憂鬱症

九時木

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178 飼育

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 翌日の朝、私は午前10時に目が覚めた。
 その日は午後からの仕事だったので、早起きする必要がなかった。

 私はゆっくりと身支度をし、外に出かけた。


 外は曇り空で、少し肌寒かった。

 地下街の人通りは少なく、ベビーカーを押している人や海外の観光客がちらほらと見えるだけだった。

 私はベンチに腰掛け、しばらくぼんやりとしていた。
 空にはスズメが素早く飛び交っており、あちこちから鳴き声が聞こえた。

 地面を見ると、1羽のスズメがこちらに近づき、首を傾げたり飛び跳ねたりしていた。

 スズメは丸々としているかと思ったが、実際は細く、すらりとしていた。


 スズメを眺めながら、私は昔弱ったスズメを飼っていたのを思い出した。

 まだ物心がつくかつかないかの頃、私は姉が拾ったスズメの面倒を一緒に見ていた。

 スズメは飛ばず、地面をうろうろとしているだけだったが、私たちはその1羽を大事にした。


 しかしある日、スズメは思いもよらぬ死に方をしてしまった。

 昼下がりの頃、姉はスズメを大きな木の下に置いた後、餌を探し回った。

 姉がよそ見をしているうちに、私は木の周りをうろついた。
 その時、私は誤ってスズメを踏んづけてしまった。

 スズメは私の重さに耐えられず、そのまま死んでしまった。

 姉はもちろん激怒し、私をこっぴどく叱った。
 そうして、しばらく私と口をきいてくれず、まだ幼かった私は一人途方に暮れていた。


 「あのスズメは元々弱っていたから、どのみちすぐに死んでいたよ」

 私が大きくなった今、私の姉は、そんな風にして私を弁護してくれていた。

 スズメの話は姉から聞いたもので、正直のところ、私は踏んづけたことを覚えていなかった。

 振り返ってみると何とも惨い話だが、当人の私が覚えているのは、木の下にスズメがいた映像くらいだった。


 生き物を飼うのは、昔から得意ではなかった。

 私は金魚をよく飼っていたが、水槽を放置して何匹も死なせてしまったし、多頭飼いで酸欠死させてしまうこともよくあった。

 スズメといい金魚といい、生き物を世話するのは非常に神経を使うように思われ、私には向いていないようだった。

 今育てているものは、多少は放置しても枯れない植物くらいで、常に気を遣っていなければならない生き物にはやはり手をつけていなかった。


 生き物は、野生を観察するくらいが丁度よかった。
 自らこちらに接近するような、人懐こいスズメを見ていると、1羽くらいは持ち帰ってしまいたくなるが、決してそうはしなかった。

 それは法律に違反しているからというより、生き物を飼うのが非常に面倒だからという理由によるものだった。

 餌をやり、水をやり、住処を与え、排泄物を処理する。
 人間という生き物を、自分を世話するだけで手一杯の人間が生き物を飼うことは、二重の負担を抱えるようなものだった。

 私は元気に飛び回るスズメを眺め、その模様や形を観察した。
 そうして、贅沢にもスズメの美しい部分だけを切り取ることに満足していた。

 生き物を飼うのは、あったとしてももっと先のことだと思いながら、私はベンチから立ち上がった。
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