70 / 85
最終章 四日目、そして全て崩壊へ
4
しおりを挟む
外に出ると、覚悟をしていたとはいえ、圧倒的な雨量に恐怖さえ覚える。気をつけていないと互いを見失いそうだ。六人で一塊りとなって建物の玄関側へ向け移動を始めたところで、先頭にいた三輪さんが大声で叫んだ。
「村上さん!」
その思いがけない言葉に戦慄が走る。気がつけば全員が駆け出していた。
「先輩……?」
村上さんの体の横に跪いた三輪さんが、こちらを振り返る。
「ダメや、亡くなってはる」
現場はまたも自転車置き場の横だった。大雨の中、地面に仰向けに倒れた彼の首には輪になったロープが巻かれ、その長いロープの先端は脇へと投げ捨てられていた。
「このロープは……」
どこか記憶にあるロープに先輩の顔を見る。
「そうや、俺のや。伊藤さんを担ぎ上げた時に使ったやつや」
先輩が悔しそうに呟く。
「どこの置いてあったんですか?」
「血もついてたしな、部屋に持ち帰るのも躊躇われたんや。それで帰ってきた時に、竜二さんに相談して、まとめて結び直したんは、自転車の置き場の棚に置いてたはずや」
竜二さんを振り向くと、そうだと頷いた。
「確かにその通りです。そのまま捨てようかとも思ったのですが、あとで警察から確認があるかもしれません。なのでそのままに」
「ずっとありましたか?」
「いや、全く気にもしてませんでした」
かがみ込んでよく見てみれば、村上さんの首にはロープで強く締められた跡と、爪で引っ掻いた数本の傷が残っていた。
「自殺、なのよね? 犯行を悔やんでの」
両手を祈るように胸前で握り合わせ、飯畑さんが懇願するかのように言うが、
「いえ」
竜二さんは無情にも首を横に振る。
「首のロープの跡は、素人目にも角度違いが複数あるのが分かります。そしてこの傷。それにこの場所で首吊りはできませんよ」
その言葉の通り、村上さんの倒れている場所は、自転車置き場の屋根から外へ一メートル以上ズレている。梁に結びつけたロープが外れて落下したとしても位置が合わない。
「やはり、誰かに殺された」
ポツリと呟く自分のセリフに、思わず周囲の人を確認してしまう。残るは六人。
「首を絞めて殺したあと、首吊りに見せかけようとしたのでしょうか」
「そやったら、なんでやめたんやろ」
「この嵐ですし、難しかったのかも」
遺体の脇に蹲み込んだ三輪さんと竜二さんが、推論を交わすなか、
「もうこんなことしてる暇はないでしょ! 早く行かないと!」
敦子さんの切迫した声が、我々を現実に引き戻した。そうだ、今この時にも上流のダムは決壊するかもしれない。
「わかりました。村上さんには気の毒だが、このまま急ぎましょう」
ポケットから取り出したハンカチを村上さんの顔にかけ、三輪さんが立ち上がる。
雨の勢いは弱まる気配もない。僕たち六人は、外階段の脇から玄関前を駆け抜け、そして幾度も往復したペンション前の通りに出た。そのまま集落方向に足早に進み、湖頭峠へと向かう分かれ道まできたところで、僕たちの輪から離れる人影があった。
「飯畑さん……」
彼女はひとり、こちらを見ながら、ジリジリと集落へ向かう道へと後ずさって行く。
「飯畑さん、どうしたんですか。湖頭峠の交差点へ向かう道はこっちですよ」
明らかに不穏な表情の彼女を刺激しないよう、竜二さんが優しく話しかける。しかし飯畑さんは少しずつ我々から離れて行った。
「もういや。あなたたちとは行かない」
「飯畑さん、落ち着いてください。ここは危険なんです」
「ダメよ。みんな信用できない。私は違う方向へ逃げるわ」
「逃げるって、そっちは海ですよ」
「私に、近づかないで!」
竜二さんの伸ばした手を、鋭く振り払う。台風の強い風の影響もあってか、屈強な彼が思わずその場に倒れ込んでしまった。
「私は、海岸から展望台へ登るわ。いい、こっちへ来ないで」
悲壮な顔で飯畑さんは、勢いよく振り返ると、雨の中を海岸へ向け駆け出して行った。
「そっちは海です。ダメですって!」
水溜りに足を取られ、立ち上がれずにもがく竜二さんが絶叫するが、もう飯畑さんの姿は雨の幕の向こうに霞んで見えなくなった。
「アオイ、お前は高遠さんや石田さん達と峠へ向かえ!」
その飯畑さんを追って駆け出そうとした三輪さんが、僕を振り返って叫ぶ。
「ダメですよ先輩。僕もいきます」
「アホか、共倒れになったらどうすんねん」
「でも行きます。一人では危険かも!」
「私も行きます。決着をつけなければ」
高遠さんまでが、こちらに付いてくると言いだした。これに今度は竜二さんが反応した。
「お客さんたちを置いて、行けませんよ。私が行きます」
「ダメです。ひとまず全員で危険の中に飛び込むこともない。まず竜二さんは奥さんのことを考えてください」
三輪さんの言葉に竜二さんはハッとする。そうだ、敦子さんは妊娠している。こんな嵐の中で立っているだけでも辛いはずだ。
「あなた……、私は気にせずに」
気丈にも敦子さんが申し出るが、ここで問答している時間さえ危険だ。
「海岸の奥にある階段から、展望台へ上がれば、安全…… そうですよね!」
僕は竜二さんの前に立ち塞がり、大声で確認した。背後で先輩と高遠さんが駆け出す。
「それは、たぶん」
二人が海方向へ走ったことに気づいたはずだが、やはり竜二さんも敦子さんが心配なのだろう。無理に僕を押し退けようとはしない。
「僕たちは飯畑さんを追いかけ、そのまま展望台へ向かいます。竜二さんたちは崩落現場のある峠まで、まずは急いでください」
「ですが」
「そこで救助を、美鈴浜側から救助隊が来るように依頼をお願いします」
「向井さん」
「竜二さん、時間が惜しいです。お互い急ぎましょう!」
最後通牒のようにそう怒鳴ると、僕は踵を返して先輩たちを追いかけた。後ろから竜二さんと敦子さんの声が聞こえたが、雨音で何を言ったのかは、わからなかった。
「村上さん!」
その思いがけない言葉に戦慄が走る。気がつけば全員が駆け出していた。
「先輩……?」
村上さんの体の横に跪いた三輪さんが、こちらを振り返る。
「ダメや、亡くなってはる」
現場はまたも自転車置き場の横だった。大雨の中、地面に仰向けに倒れた彼の首には輪になったロープが巻かれ、その長いロープの先端は脇へと投げ捨てられていた。
「このロープは……」
どこか記憶にあるロープに先輩の顔を見る。
「そうや、俺のや。伊藤さんを担ぎ上げた時に使ったやつや」
先輩が悔しそうに呟く。
「どこの置いてあったんですか?」
「血もついてたしな、部屋に持ち帰るのも躊躇われたんや。それで帰ってきた時に、竜二さんに相談して、まとめて結び直したんは、自転車の置き場の棚に置いてたはずや」
竜二さんを振り向くと、そうだと頷いた。
「確かにその通りです。そのまま捨てようかとも思ったのですが、あとで警察から確認があるかもしれません。なのでそのままに」
「ずっとありましたか?」
「いや、全く気にもしてませんでした」
かがみ込んでよく見てみれば、村上さんの首にはロープで強く締められた跡と、爪で引っ掻いた数本の傷が残っていた。
「自殺、なのよね? 犯行を悔やんでの」
両手を祈るように胸前で握り合わせ、飯畑さんが懇願するかのように言うが、
「いえ」
竜二さんは無情にも首を横に振る。
「首のロープの跡は、素人目にも角度違いが複数あるのが分かります。そしてこの傷。それにこの場所で首吊りはできませんよ」
その言葉の通り、村上さんの倒れている場所は、自転車置き場の屋根から外へ一メートル以上ズレている。梁に結びつけたロープが外れて落下したとしても位置が合わない。
「やはり、誰かに殺された」
ポツリと呟く自分のセリフに、思わず周囲の人を確認してしまう。残るは六人。
「首を絞めて殺したあと、首吊りに見せかけようとしたのでしょうか」
「そやったら、なんでやめたんやろ」
「この嵐ですし、難しかったのかも」
遺体の脇に蹲み込んだ三輪さんと竜二さんが、推論を交わすなか、
「もうこんなことしてる暇はないでしょ! 早く行かないと!」
敦子さんの切迫した声が、我々を現実に引き戻した。そうだ、今この時にも上流のダムは決壊するかもしれない。
「わかりました。村上さんには気の毒だが、このまま急ぎましょう」
ポケットから取り出したハンカチを村上さんの顔にかけ、三輪さんが立ち上がる。
雨の勢いは弱まる気配もない。僕たち六人は、外階段の脇から玄関前を駆け抜け、そして幾度も往復したペンション前の通りに出た。そのまま集落方向に足早に進み、湖頭峠へと向かう分かれ道まできたところで、僕たちの輪から離れる人影があった。
「飯畑さん……」
彼女はひとり、こちらを見ながら、ジリジリと集落へ向かう道へと後ずさって行く。
「飯畑さん、どうしたんですか。湖頭峠の交差点へ向かう道はこっちですよ」
明らかに不穏な表情の彼女を刺激しないよう、竜二さんが優しく話しかける。しかし飯畑さんは少しずつ我々から離れて行った。
「もういや。あなたたちとは行かない」
「飯畑さん、落ち着いてください。ここは危険なんです」
「ダメよ。みんな信用できない。私は違う方向へ逃げるわ」
「逃げるって、そっちは海ですよ」
「私に、近づかないで!」
竜二さんの伸ばした手を、鋭く振り払う。台風の強い風の影響もあってか、屈強な彼が思わずその場に倒れ込んでしまった。
「私は、海岸から展望台へ登るわ。いい、こっちへ来ないで」
悲壮な顔で飯畑さんは、勢いよく振り返ると、雨の中を海岸へ向け駆け出して行った。
「そっちは海です。ダメですって!」
水溜りに足を取られ、立ち上がれずにもがく竜二さんが絶叫するが、もう飯畑さんの姿は雨の幕の向こうに霞んで見えなくなった。
「アオイ、お前は高遠さんや石田さん達と峠へ向かえ!」
その飯畑さんを追って駆け出そうとした三輪さんが、僕を振り返って叫ぶ。
「ダメですよ先輩。僕もいきます」
「アホか、共倒れになったらどうすんねん」
「でも行きます。一人では危険かも!」
「私も行きます。決着をつけなければ」
高遠さんまでが、こちらに付いてくると言いだした。これに今度は竜二さんが反応した。
「お客さんたちを置いて、行けませんよ。私が行きます」
「ダメです。ひとまず全員で危険の中に飛び込むこともない。まず竜二さんは奥さんのことを考えてください」
三輪さんの言葉に竜二さんはハッとする。そうだ、敦子さんは妊娠している。こんな嵐の中で立っているだけでも辛いはずだ。
「あなた……、私は気にせずに」
気丈にも敦子さんが申し出るが、ここで問答している時間さえ危険だ。
「海岸の奥にある階段から、展望台へ上がれば、安全…… そうですよね!」
僕は竜二さんの前に立ち塞がり、大声で確認した。背後で先輩と高遠さんが駆け出す。
「それは、たぶん」
二人が海方向へ走ったことに気づいたはずだが、やはり竜二さんも敦子さんが心配なのだろう。無理に僕を押し退けようとはしない。
「僕たちは飯畑さんを追いかけ、そのまま展望台へ向かいます。竜二さんたちは崩落現場のある峠まで、まずは急いでください」
「ですが」
「そこで救助を、美鈴浜側から救助隊が来るように依頼をお願いします」
「向井さん」
「竜二さん、時間が惜しいです。お互い急ぎましょう!」
最後通牒のようにそう怒鳴ると、僕は踵を返して先輩たちを追いかけた。後ろから竜二さんと敦子さんの声が聞こえたが、雨音で何を言ったのかは、わからなかった。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
【完結】年収三百万円台のアラサー社畜と総資産三億円以上の仮想通貨「億り人」JKが湾岸タワーマンションで同棲したら
瀬々良木 清
ライト文芸
主人公・宮本剛は、都内で働くごく普通の営業系サラリーマン。いわゆる社畜。
タワーマンションの聖地・豊洲にあるオフィスへ通勤しながらも、自分の給料では絶対に買えない高級マンションたちを見上げながら、夢のない毎日を送っていた。
しかしある日、会社の近所で苦しそうにうずくまる女子高生・常磐理瀬と出会う。理瀬は女子高生ながら仮想通貨への投資で『億り人』となった天才少女だった。
剛の何百倍もの資産を持ち、しかし心はまだ未完成な女子高生である理瀬と、日に日に心が枯れてゆくと感じるアラサー社畜剛が織りなす、ちぐはぐなラブコメディ。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
**2026.01.02start~2026.01.17end**
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる