し方、同級生の村瀬宅に足を運んだようだ」

 私の中では次のターゲットは中嶋 優衣と睨んでいたが、外してしまったか。いや、単純に2人で学生らしく愉しんでいるだけかもしれない。必ずしも友人全員に殺意がないことを信じたいが。


 村瀬の自宅は郊外にあり、周囲は車の通りがさほど多くはなく静かな場所に位置している。細い公道から小路に入ると閑静な住宅が並び立ち、その1つに彼のアパートがある。年季を感じる外壁でお世辞にも綺麗とは言い難い。
 こんな場所で殺人事件が起きようものなら、この地域の人々にしては連日の話のネタになるだろう。

 そんなアパートから距離を取って車を停めた私たち。

「中で村瀬が襲われていたらどうするんです?」1人の男の質問に、
「それでも泳がせるのだ」と、久住が答える。

 現行犯逮捕では全ての解決に繋がらない。黒幕を引っ張ってくることが大事なのだ。こうしてみると、麻薬犯罪集団を追っているのと同じような感覚なのかもしれない。元を絶たなければ、幾ら殺人鬼を掴まえようとトカゲの尻尾切りでしかならない。

「あの2人」

 私が指差した先から男女が肩を並べて村瀬のアパートへと入っていく。

「中嶋と堀口で間違いない」

 村瀬が呼び出したのか、あるいは八柳が呼び出したのか。それとも偶然、やって来たとでも言うのか。いずれにしても、穏やかじゃない時間を4人は過ごすことになるだろう。

 アパートの近くで見張りに付いていた男が車内へと入ってくる。

「お疲れっす。後で来た2人が村瀬の部屋に入りましたぜ。悲鳴のようなものは聞こえてこなかったんですが、どうにも妙な車が待機していますぜ」
「妙な車?」
「ええ、こちらとは反対側の道なんですがね。何が怪しいって、2台のバンが八柳に付いて回っているようなんです」
「それでお前の存在は気が付かれていないのか?」
「ウッス。そのバンの跡を付けてきたんで」

 尾行の尾行をして果たして如何なものかと考えたが、久住さんが任せた相手だ。きっと尾行に長けている人物なのだろう。結果としてそれが証明されているので、私からはとやかく言う権利はない。

「では、その車の見張りに戻ります。今度は通信機を使うんで」

 男は熟れた流れで、自分の仕事場へと戻る。
 2台のバンに乗っている人物が八柳を付けているとするのならば、おおよそ、5人以上はいると考えていいだろう。そこまでして人数をかける必要は?

「速やかな隠ぺい工作を施すため」

 私がブツブツと唱えるのを他の人たちは流す。彼らにしたら私なんてまだまだ若手刑事の類。既に彼らの頭の中にも浮かんでいるだろう。



『バンから人がゾロゾロ降りてきましたよ』

 見張り役の男から連絡を受けたのが10分後。そこから次の連絡が入るまで、わずか5分。

『ビニールに巻かれた人? ですかね。3体ほど抱えて車に乗せています。恐らく死体かと』

 中で最悪な事が起ころうとしていたのに、見過ごしてしまった私は下唇をキュっと噛んだ。犠牲者は八柳を除く3人だろう。

「久住さんっ! 早く奴らを!」
「待つんだ。八柳は出てきたのか?」
『いえ、まだ。先に死体を乗せたバンが発車していきましたが、追いますか?』
「構わん。後で他の奴らに吐かせる。それよりも何人が残っている?」
『八柳を除けば5人です。ただ、全員がなんというか……』
「なんだ、はっきり言わないか」
『一般市民というか、素人というか、弱々しいと言いますか。プロの身形ではないですね。――あ、出てきましたっ』

 久住さんは運転手に向けて発車の合図を出す。車はアパートを挟んだ逆側の道へと向け走り、角を2度曲がる。瞬間、出会い頭にワゴン車が目の前に現れて互いに急ブレーキがかけられる。

 すぐさま、私たちは拳銃を手に取って飛び降りた。緊張が全身を走りながらも、いよいよ追い詰めた≪悪魔の脳≫の確保に胸が高鳴る。

 ガラガラと扉を開けると、そこには八柳一家と見知らぬ男1人の姿。それに、運転席には友樹の姿もあり――。
 胸がつかえる感じになりながらも、今の私は正義に殉ずる刑事である。

「貴方たちを全員、逮捕する!」

 私は八柳 俊介の額に拳銃の銃口をあてた。彼の目に怯えが僅かにあったものの、キョロキョロと動かしたその瞳からは、次第に恐怖が消え去っていく。それどころか、彼からは不敵な笑みが漏れるのだった。

 ガンッ!!!

 突如、視界がグラグラと揺れたかと思うと、前後左右上下の正しい位置が分からなくなって膝から力が抜けてくる。

 今、私はどうなっているの?

 激痛が頭部を覆うようにして包む。ようやく視点が定まると、アスファルトに垂れる赤い水滴を確認して自分が襲われたことを理解する。
 少しでも動かすと想像を絶する痛みが走ったが、状況を確認しないわけにはいかなかった。

 見上げた視線の先には、警棒を手にした久住さんが私を見下ろしている。
 なんということか……。彼の表情は、かつての刑事と同じ顔に戻っていた。
 正義と悪、そこに信念があれば違いなど紙一重なのかもしれない。

 私は全身から力が抜けた。意識が薄らいでいく。ぼやけた視界には青空が広がっている。しかし、それは次第に暗黒の世界へと変わっていき――。



 目を開けることはできないが、暗闇の中で車に揺られていることは辛うじて薄い意識の中で分かった。血を抜かれたことが幸いしてか、私の頭の中は随分と冴えていた。

 久住さんとその仲間たちに裏切られたことで分かったのだが、恐らく彼らも≪悪魔の脳≫に侵されている人たちである。
 50歳以上をリストから外していたところに違和感を覚えなかったのは、私の大きなミスである。

 そうして、まんまと友樹にミスリードをされたことも原因の1つだろう。52名の住所は確かに木野浜医療センターや鵜山総合病院の所在する地域になっていた。だからこそ、長野県に住む久住さんを疑うことなどありえなかった。

(どうして、例外を疑わなかったのかな)

 これから私はどうなるのだろうか。秘密を知ったからには抹殺されるのが普通だろう。≪悪魔の脳≫を仕込まれることも覚悟しなければならない。
 こんなことなら、素直に班長に助け舟を出しておけば良かったか。いや、彼だってかもしれない。

 誰かに支配される人生なんてまっぴらだ。
 そんなことを言いながら、私はずっと小野塚の幻影を追いかけてきた。彼のような人間を裁き、私のような被害者を出さないために警察の道を選んだ。それもまた、一種の支配下にあったのかもしれない。

 今や小野塚は死に絶え、≪悪魔の脳≫に侵された彼に同情すら感じている。憎しみの炎が消えることはないだろうが、その大きさとは、息を吹きかければ一瞬で消えるほどのごく小さなものに変わりつつ……。
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