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第5章 三日目の午後、そして再び事件は起こる
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その後もジリジリと時間が過ぎる。牧場医師を呼べない状況で、水戸さんに我々ができることは何もなかった。竜二さんと三輪さん、そして海洋大を代表して高遠さんが、改めて水戸さんが亡くなっていることを確かめ、話し合いの末に遺体を二階の彼女の部屋へ移した。
胸に刺さったナイフは、三輪さんが抜いた。そんなことをして良いのだろうかと、一瞬僕は思ったが、それは残酷な考えだろう。しばらく警察は、ここへ来れはしないのだ。
重い空気のまま、食堂に集まり直す。テーブルには食事の用意がしてあったが、誰も手をつけようとしなかった。
「あのナイフ、かなり鋭利なものでしたが、誰か見覚えは?」
三輪さんが、明らかに海洋大のメンバーに向けての質問をした。それは少し挑発的とも言える質問だったと僕は思う。しかし、そんなことを気にする余裕はないのだろう。
努めて平静な声で、「ダイビングナイフだった」と答えたのは飯畑さんだ。
「ダイビングナイフ?」
「水中作業で使うナイフです。うちの大学では珍しいものじゃない」
「海洋大の学生なら誰でも持ってるもの?」
「たぶんだけど、あれは藤田くんのよ」
飯畑さんが、その形状を思い出すように目を閉じる。「ハンドルしか見てないけど、カラーや形が彼の使ってるものに似ていた」
沈痛な空気が食堂に充満するなか、厨房から竜二さんが早足で出てくると、
「みなさん緊急事態です。とにかく私は車で町へ出て助けを呼びに行きます」
と宣言した。すでに厚手のレインコートを着て長靴を履いている。
それに対し村上さんが、「いやですよ、置いて行かれるのは」と苦しそうに訴えかける。
これは皆、同じ気持ちだったのだろう。互いに顔を見合わせ頷き合う。犯人がこの中にいるのか、あるいは外部犯が近くに隠れているのかはわからないが、とにかくこの建物にこのままいるのはよろしくない。竜二さんもその反応は予想していたようだ。
「わかりました。全員で行きましょう。貴重品だけ持って、裏の車まで来てください」
全員が各自の部屋へ駆け戻る。僕と三輪さんも財布とスマホだけ確保すると、厨房の勝手口から駐車場へ出た。すると、敦子さんが傘をさし、竜二さんがワンボックスカーのタイヤのところで何やら作業をしている。
「どうしたんですか?」
「やられました。パンクさせられています」
「パンク?」
見れば、タイヤがぺしゃんこにひしゃげている。その側面には、大きな亀裂があった。
「ナイフで刺したんでしょうね」
竜二さんが悔しげに呟く。
「交換できますか?」
「一本だけなら予備があります。ですが」
その視線をたどると、前輪も同じようにパンクしているのが見えた。
「なんてことを」
少しのことでは取り乱さない三輪さんが、次の言葉を継げずに絶句している。
「犯人は我々を閉じ込めるつもりですね」
「非常事態です。このまま行けませんか?」
「無理ですよ。反対側も全部やられてます。この嵐の中、無事に走れるとは思えません」
そうこうするうちに、雨の駐車場に皆が集まってきた。しかし誰もがパンクしたタイヤのことを聞かされると、恐怖に顔を青ざめて動揺を抑えることができない。
「私たちみんなを殺すつもりなのよ!」
飯畑さんの絶叫が響く。
「自転車か徒歩で、行けませんか?」高遠さんが竜二さんに訊ねるが、
「晴天の日に歩いても二時間かかります。あの道をご存知でしょう。この時間に、この嵐の中では危険すぎます」
あっさりと首を横に振られてしまう。
「しかし、このままここにいるのも、どう考えても犯人の思う壺ですよね」
確かに殺人犯人が近くにいるとすれば、この場に留まるのは危険すぎる。だが、時刻はすでに午後の八時半を過ぎていた。嵐の黒い雲とあいまって、もう周囲は真っ暗だ。
「やはりダメです。全員であの崖の横の道を、今から行くのは危険すぎます」
頭をグルグルと横に振って竜二さんはキッパリと宣言した。それは、この宿の責任者として当然の判断だろう。
しかし、
「僕と先輩なら、この雨の中でも徒歩で三時間かからずに行ける思いますが」
少し申し訳なさそうに僕は提案した。そうだ先輩と一緒なら、歩けなくはない。自分のザックにはレインウェアとヘッドランプも入っている。台風の夜とはいえ、歩くのは車の通れる道なのだ。同じことを考えたのだろう、竜二さんの顔がパッと綻んだ。
「なるほど。お二人は登山家でしたね。それでしたら、それに私を加えていただくのは」
だが、「それはダメや、アオイ」肝心の三輪さんが、すまなそうな声で否定した。
「え?」
なぜダメなんだ。そこまで危険ではないと振り返った三輪さんの背後に、不安そうな顔をした敦子さんが立っていた。
「俺らが出かけたら、宿に残る男性は村上さんだけや。あとは女の人ばかりになるわ。そこでもし殺人犯が来たら……」
三輪さんの言葉に、敦子さんが恐ろしそうに体を震わせた。そうだ、殺意を持った犯人がこの近くにいるとするならば、こちら側に男手は多いに越したことはない。先輩は言わなかったが村上さんが犯人の可能性もある。
「あなた、私は」
言い淀む、敦子さんのお腹には竜二さんの子がいるのだ。彼女の不安そうな顔を見て、竜二さんは次のセリフが思いつかないようだ。
「さあ、みんな体が冷えたらあかん。ひとまず着替えて、敦子さんが作ってくれた夕食をいただきましょう」
三輪さんが皆を、再び食堂の中へ誘った。
胸に刺さったナイフは、三輪さんが抜いた。そんなことをして良いのだろうかと、一瞬僕は思ったが、それは残酷な考えだろう。しばらく警察は、ここへ来れはしないのだ。
重い空気のまま、食堂に集まり直す。テーブルには食事の用意がしてあったが、誰も手をつけようとしなかった。
「あのナイフ、かなり鋭利なものでしたが、誰か見覚えは?」
三輪さんが、明らかに海洋大のメンバーに向けての質問をした。それは少し挑発的とも言える質問だったと僕は思う。しかし、そんなことを気にする余裕はないのだろう。
努めて平静な声で、「ダイビングナイフだった」と答えたのは飯畑さんだ。
「ダイビングナイフ?」
「水中作業で使うナイフです。うちの大学では珍しいものじゃない」
「海洋大の学生なら誰でも持ってるもの?」
「たぶんだけど、あれは藤田くんのよ」
飯畑さんが、その形状を思い出すように目を閉じる。「ハンドルしか見てないけど、カラーや形が彼の使ってるものに似ていた」
沈痛な空気が食堂に充満するなか、厨房から竜二さんが早足で出てくると、
「みなさん緊急事態です。とにかく私は車で町へ出て助けを呼びに行きます」
と宣言した。すでに厚手のレインコートを着て長靴を履いている。
それに対し村上さんが、「いやですよ、置いて行かれるのは」と苦しそうに訴えかける。
これは皆、同じ気持ちだったのだろう。互いに顔を見合わせ頷き合う。犯人がこの中にいるのか、あるいは外部犯が近くに隠れているのかはわからないが、とにかくこの建物にこのままいるのはよろしくない。竜二さんもその反応は予想していたようだ。
「わかりました。全員で行きましょう。貴重品だけ持って、裏の車まで来てください」
全員が各自の部屋へ駆け戻る。僕と三輪さんも財布とスマホだけ確保すると、厨房の勝手口から駐車場へ出た。すると、敦子さんが傘をさし、竜二さんがワンボックスカーのタイヤのところで何やら作業をしている。
「どうしたんですか?」
「やられました。パンクさせられています」
「パンク?」
見れば、タイヤがぺしゃんこにひしゃげている。その側面には、大きな亀裂があった。
「ナイフで刺したんでしょうね」
竜二さんが悔しげに呟く。
「交換できますか?」
「一本だけなら予備があります。ですが」
その視線をたどると、前輪も同じようにパンクしているのが見えた。
「なんてことを」
少しのことでは取り乱さない三輪さんが、次の言葉を継げずに絶句している。
「犯人は我々を閉じ込めるつもりですね」
「非常事態です。このまま行けませんか?」
「無理ですよ。反対側も全部やられてます。この嵐の中、無事に走れるとは思えません」
そうこうするうちに、雨の駐車場に皆が集まってきた。しかし誰もがパンクしたタイヤのことを聞かされると、恐怖に顔を青ざめて動揺を抑えることができない。
「私たちみんなを殺すつもりなのよ!」
飯畑さんの絶叫が響く。
「自転車か徒歩で、行けませんか?」高遠さんが竜二さんに訊ねるが、
「晴天の日に歩いても二時間かかります。あの道をご存知でしょう。この時間に、この嵐の中では危険すぎます」
あっさりと首を横に振られてしまう。
「しかし、このままここにいるのも、どう考えても犯人の思う壺ですよね」
確かに殺人犯人が近くにいるとすれば、この場に留まるのは危険すぎる。だが、時刻はすでに午後の八時半を過ぎていた。嵐の黒い雲とあいまって、もう周囲は真っ暗だ。
「やはりダメです。全員であの崖の横の道を、今から行くのは危険すぎます」
頭をグルグルと横に振って竜二さんはキッパリと宣言した。それは、この宿の責任者として当然の判断だろう。
しかし、
「僕と先輩なら、この雨の中でも徒歩で三時間かからずに行ける思いますが」
少し申し訳なさそうに僕は提案した。そうだ先輩と一緒なら、歩けなくはない。自分のザックにはレインウェアとヘッドランプも入っている。台風の夜とはいえ、歩くのは車の通れる道なのだ。同じことを考えたのだろう、竜二さんの顔がパッと綻んだ。
「なるほど。お二人は登山家でしたね。それでしたら、それに私を加えていただくのは」
だが、「それはダメや、アオイ」肝心の三輪さんが、すまなそうな声で否定した。
「え?」
なぜダメなんだ。そこまで危険ではないと振り返った三輪さんの背後に、不安そうな顔をした敦子さんが立っていた。
「俺らが出かけたら、宿に残る男性は村上さんだけや。あとは女の人ばかりになるわ。そこでもし殺人犯が来たら……」
三輪さんの言葉に、敦子さんが恐ろしそうに体を震わせた。そうだ、殺意を持った犯人がこの近くにいるとするならば、こちら側に男手は多いに越したことはない。先輩は言わなかったが村上さんが犯人の可能性もある。
「あなた、私は」
言い淀む、敦子さんのお腹には竜二さんの子がいるのだ。彼女の不安そうな顔を見て、竜二さんは次のセリフが思いつかないようだ。
「さあ、みんな体が冷えたらあかん。ひとまず着替えて、敦子さんが作ってくれた夕食をいただきましょう」
三輪さんが皆を、再び食堂の中へ誘った。
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