39 / 85
第4章 三日目の朝、そしてまた事件が起こる
2
しおりを挟む
二階でノックの音と呼びかける声が聞こえたが、そう時間もたたずに、彼女は一人、小走りで戻ってきた。
「どうしたんですか?」
食堂入り口の一番近くに座っていた僕は、その青い顔に驚いてしまう。
「部屋に誰もいないの」
「部屋に?藤田さんの部屋の中にですか?」
一瞬、彼女の言っていることが理解できなかった。
藤田さんは昨夜から「ずっと自室で寝ている……」そう思い込んでいたからだ。
「鍵が開いてたから、中を覗いたんだけど」
「じゃあ洗面所で歯でも磨いてるんじゃ」
村上さんが軽く言うが、
「男性用の洗面も、もちろん覗いたけれど、誰もいなかったわ」
あっさりと否定された。食堂の中の空気が一気に張り詰め、照明の明るさが一段階暗くなったように思われた。この場の全員が、一刻のうちにギュッと、緊張したのがわかる。
「もう一度、部屋に行ってみましょう」
厨房への入口から心配そうに伺っていた竜二さんが、エプロンを外しこちらに出て来た。
「そうですね、行きましょう」
返事を返すことができない海洋大の面々に代わり、三輪さんが答え立ち上がった。
皆でゾロゾロと二階へ向かう。胸騒ぎがするのは気のせいだと思いたい。藤田さんの部屋は階段の正面だ。今はドアは閉まっている。
「アオイ、洗面所を見てこい! あと高遠さん、女性用を」
三輪さんの指示に僕と高遠さんが同時に頷き、洗面場へ駆け込んだ。しかし中には誰もいない。用具入れの中も覗いてみるが何も見つけることはできなかった。背後で竜二さんの大きな声が聞こえる。
「藤田さん? ドアを開けますよ!」
ドンドンとドアを叩き、室内の確認を取る。ペンションのオーナーとして、宿泊客がいる部屋の扉を、勝手に開けるのは気を使うのだろう。僕が洗面場から出ると、ちょうど隣の女性用場から高遠さんも出て来た。お互いに顔を見合わせ首を横に振る。
「これはおかしいですね。ドアを開けます」
竜二さんの宣言に、三輪さんが代表して頷いた。やはり、鍵は掛かっていなかったようで、ノブを軽く捻るだけでドアは開かれた。
「誰も、いない」
竜二さんに続いて、三輪さん、そして僕や村上さんが中へと入る。ベッドの上に寝た痕跡はあるが、藤田さんの姿はない。三輪さんが部屋の奥まで行き、カーテンをザッと開いた。部屋の中が少し明るくなる。竜二さんがトイレを確かめるが人の気配はない。村上さんがクローゼットを開き、僕はベッドの下を覗いてみるが、そんなところに人がいるわけもない。部屋の中には誰もいなかった。
「伊藤くんのことで、落ち込んでいたから」
ドアの外で、飯畑さんの絶望したような声が聞こえた。
「とにかく探しましょう」
三輪さんが窓辺から、こちらを振り返る。
「どこを?」
「まずは自転車置き場?」
僕と村上さんが言葉を交わす。やはり、昨日のことが頭をよぎった。昨日は伊藤さんを探して自転車置き場へ向かい、自転車が一台無いことを発見した。今回はどうであろうか。
「一台減ったから、今自転車は七台のはず」
階段を降り玄関を出たところで高遠さんが呟く。雨の中、駐輪場へと小走りで向かう。建物の角を曲がると自転車置き場が見えた。
「全部……あるわ!」
素早く数えたのだろう、水戸さんが嬉しそうな声を出すが、全部あったところで、藤田さんの行方は不明のままだ。
「確かに全部ありますね」
「竜二さんの車は?」
僕の質問に竜二さんが指差す先、ガレージには、ワンボックスカーが停まっている。
「とすると、藤田さんはどこに……」
「とにかく、探さないと!」
「いやダメです。少し落ち着きましょう」
皆が一斉に駆け出そうとするのを、三輪さんが手で制した。
「どうして、なぜ落ち着くのよ! 藤田くんにもしものことがあったら!」
緊迫した面持ちで飯畑さんが、三輪さんに食いかかる。
「わかります。わかりますが、落ち着いてください。この雨です。台風も近づいている。全員で無闇に動くと危なすぎます」
「じゃあ、どうしろって言うのよ」
苛立たしげに声を荒げる飯畑さんを、先輩は精一杯の冷静さで宥めようとした。しかし昨日の事故に続いての、このトラブルに彼女の精神は疲れ果てていた。
「今は、藤田くんを探すのが大切なんじゃないの。彼は伊藤くんのことで心を痛めていた。こんな雨の中、どこにいるのか……」
苛立ちと不安に押し潰され、ついに彼女はその場で泣き崩れてしまった。
「すぐに、すぐに探しに出ます。ただいったん中に戻りましょう。みんな濡れすぎや」
「そうですね。一度、食堂へ戻りましょう」
竜二さんも三輪さんに同調する。雨脚は明らかに激しくなっていた。全員が当てもなく方々へ探しに出るのは確かに危険すぎる。
「どうしたんですか?」
食堂入り口の一番近くに座っていた僕は、その青い顔に驚いてしまう。
「部屋に誰もいないの」
「部屋に?藤田さんの部屋の中にですか?」
一瞬、彼女の言っていることが理解できなかった。
藤田さんは昨夜から「ずっと自室で寝ている……」そう思い込んでいたからだ。
「鍵が開いてたから、中を覗いたんだけど」
「じゃあ洗面所で歯でも磨いてるんじゃ」
村上さんが軽く言うが、
「男性用の洗面も、もちろん覗いたけれど、誰もいなかったわ」
あっさりと否定された。食堂の中の空気が一気に張り詰め、照明の明るさが一段階暗くなったように思われた。この場の全員が、一刻のうちにギュッと、緊張したのがわかる。
「もう一度、部屋に行ってみましょう」
厨房への入口から心配そうに伺っていた竜二さんが、エプロンを外しこちらに出て来た。
「そうですね、行きましょう」
返事を返すことができない海洋大の面々に代わり、三輪さんが答え立ち上がった。
皆でゾロゾロと二階へ向かう。胸騒ぎがするのは気のせいだと思いたい。藤田さんの部屋は階段の正面だ。今はドアは閉まっている。
「アオイ、洗面所を見てこい! あと高遠さん、女性用を」
三輪さんの指示に僕と高遠さんが同時に頷き、洗面場へ駆け込んだ。しかし中には誰もいない。用具入れの中も覗いてみるが何も見つけることはできなかった。背後で竜二さんの大きな声が聞こえる。
「藤田さん? ドアを開けますよ!」
ドンドンとドアを叩き、室内の確認を取る。ペンションのオーナーとして、宿泊客がいる部屋の扉を、勝手に開けるのは気を使うのだろう。僕が洗面場から出ると、ちょうど隣の女性用場から高遠さんも出て来た。お互いに顔を見合わせ首を横に振る。
「これはおかしいですね。ドアを開けます」
竜二さんの宣言に、三輪さんが代表して頷いた。やはり、鍵は掛かっていなかったようで、ノブを軽く捻るだけでドアは開かれた。
「誰も、いない」
竜二さんに続いて、三輪さん、そして僕や村上さんが中へと入る。ベッドの上に寝た痕跡はあるが、藤田さんの姿はない。三輪さんが部屋の奥まで行き、カーテンをザッと開いた。部屋の中が少し明るくなる。竜二さんがトイレを確かめるが人の気配はない。村上さんがクローゼットを開き、僕はベッドの下を覗いてみるが、そんなところに人がいるわけもない。部屋の中には誰もいなかった。
「伊藤くんのことで、落ち込んでいたから」
ドアの外で、飯畑さんの絶望したような声が聞こえた。
「とにかく探しましょう」
三輪さんが窓辺から、こちらを振り返る。
「どこを?」
「まずは自転車置き場?」
僕と村上さんが言葉を交わす。やはり、昨日のことが頭をよぎった。昨日は伊藤さんを探して自転車置き場へ向かい、自転車が一台無いことを発見した。今回はどうであろうか。
「一台減ったから、今自転車は七台のはず」
階段を降り玄関を出たところで高遠さんが呟く。雨の中、駐輪場へと小走りで向かう。建物の角を曲がると自転車置き場が見えた。
「全部……あるわ!」
素早く数えたのだろう、水戸さんが嬉しそうな声を出すが、全部あったところで、藤田さんの行方は不明のままだ。
「確かに全部ありますね」
「竜二さんの車は?」
僕の質問に竜二さんが指差す先、ガレージには、ワンボックスカーが停まっている。
「とすると、藤田さんはどこに……」
「とにかく、探さないと!」
「いやダメです。少し落ち着きましょう」
皆が一斉に駆け出そうとするのを、三輪さんが手で制した。
「どうして、なぜ落ち着くのよ! 藤田くんにもしものことがあったら!」
緊迫した面持ちで飯畑さんが、三輪さんに食いかかる。
「わかります。わかりますが、落ち着いてください。この雨です。台風も近づいている。全員で無闇に動くと危なすぎます」
「じゃあ、どうしろって言うのよ」
苛立たしげに声を荒げる飯畑さんを、先輩は精一杯の冷静さで宥めようとした。しかし昨日の事故に続いての、このトラブルに彼女の精神は疲れ果てていた。
「今は、藤田くんを探すのが大切なんじゃないの。彼は伊藤くんのことで心を痛めていた。こんな雨の中、どこにいるのか……」
苛立ちと不安に押し潰され、ついに彼女はその場で泣き崩れてしまった。
「すぐに、すぐに探しに出ます。ただいったん中に戻りましょう。みんな濡れすぎや」
「そうですね。一度、食堂へ戻りましょう」
竜二さんも三輪さんに同調する。雨脚は明らかに激しくなっていた。全員が当てもなく方々へ探しに出るのは確かに危険すぎる。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
椿の国の後宮のはなし
犬噛 クロ
キャラ文芸
架空の国の後宮物語。
若き皇帝と、彼に囚われた娘の話です。
有力政治家の娘・羽村 雪樹(はねむら せつじゅ)は「男子」だと性別を間違われたまま、自国の皇帝・蓮と固い絆で結ばれていた。
しかしとうとう少女であることを気づかれてしまった雪樹は、蓮に乱暴された挙句、後宮に幽閉されてしまう。
幼なじみとして慕っていた青年からの裏切りに、雪樹は混乱し、蓮に憎しみを抱き、そして……?
あまり暗くなり過ぎない後宮物語。
雪樹と蓮、ふたりの関係がどう変化していくのか見守っていただければ嬉しいです。
※2017年完結作品をタイトルとカテゴリを変更+全面改稿しております。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
僕らの10パーセントは無限大
華子
青春
10%の確率でしか未来を生きられない少女と
過去に辛い経験をしたことがある幼ななじみと
やたらとポジティブなホームレス
「あり得ない今を生きてるんだったら、あり得ない未来だってあるんじゃねえの?」
「そうやって、信じたいものを信じて生きる人生って、楽しいもんだよ」
もし、あたなら。
10パーセントの確率で訪れる幸せな未来と
90パーセントの確率で訪れる悲惨な未来。
そのどちらを信じますか。
***
心臓に病を患う和子(わこ)は、医者からアメリカでの手術を勧められるが、成功率10パーセントというあまりにも酷な現実に打ちひしがれ、渡米する勇気が出ずにいる。しかしこのまま日本にいても、死を待つだけ。
追い詰められた和子は、誰に何をされても気に食わない日々が続くが、そんな時出逢ったやたらとポジティブなホームレスに、段々と影響を受けていく。
幼ななじみの裕一にも支えられながら、彼女が前を向くまでの物語。
【完結】年収三百万円台のアラサー社畜と総資産三億円以上の仮想通貨「億り人」JKが湾岸タワーマンションで同棲したら
瀬々良木 清
ライト文芸
主人公・宮本剛は、都内で働くごく普通の営業系サラリーマン。いわゆる社畜。
タワーマンションの聖地・豊洲にあるオフィスへ通勤しながらも、自分の給料では絶対に買えない高級マンションたちを見上げながら、夢のない毎日を送っていた。
しかしある日、会社の近所で苦しそうにうずくまる女子高生・常磐理瀬と出会う。理瀬は女子高生ながら仮想通貨への投資で『億り人』となった天才少女だった。
剛の何百倍もの資産を持ち、しかし心はまだ未完成な女子高生である理瀬と、日に日に心が枯れてゆくと感じるアラサー社畜剛が織りなす、ちぐはぐなラブコメディ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる