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第一章 神々と記憶の欠けた少女

30 月の女神ルーナと日の女神カリン

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 私は扉をくぐる。

 そこはデパートの屋上という感じがしなく、木々や噴水などがあり、どこかの大きな屋敷の庭園という感じに見えた。

 周囲を見ていると、小さな建物みたいなのを見つけた。よく公園とかにある屋根だけあって、下に
テーブルとイスがあるアレだ。

 そこに2柱の女の人がテーブルを挟んで腰かけている。1柱は月の女神だ。どうやらお茶会をしているようだ。

 月の女神がこちらに気づき手を振っている。もう1柱もそれに気づき、後ろを振り向いた。私はそのテーブルに近づく。


「お待ちしておりました。改めまして、私は『誘導』を司るはじまりの女神・月の女神ルーナです。ムウちゃんとお会いするのは3度目ですね」


 1度目、2度目はキラキラしてはっきりとわからなかったけど、白一色のワンピースを着ており、銀色のロングヘアが腰まで真っ直ぐ落ちている。

 ルーナと名乗った月の女神は、そのスカートの裾を両方持ちゆるりと挨拶をしてきた。


「こんにちは。今朝ぶりです」

「はい、さっきぶりです」


 ルーナはそう言い、ふふと笑う。

 そして、もう1柱が会話が終わったのを見計らって立ち上がった。

 赤やオレンジといった暖色系の和装に、長髪で髪の色まで赤い、とても熱そうな女神がルーナに視線を送った。


「こちらが日の女神です。太陽の日が当たる場所だったら、どんな所でも行けるという羨ましい能力のある女神です」

「そんな羨望の眼差しで見られても困るのじゃ。わしの光を活用して、器用に導ける能力も凄いと思うがのう。つか、お主も光の当たる場所なら行けるではないか」


 ルーナの羨望混じりの紹介を聞き、ツッコミを入れる日の女神。

 デデンと仁王立ちしているが、背は意外と小さかった。

 ルーナはくすくすと笑い、自分の席に座った。


「初めまして、日の女神様。私はムウです」

「うむ、ムウじゃな。存じておる。わしが『先導』を司るおわりの女神・日の女神カリンじゃ。ほれ、隣に座るのじゃ」


 カリンと名乗った日の女神はうんうんと頷き、隣の席を叩いた後に自分の席に座った。

 神様は全てお見通しなのだろうか。

 私はその叩かれた席に座る。


「今朝お伝えしたもう1箇所は行かれたようですね」


 いつの間にかカバンのポケットから出てきた切手7枚が、私の周りを衛星のようにぐるぐると浮いて回った後、テーブルの上に綺麗に並んだ。


「うん、行ってきたよ。そこで生前の近所の子と会いました。交通事故にあって死んだと聞かされたけどね」

「あら、そうおっしゃってたのですね……。実はムウちゃん、まだ亡くなっておりません」

「え?」


 驚いて変な声が出た。


「たしかに、大型トラックと乗用車の正面衝突事故は起こりました。運転席と助手席のご両親は残念ながら亡くなられています。しかし、ムウちゃんは現在意識不明の重体です。今は安定していますが、今後どうなるかはわかりませんね……」

「そうなんだ……お母さん……お父さん……」


 悲しいという気持ちはあるが、自身の記憶が無いせいか、涙が出てこない。


「亡くなったということは、星間郵便局にいるってことですか?」

「はい、いらっしゃいますね。ただ、会える確率はかなり低いです。ご存じかと思いますが、今の星間郵便局はすごい人口ですからね」


 たしかにあの混雑はどうにかしないといけないレベルだと思う。


「なかなか未練の晴れない人もおるし、魂の問題もある。問題は山積みじゃ……」


 カリンは紅茶を飲みながら唸っている。


「ムウちゃん」

「はい」


 いきなり名前を呼ばれたので返事をした。


「貴女はまだ亡くなっていないので、これからの行動はお任せします。切手集めをしてもいいですし、例の原初の女神教団への対処のお手伝いをしてくださってもいいです」

「わかりました」


 それを聞き、ルーナは紅茶を飲み始めた。


「ちょっとお伺いしますが、月の魔力ってなに?」

「『魔力』……ね。ふふ、ちょっと長話しますがよろしいですか?」

「はい」


 ルーナが聞いてきたのですぐに答えた。


「この世界には人間が想像する魔法や魔術という類の物はありません。ですが、願望や希望など望むことで発揮する力があります。もちろん個人差もありますし努力が必要なものもあります」


 魔力とは違う話が出てきた!


「それで『魔力』に戻りますが、この月を歩いてきて何か気づいたことはありますか?」


 質問されたので、うーんと考える。カリンは楽しそうに話を聞いている。


「えっと、ウサギがたくさんいたね」

「そのウサギはどうしてこの月にいると思いますか?」

「人間が、いるかもしれないと思ったから?」

「はい、正解です」


 ルーナはパチパチと拍手をしている。


「現世の人達が、月にはウサギがいると想像してくれたので、こんなに賑やかになって発展しています。他の国はまた別の動物や形を想像しているので、それらが現れていますね。想像もまた望みと似たような力を発揮します」


 想像……望み……。

 私は首を傾げる。


「それと月の魔力に気をつけろはどういう関係があるの?」

「この星は他の所より容易く望みや想像の力を発揮することができます。ムウちゃん、今回月に着いた時お腹空いていましたね?」

「……え? なんで知ってるの?」

「そして、ムウちゃんの好物はおにぎりですね」


 ルーナは私の質問をスルーして話を続けた。


「そうだよ。……あれ? 言いましたっけ?」

「ふふ、今日買い物したお店はムウちゃんが望んだものです」

「……え?」


 どういうことだろう?


「あのお店も元々は餅屋でしたが、それが今日になっておにぎり屋に変わりました。周囲の人や店長も違和感を感じていなかったのは、記憶も変わっているからですね。ですが、魂のある人には違和感を感じるので、あれ? ってなるでしょうね」

「それで『気をつけろ』なんですね。想像すると何でも出来ちゃうから、ここに住みたいってなるんですね」

「そういうことです」


 あのお店は私が作ったものだったようだ。たしかに月の魔力って言いたくなる現象だ。私は言われないと気づかなかったけど、想像した物が目の前に現れたら気づく。


「たまに困ってしまうことは、人間の創造の産物で月が破壊されるシーンがあった場合、それが多く想像された時はハラハラします」


 ルーナはアハハと苦笑いしている。


「え? その時はどうしているの?」

「わしがその破壊の原因となるものを燃やしておる。月が勝手に割れることはない。映画とかでは色んなことで破壊しているが、現実ではほとんど隕石じゃ。それをちょちょいじゃ」


 カリンはカッカッカッと笑う。


「そうなんだ。月に住んでいる人は想像でやりたい放題していないの?」

「いえ、月には魂のある者は住んでいません。買い物や施設の使用のために訪れますが、居住地はありません。ですが、将来的に居住地は作らないといけないですね……」

「さっきの人口増の問題じゃ。対策は考えておるが、いつになるのやらという感じじゃ」


 ルーナとカリンは紅茶をすする。


「そうなんだね。ちなみにどこだったら問題ないの?」

「月の裏側と言われる部分ですね。現世の人に見えない所だと願望の力が発揮されないようです。そこにも、局員が使う大きな施設が1つありますよ」

「そうなんだ。たくさんお話聞かせてくれてありがとうございます」


 私は席から立ち上がった。


「いえいえ、こちらこそ楽しいお茶会になりました」


 ルーナも立ち上がりニコニコしている。


「あ、2つお聞きしたいことがあるのだけど、いいですか?」

「はい、いいですよ」

「ありがとうございます。1つ目は、私のこの能力? も望みや想像の力なの?」


 私は2柱の女神の前で飛んで見せた。


「おお!」

「あらあら」


 2柱の女神は驚いている。その反応は予想外だ。


「2つ目は私はカケラ持ち?」


 それを聞き、ルーナはカリンを見て、カリンは首を横に振った。


「1つ目に関しては、ムウちゃんの特殊能力です。望みや想像の力ではありません。そして2つ目ですが、今のムウちゃんは2つ持ちです」

「そうですか。ありがとうございます」


 私はペコリと頭を下げた。

 『今の』という所が気になるけど、もしかしたら2個別に持っているからってことかもしれないね。そういえば、前も言ってたな。


「またいつでもいらしてくださいね。相談とかお手伝いできることは手をお貸しします」

「わしもよくここにおるのでな、一緒に手を貸すからいつでも来るとよい」

「ありがとうございます」


 またペコリと頭を下げ、エレベーターで下へと向かった。


---


 慌ただしいデパートの中から出て、ルーナに会うために色々と素通りしたお店に行くために、また商店街へと戻った。

 さっきも把握していたが、商店街には餅屋が凄く多い。しかし、ただの餅屋だと競合相手となるので、何かしら棲み分けされている気がする。そう思い、まず1件目と都市部に近い餅屋に行く。

 ざっと商品を見ると、中身が全てこしあんだった。餅の部分を色んな種類用意しているようだ。

 美味しそうな物を2つほど買う。

 2件目、3件目とまわっていった。全部、中身が違うだけで餅の部分はほぼ一緒のようだ。

 最初の餅屋以外は1個ずつ買い、商店街の出口に着いた。出口付近にベンチがあったので、そこに座って買った餅を見る。

 最初のこしあん、つぶあん、チョコレート、苺と定番の物や、カスタードクリームなどこれ餅に合うの!? って思ってしまう物まであった。

 ちょっと買いすぎたかも……。

 そう思いながら半分ちぎって食べていると、カバンがもぞもぞと動いているのに気づいた。

 私はカバンを開けると、中から猫のぬいぐるみが出てきた。


「やっと解放されたー!」


 ゲンが何かから解放されたようで、嬉しそうに飛び回っている。


「おつかれさま。また新人研修だったの?」

「ああ、最近多いな……。現世で何かあったんだろうな」

「流行り病とかかな? そんな情報は入ってこないの?」

「いや全然……」

「そうなんだ……。この研修も自動化とかできたらいいんだけどね」

「土の男神か! その手があったな……。忙殺されてそこまで思いつかなかった」


 ゲンはうんうんと頷きながら、目を閉じて何かをしている。たぶん本体の方でメモか何かで忘れないようにしているのだろう。


「ところで何を食ってるんだ?」

「餅ですよ、月名物の」

「ああ、美味しいよな……って買いすぎじゃね?」

「全件1個ずつ買ったらこんなに……」

「半分ずつ食っていいか?」

「はい、ぜひお願いします」


 そう言い、半分にした餅を渡した。

 しばらくそんなやり取りをして色んな餅の味を楽しんでいたら、いつの間にか全部食べ終えていた。


「ごちそうさま。もうしばらく餅はいいや……」

「そうだ。意外と全部美味しかったね」

「商品として販売しているもんな。さすがに不味い物は売らんだろ」

「そうだね……。さて、そろそろ局に戻るかな」

「もう月の女神に会ってきたのか! 早いな。報告と、渡したい物があるから後で局長室に来てくれ」

「わかったわ」


 ゲンはそれを聞きカバンの中へと戻り、元のぬいぐるみに戻った。


「それじゃ、行こうかな」


 ベンチから立ち上がり、月の外へと飛び立った。
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