37 / 85
第3章 二日目、そして事件が起こる
18
しおりを挟む
食堂のドアが開き竜二さんと敦子さんが、スナック菓子の入った器とウイスキーの水割りセットがのったお盆を持って現れた。
「こちらのお酒とおつまみは、三輪さんから頼まれました。おごりだそうですよ」と笑顔の敦子さんが、テーブルに並べてくれた。
「三輪さんから? ありがとうございます」
水戸さんの声が華やぐ。
「いや、こんなことくらいしか。このままじゃあ、眠れないですしね」と照れ臭そうな我が先輩は、なかなか洒落たことをする。
「すみません」飯畑さんが頭を下げる。確かに、みんなこのまま部屋に戻ることはできないだろう。
「じゃあ、みなさん、あまり気を詰めないでくださいね。私たちは奥にいます。何かあったら連絡ください。あとビールは勝手に食堂の冷蔵庫から出してください。遠慮はなしですよ。ビールの方は、うちのおごりです」
そう言うと、石田さん夫妻は奥の自宅へと帰っていった。宿としてはこのような事件が起こり、本当に迷惑な状況だろうに、落ち込んでいる我々に対して、優しい心遣いが感じられ、ありがたい。
早速、水戸さんが水割りの用意を始めていると、その間に三輪さんは食堂からビンビールを六本も持ってきた。
「ちょっと、ちょっと待ってくださいよ先輩、持ってきすぎでしょ!」
あまりの本数に、思わず大きな声が出てしまう。
「アホかお前、せっかくのご好意に遠慮する奴は、アホやで、アホ」
「アホって、いくらなんでも多いですって」
「アホやなホンマ。こういう時に遠慮して一本とか二本とか、セコいもらい方するのが恥ずかしわ。もらう時は、堂々とせなあかん」
「堂々って、えええー」
「いや、そうですね。こっちは七人いるんですから、ビール六本なら、うん大丈夫です」
「そうやろ。そう思うやろ。村上はんは、よう分かってはるわ」
唐突に会話に入って自分を援護する村上さんの肩をガッシリと掴み、先輩は上機嫌だ。
「そうね、じゃあまずは冷たいところを一杯飲みましょうか」
水戸さんがウイスキーのボトルを一旦置いて、ビールの栓を抜きグラスに注ぎ始めた。
「はああ」
これみよがしに額に手を当てて溜息を漏らす僕を見て、飯畑さんや藤田さんも少しだけ笑っている。僕たちの、ほんとにアホみたいなやりとりで、ここにいる人たちの気分が少しでも解れたのなら、まあ良しとしよう。
この夜の飲み会は、十二時前にお開きとなった。みな疲れていたのだろう。眠くなるために飲んでいるのに、飲めば飲むほど神経が昂るような、そんな酒になってしまった。それでもやはり一番気疲れていたのか、藤田さんはソファーに倒れ、寝息を立てている。
「珍しいですね、藤田さんがこんなに早く酔い潰れるなんて」と言いながら、水戸さんがテーブルの上を布巾で拭き始めた。
「仕方ないですよ。伊藤さんのご実家への電話が、かなり辛かったようでしたから」高遠さんも散らかったグラスを集め始める。
「そろそろお開きにしようか」
三輪さんの宣言で、全員でソファー周りをザッと掃除し、二階へ上がることになった。
「藤田さんは、どうしますかね」と村上さんが高遠さんに聞いている。
「このまま、ここで寝かしておけば」
夏の盛りだし、確かに風邪を引くことはないだろうが、
「そうもいかないでしょ。石田さんにもご迷惑だし」と飯畑さんが反論した。
我々しか客はいないが、流石に玄関入ってすぐのロビーではまずいだろう。
「俺が部屋まで、背負っていきますわ」
先輩が手を挙げると、早速、藤田さんの肩に手をかけた。
「じゃあ、お願いしようかしら」
飯畑さんもホッとしたようだ。いそいそと藤田さんが担がれるのを手伝っている。
長身で怪力の三輪さんだが、大柄の藤田さんを背負って階段を上がるのは大変そうだ。藤田さんの部屋207号室は階段を登ってすぐのところ。
皆でゾロゾロと廊下まで来たところで、「アオイ、藤田さんのポッケに鍵ないか」と、三輪さんから声がかかった。
「あ、ちょっと待ってくださいね」
背負われた藤田さんのズボンをまさぐると、右の前ポケットに硬い感触がある。手を差し込めば、イルカのキーホルダーがついた鍵が出て来た。イルカには207と描かれている。
「先輩、ありました」
「よし、はよ開けろ。さすがに俺もだめや」
慰霊祭に、海岸線の探索、自転車移動して懸垂下降、そしてその後の諸々だ。さすがの鉄人三輪も、そろそろ限界のようだ。僕は手早く鍵を鍵穴に差し込んでドアを開けた。
三輪さんがベッドに藤田さんを下ろすと、飯畑さんがその体に夏掛けを掛ける。部屋の窓のところで水戸さんがカーテンを閉めていた。外は弱い雨が降り出しているようだ。サラサラと屋根を叩く雨音が心地よい。さてこれで僕もやっと眠れる。もうフラフラだ。思わずよろけた僕を、高遠さんが支えてくれた。
「大丈夫? 向井くん」
「あ、すみません。大丈夫です」
「何が大丈夫や。もう寝ろ。ほれ部屋の鍵」
三輪さんが、僕にクジラキーホルダー付きの202号室の鍵を投げよこしてくれた。
「先に寝てろ。中から鍵かけんなよ。あとこの部屋の鍵どないした?」
僕は手に握ったままだった207号室の鍵を振って見せ、高遠さんに「よろしくお願いします」と言って渡すと、トボトボと自分の部屋へ歩いて帰った。
部屋に戻った僕は、そのままベッドに突っ伏す。何分か経ったのちに三輪さんが戻って来た気配を感じたが、もう何も覚えてはいない。深い深い泥のような眠りの世界に、僕は沈んでいくばかりであった。
「こちらのお酒とおつまみは、三輪さんから頼まれました。おごりだそうですよ」と笑顔の敦子さんが、テーブルに並べてくれた。
「三輪さんから? ありがとうございます」
水戸さんの声が華やぐ。
「いや、こんなことくらいしか。このままじゃあ、眠れないですしね」と照れ臭そうな我が先輩は、なかなか洒落たことをする。
「すみません」飯畑さんが頭を下げる。確かに、みんなこのまま部屋に戻ることはできないだろう。
「じゃあ、みなさん、あまり気を詰めないでくださいね。私たちは奥にいます。何かあったら連絡ください。あとビールは勝手に食堂の冷蔵庫から出してください。遠慮はなしですよ。ビールの方は、うちのおごりです」
そう言うと、石田さん夫妻は奥の自宅へと帰っていった。宿としてはこのような事件が起こり、本当に迷惑な状況だろうに、落ち込んでいる我々に対して、優しい心遣いが感じられ、ありがたい。
早速、水戸さんが水割りの用意を始めていると、その間に三輪さんは食堂からビンビールを六本も持ってきた。
「ちょっと、ちょっと待ってくださいよ先輩、持ってきすぎでしょ!」
あまりの本数に、思わず大きな声が出てしまう。
「アホかお前、せっかくのご好意に遠慮する奴は、アホやで、アホ」
「アホって、いくらなんでも多いですって」
「アホやなホンマ。こういう時に遠慮して一本とか二本とか、セコいもらい方するのが恥ずかしわ。もらう時は、堂々とせなあかん」
「堂々って、えええー」
「いや、そうですね。こっちは七人いるんですから、ビール六本なら、うん大丈夫です」
「そうやろ。そう思うやろ。村上はんは、よう分かってはるわ」
唐突に会話に入って自分を援護する村上さんの肩をガッシリと掴み、先輩は上機嫌だ。
「そうね、じゃあまずは冷たいところを一杯飲みましょうか」
水戸さんがウイスキーのボトルを一旦置いて、ビールの栓を抜きグラスに注ぎ始めた。
「はああ」
これみよがしに額に手を当てて溜息を漏らす僕を見て、飯畑さんや藤田さんも少しだけ笑っている。僕たちの、ほんとにアホみたいなやりとりで、ここにいる人たちの気分が少しでも解れたのなら、まあ良しとしよう。
この夜の飲み会は、十二時前にお開きとなった。みな疲れていたのだろう。眠くなるために飲んでいるのに、飲めば飲むほど神経が昂るような、そんな酒になってしまった。それでもやはり一番気疲れていたのか、藤田さんはソファーに倒れ、寝息を立てている。
「珍しいですね、藤田さんがこんなに早く酔い潰れるなんて」と言いながら、水戸さんがテーブルの上を布巾で拭き始めた。
「仕方ないですよ。伊藤さんのご実家への電話が、かなり辛かったようでしたから」高遠さんも散らかったグラスを集め始める。
「そろそろお開きにしようか」
三輪さんの宣言で、全員でソファー周りをザッと掃除し、二階へ上がることになった。
「藤田さんは、どうしますかね」と村上さんが高遠さんに聞いている。
「このまま、ここで寝かしておけば」
夏の盛りだし、確かに風邪を引くことはないだろうが、
「そうもいかないでしょ。石田さんにもご迷惑だし」と飯畑さんが反論した。
我々しか客はいないが、流石に玄関入ってすぐのロビーではまずいだろう。
「俺が部屋まで、背負っていきますわ」
先輩が手を挙げると、早速、藤田さんの肩に手をかけた。
「じゃあ、お願いしようかしら」
飯畑さんもホッとしたようだ。いそいそと藤田さんが担がれるのを手伝っている。
長身で怪力の三輪さんだが、大柄の藤田さんを背負って階段を上がるのは大変そうだ。藤田さんの部屋207号室は階段を登ってすぐのところ。
皆でゾロゾロと廊下まで来たところで、「アオイ、藤田さんのポッケに鍵ないか」と、三輪さんから声がかかった。
「あ、ちょっと待ってくださいね」
背負われた藤田さんのズボンをまさぐると、右の前ポケットに硬い感触がある。手を差し込めば、イルカのキーホルダーがついた鍵が出て来た。イルカには207と描かれている。
「先輩、ありました」
「よし、はよ開けろ。さすがに俺もだめや」
慰霊祭に、海岸線の探索、自転車移動して懸垂下降、そしてその後の諸々だ。さすがの鉄人三輪も、そろそろ限界のようだ。僕は手早く鍵を鍵穴に差し込んでドアを開けた。
三輪さんがベッドに藤田さんを下ろすと、飯畑さんがその体に夏掛けを掛ける。部屋の窓のところで水戸さんがカーテンを閉めていた。外は弱い雨が降り出しているようだ。サラサラと屋根を叩く雨音が心地よい。さてこれで僕もやっと眠れる。もうフラフラだ。思わずよろけた僕を、高遠さんが支えてくれた。
「大丈夫? 向井くん」
「あ、すみません。大丈夫です」
「何が大丈夫や。もう寝ろ。ほれ部屋の鍵」
三輪さんが、僕にクジラキーホルダー付きの202号室の鍵を投げよこしてくれた。
「先に寝てろ。中から鍵かけんなよ。あとこの部屋の鍵どないした?」
僕は手に握ったままだった207号室の鍵を振って見せ、高遠さんに「よろしくお願いします」と言って渡すと、トボトボと自分の部屋へ歩いて帰った。
部屋に戻った僕は、そのままベッドに突っ伏す。何分か経ったのちに三輪さんが戻って来た気配を感じたが、もう何も覚えてはいない。深い深い泥のような眠りの世界に、僕は沈んでいくばかりであった。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
【完結】年収三百万円台のアラサー社畜と総資産三億円以上の仮想通貨「億り人」JKが湾岸タワーマンションで同棲したら
瀬々良木 清
ライト文芸
主人公・宮本剛は、都内で働くごく普通の営業系サラリーマン。いわゆる社畜。
タワーマンションの聖地・豊洲にあるオフィスへ通勤しながらも、自分の給料では絶対に買えない高級マンションたちを見上げながら、夢のない毎日を送っていた。
しかしある日、会社の近所で苦しそうにうずくまる女子高生・常磐理瀬と出会う。理瀬は女子高生ながら仮想通貨への投資で『億り人』となった天才少女だった。
剛の何百倍もの資産を持ち、しかし心はまだ未完成な女子高生である理瀬と、日に日に心が枯れてゆくと感じるアラサー社畜剛が織りなす、ちぐはぐなラブコメディ。
僕らの10パーセントは無限大
華子
青春
10%の確率でしか未来を生きられない少女と
過去に辛い経験をしたことがある幼ななじみと
やたらとポジティブなホームレス
「あり得ない今を生きてるんだったら、あり得ない未来だってあるんじゃねえの?」
「そうやって、信じたいものを信じて生きる人生って、楽しいもんだよ」
もし、あたなら。
10パーセントの確率で訪れる幸せな未来と
90パーセントの確率で訪れる悲惨な未来。
そのどちらを信じますか。
***
心臓に病を患う和子(わこ)は、医者からアメリカでの手術を勧められるが、成功率10パーセントというあまりにも酷な現実に打ちひしがれ、渡米する勇気が出ずにいる。しかしこのまま日本にいても、死を待つだけ。
追い詰められた和子は、誰に何をされても気に食わない日々が続くが、そんな時出逢ったやたらとポジティブなホームレスに、段々と影響を受けていく。
幼ななじみの裕一にも支えられながら、彼女が前を向くまでの物語。
ユニークアイテムな女子(絶対的替えの効かない、唯一無二の彼女)「ゆにかの」
masuta
キャラ文芸
恋と友情、そして命を懸けた決断。青春は止まらない。
世界を股にかける財閥の御曹司・嘉位は、U-15日本代表として世界一を経験した天才投手。
しかし、ある理由で野球を捨て、超エリート進学校・和井田学園へ進学する。
入学式の日、偶然ぶつかった少女・香織。
彼女は、嘉位にとって“絶対的替えの効かない、唯一無二の存在”だった。
香織は、八重の親友。
そして八重は、時に未来を暗示する不思議な夢を見る少女。
その夢が、やがて物語を大きく動かしていく。
ゴールデンウィーク、八重の見た夢は、未曾有の大災害を告げていた。
偶然か、必然か……命を守るために立ち上がる。
「誰も欠けさせない」という信念を胸に走り続ける。
やがて災害を未然に防ぎ、再びグラウンドへと導く。
その中で、恋もまた静かに進んでいく。
「ずっと、君が好きだった」告白の言葉が、災害と勝負を越えた心を震わせる。
それぞれの想いが交錯し、群像劇は加速する。
一人ひとりが主人公。人生に脇役はいない。
現代ファンタジーとリアルが交錯する青春群像劇。
本作は小説家になろう、オリジナル作品のフルリメイク版です。
椿の国の後宮のはなし
犬噛 クロ
キャラ文芸
架空の国の後宮物語。
若き皇帝と、彼に囚われた娘の話です。
有力政治家の娘・羽村 雪樹(はねむら せつじゅ)は「男子」だと性別を間違われたまま、自国の皇帝・蓮と固い絆で結ばれていた。
しかしとうとう少女であることを気づかれてしまった雪樹は、蓮に乱暴された挙句、後宮に幽閉されてしまう。
幼なじみとして慕っていた青年からの裏切りに、雪樹は混乱し、蓮に憎しみを抱き、そして……?
あまり暗くなり過ぎない後宮物語。
雪樹と蓮、ふたりの関係がどう変化していくのか見守っていただければ嬉しいです。
※2017年完結作品をタイトルとカテゴリを変更+全面改稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる