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第一章 神々と記憶の欠けた少女

31 異例の指名配達依頼

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 局長室。


 月から帰還した私は、戻る前にゲンに言われた通り局長室へと出向いた。


「それで、月はどうだった?」

「餅が美味しかったね」


 ゲンが頬杖からずれ落ちた。


「いや俺も食ったからそれは知ってる。それ以外だ」

「月の魔力と言われている現象を1つだけ起こしてしまったね」


 ゲンは驚いた顔をしている。


「何をしたんだ?」

「餅屋をおにぎり屋に変えちゃった」


 ゲンがまた顔をガクンと落とす。


「ムウらしいな……。まあ、餅屋ばかりだからいいんじゃないかな。んで、月の女神は何か言ってたんだ?」


 ゲンがここから本題だと言いたそうな真剣な顔をした。


「はい。まずその前に月に向かう前に1箇所行った場所のことから報告します……」


 それから、生前によく遊んでいた近所の子とのやり取りとルーナとのやり取りなどを話した。


「なるほど……。死んだかと思っていたら実はまだ生きているってことなんだな。それで、7枚切手は集めたが、生きていたら当分使わなくなるから、しばらくは自由行動というわけだな」

「うん、そうだね」


 ゲンはうーんと唸る。そして、仕方ないかと呟いて一通の手紙を出してきた。


「自由行動中に申し訳ないんだが、ムウ宛に郵便配達依頼が届いている」


 そう言い、私の前に動かした。


「私の名前が何でこんな所に書かれてるの……。それにこの座標ってめちゃくちゃ遠くないですか?」


 私は手紙を取り、裏を見て何も書かれていないのを確認して表を見た。

 普通の手紙だったが宛名を書く所に私の名前があり、差出人名はなく、座標は物凄く遠い。

 座標はx17万,y0,z0と書かれていた。x1が1万kmだから億? こんがらがってきた。


「たしかに極端だよな。yとzが局と同じ座標にあるのもおかしい」


 ゲンは渋い顔をしている。


「……名字までは思い出せないけど、これ私の名前だよね……これが配達依頼? 何でこんな所に書いてあるの……」


 『有銘ありめ 夢羽むう』と宛名に書かれていた。


「異例中の異例だ。指名配達依頼自体無いからな。差出人はもしかしたらムウだけに行ってほしいのかもしれん。ムウ1人で行くことになるがいいか?」


 私は特に問題なかったので首を縦に振り、頷いた。

 手紙を見て次に気づいたのが切手で、真っ青のものだった。青と言っても空色に近い。


「青?」

「ああ、青だ。一色の切手なんて珍しいぜ。でも気をつけな。珍しい切手の場所は危険な場所って相場が決まっているんだ」


 ゲンはそう言いながら1枚の書類を棚から取り出し、私に渡してきた。


「今から救援要請の申請書を提出するなんて大袈裟すぎない?」


 その書類はこの前書いた、何かあった時の救済措置である「救援要請申請書」だった。


「用心しておいたほうがいい」


 そう言って、ゲンは返そうとした申請書を押し返した。


「わかったわ」


 申請書を受け取り、部屋から出た。


---


 次に向かうのは、ルイの事務所だ。先程ゲンから受け取った申請書を提出するためだ。


「それにしても、本当に珍しい切手。一体どんな所なんだろう」


 想像するだけでわくわくするね。

 局長室の隣がルイの事務所で、扉をノックして返事が聞こえたので入室した。


「ムウさんでしたか、こんにちは。そんなにわくわくして、どうしたのですか?」


 そのわくわくしている気分が伝わったのか、事務所にいたルイが聞いてきた。

 ルイは私を見て微笑んでいる。


「あ、そんなに顔に出てたんだ、恥ずかしい……」


 私は咄嗟に顔を隠す。


「はい、出てましたね。それにしても、こんな時間にどうしたのですか?」


 日本時間で現在朝の9時頃だ。

 ルイは、手に持っている書類に目線を移す。


「あ、これ申請書よ。明日、この手紙の配達先で何かあった時の救援要請みたい」


 申請書をルイに渡した。


「相変わらず用心深い人ですね、局長は。まあ、それで助かった魂はたくさんいましたからね。危険な場所のニオイってわかるんでしょうね」


 そう言い、書類を受け取った後、承諾の印鑑を押して『明日』のカゴに入れた。そして奥の方へ行き、両手サイズの機械を持ってきた。


「ニオイがあるんですか」

「いや、無いですよ。ものの例えです」


 私がびっくりしていると、いやいやとルイは手を横に振った。


「そうだよね。局長は嗅覚が鋭いのかと思ったよ」

「鋭いかもしれませんね」


 ルイはくすくすと笑っている。


「……それは何?」

「救援用のドローンです。明日はこれを持っていってもらいます。星の外で待機してくれて、何かあったら助けるものです」


 ルイがそう言うと静かに飛び始め、私の側でホバリングを始めた。


「さあ、もう遅いですし、雑談はこのくらいにしましょう。明日頑張りましょうね」


 そう言い、ルイはCLOSEDの看板を扉の外にかけ始めた。


「うん、頑張ります。おやすみなさい!」


 私はルイに手を振り事務所を後にした。


---


 自室。


 ドローンは入口付近に着陸し、停止している。私は、自室に戻ってもずっと青一色の切手を眺めていた。なぜか引き込まれる空色。そして、懐かしいと感じる色だ。


「生前の事と何か関係あるのかな?」

「ああ、そういえばまだ記憶は戻ってなかったんだったな。月の女神はその事について何か言ってたか?」


 1人で呟いていると、ゲンが仕事を終えたようで、ぬいぐるみに憑依して聞いてきた。


「いえ、特に何も言ってなかったよ……」


 手紙をロッカーに戻し、ベッドに座った。ゲンもベッドでゴロゴロしている。


「そうか……。さすがに月の女神もわからないのかな」

「うん……。そうかもしれないね……」


 このままでは私の未練を無くすことができないのでは? ……どうしたらいいのだろう。


「とりあえず、明日はその不思議な切手の手紙の宛先に言ってみな。懐かしいと言う気持ちが湧いてくるなら、何かしら記憶に関係するものだからな。まあ、明日わかるだろう。寝るぞ、電気消していいか?」


 ゲンはそう言い、電気のボタン近くにフヨフヨと近づき、ボタンに手を添えた。


「うん」


 電気が消える。私は眺めていた天井が暗くなったので寝ることにした。


---


 夕方、いつも通り準備をして、ロビー前にいた。ドローンも私についてきている。そこには珍しく、ゲンとルイが待っていてくれた。


「今回の配達先は指名配達依頼だから、心配だがついていく事はできない。何かあったらすぐに連絡すること。いいな?」


 ゲンは心配そうに私を見る。


「わたくしのほうはいつでも救援できるようスタンバイしておきます。お気をつけて」


 ルイは一礼をした。


「うん、わかった。行ってくるね」


 私は局員証をかざしてロビー行きのゲートをくぐった。
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