上 下
38 / 85
第4章 三日目の朝、そしてまた事件が起こる

1

しおりを挟む
 本日は七時十分に起床。カーテン越しに届く日の光は、昨日より弱い。雨がシトシトと降り続けている。台風が近づいているので、雨脚はこれから少しずつ強くなるのだろう。

 昨夜、飲んだ酒の量は大したことないのだが、どうにも頭が痛い。やはり気が疲れた時のヤケ酒のような飲み方は体に良くないようだ。ずっしりと寝汗をかいたジャージが気持ち悪い。

 手早く着替え、洗面をすませてから階段を降る。ロビーのソファーセットでは、三輪さんと高遠さん、飯畑さんが座ってモーニングコーヒーを飲んでいた。

「おうアオイ、おはよう」
「おはようございます。皆さん早いですね」
「普段よりは遅いけどね。今日は海での作業は中止にしたから」

 昨夜より笑顔の戻った飯畑さんだったが、疲れはとれなかったようで眠そうだ。

「それは、そうですよね。他の皆さんは?」
「さあ? まあ朝は早い面々だから、部屋で何かしてんじゃないかしら」
 と言って彼女は階段の上の方を見上げた。

「朝食時間になるさかい。降りてくるやろ」

 先輩の言葉に受付カウンター横の時計を見る。時刻は七時三十分になろうとしていた。

「今日はどうされるんですか?」

 外はこれから大雨だろうし、昨日のこともある。大した返答を期待せず僕は聞いた。

「伊藤くんが、あんなことになったんじゃ、さすがに研究だ遊びだってわけにもいかないからね。部屋でおとなしくしてるかな」と、飯畑さんが予想通りの答えをくれる。

「船があるなら、すぐにでも親頭島へ戻りたいんですが」それまで一言も発しなかった高遠さんが呟く。

 そういえば昨日、漁船を借りるなんて話も出ていた。漁師さんの船に乗せてもらうなんて僕には想像もつかない。本当に可能なのだろうか。

「お願いすることはできます。ただ距離が遠すぎるので、かなりの燃料代が……」

 やはり相当な値段がするようだ。

「連れて行ってくれた漁師さんは、こっちの島へ帰って来なければならないですし」

 改めて調べたところ、他にも漁を休業する手当なども必要になるそうだ。

「それでも、みんなで出し合えば払えない額じゃないので、あとでまた相談してみます」

 そう言って、この会話を打ち切った。

 そうこうしているうちに、水戸さんと村上さんも二階から降りてくるが、一様に表情は硬く、挨拶の後はどうにも会話が弾まない。

「東京のお二人には、すまないことでしたね。せっかくの夏の島旅なのに」
「いや、皆さんのせいではありませんよ」
「もともと、俺らも遊びやなくて慰霊の旅のつもりやったからね」

 そんな当たり障りのない会話を繰り返しながら、ふと時計を見ると針はもう50分を過ぎようとしていた。

「8時になりますが、藤田さん遅すぎでは」

 僕は飯畑さんの方を見て尋ねた。

「いつもは時間に厳しい人なんだけど……」
「まあ、従兄弟があんなことになって、心労があったんじゃないですか」
「だいぶ飲んでたみたいですし」

 昨夜の藤田さんの顔を思い出すと、無理して叩き起こすのもはばかられた。その気持ちはみんな同じだったようだ。

「ひとまず、食堂に入りましょう。石田さんたちを待たせても悪いから」

 食堂へ入ると竜二さんが出迎えてくれた。厨房の窓から敦子さんも笑顔を覗かせている。

「おはようございます。あれ藤田さんは?」
「ええ、すみません。やはり昨日あんなことがあったので」と、飯畑さんが言い淀む。
「従兄弟さんだったんですよね、それでは……。 まあ、他の皆さんは元気を出して、たくさん食べてください」

 並べられた朝食は昨日と同じメニューだったが、スープが青豆の冷製に変わり、その冷たく柔らかい口当たりが、気の滅入るこの朝に少しの元気をもたらしてくれた。

 さすがの三輪さんも食欲が湧かないらしく、二人ともトースト2枚を静かに食べ終わる。時間は八時三十分を少しまわったところだ。

「さすがに遅いわね。ちょっと見てくる」

 飯畑さんがそう言って食堂を出て行った。
しおりを挟む

処理中です...