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最終章 四日目、そして全て崩壊へ

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「でもなんで集落まで。別にペンションの中でも良かったんじゃ」

 再び僕は腹が立ってきた。なんでこの人はこんな面倒なことをしたんだ。

「まず部屋の中には、吊るす場所がない」

 三輪さんが指を一本立てる。

「じゃあ、ベランダに吊ったままでも」
「窓の鍵とベランダに注目されたくなかったんでしょ」

 ポツリと高遠さんが呟いた。

「その通りや。さすがやな高遠さん。藤田さんがベランダの手すりから飛び降りる形で首吊り自殺する。ちょっと変やけど、それでも良かった。でも窓の鍵が開いているという状態にしたくはなかったんや。ベランダ周りで捜査が行われて、梯子をかけたときの傷や、ポーチの屋根に何かを滑らせた形跡が出てきても困るしな」

 彼女が反応してくれたことが嬉しいのか、先輩が嬉々と話を続ける。

「それなら、自転車置き場とか近くでも」

 その態度が我慢できず、苛立たしげに僕がそう聞くと、

「それも考えたで。でもなあ、あの親切な石田さん夫妻にあんまり迷惑をかけとうないってのもあったんや」

 そう先輩は答えた。何を言ってるんだ、この人は。もうこれ以上ない迷惑を多くの人にかけてしまっているではないか。

「その後……」

 そう言いかけて、高遠さんは「ハー」っと一つ大きなため息をつき、先輩の顔に微笑みかけた。

「あなたは何食わぬ顔をしてペンションに戻ってきた。朝、藤田くんの部屋を皆で確認に行った時、あなたがカーテンを開けたわね?」
「よう見てはるわ。そうや、あれで窓の周辺に俺の指紋が見つかっても、問題にならへんからな」

 どこまで用意周到なのだろう。僕は隣に立つ先輩が次第に恐ろしくなってきた。

「あの民家で藤田くんの遺体を見つけた時、あなたはすぐにでも体を下に降ろそうとしてたわね」

「そやね。慎重にやったつもりやけど、ロープと首の跡との辻褄合わせは心配やったんや。だからなるべく早く下に降ろしたかった」

「向井くんに反対されて、珍しく慌ててたものね」

「そやったなー。まあ冷静なつもりやったけど、やっぱり精神がおかしなってたんやろな」

 少しおどけた声で苦笑いする三輪さん。しかし話してる内容は、とても恐ろしいものばかりだ。

「ここで事件は終わるはずやったんや。交通事故と首吊り自殺。悲しいけど、そこまで珍しいことではない。それで終わったら問題なかった。それなのに高遠さん、あんたが余計なことをした」

 今度は三輪さんが、高遠さんの顔を指さした。ほんの数秒前までの、互いに笑い合った景色は消し飛び、再び険悪な空気が流れ出す。

「それは仕方ないです。私にはあれで終わるなんてわからないのだから。それに余計なことをしたと言うなら、それは水戸さんね」

 じろりと睨む先輩の視線を真っ向から見返して、彼女はそう言い切った。

「彼女があんたの部屋に行っていなくても、あんたはやはり彼女を殺していた。そうやないですか?」

「そうね。そうかもしれないわ。藤田くんの仇、そして終わるかどうかわからない復讐劇から私自身を守るため。そのためには彼女の死が必要だったでしょう。そしてその死が、あなたのスイッチを入れ直した」

 高遠さんの顔から笑みが消える。

「そうやね。水戸さんが殺されたとき、犯人は残りの二人のうち、どちらかやと直感した。よしそれなら、とことんやってやろうと」

「電話を壊したのね。あの場に村上以外全員がいたことを確認したあなたは、敦子さんに自宅へ救急箱を取りに行くよう指示し、まず電話という発想を塞いだ」

 あの時、大雨の下のショッキングな現場で、皆が冷静な判断力を失っていた。通常なら誰かが「救急車と警察に電話を」と言うはずだ。しかし「緊急電話はしても意味がない」という島特有の事情と、三輪さんの「応急処置」と言う指示で、誰も町役場にすぐ連絡をするということを思いつかなかった。

「咄嗟のことながらうまいこといったわ。俺は部屋からエマージェンシーキットとナイフを取って戻り、まず誰もいないロビー受付の電話を壊した。次に救急箱を持って飛び出した敦子さんと入れ替わりに厨房奥のドアを開けて、石田家の電話も壊した」

 少し呆れたように頭を振りながら、
「よくやりましたよ。敵ながら」と高遠さんは変な褒め方をした。

「あとは簡単やな。皆が引き上げた間隙を縫って車のタイヤをナイフで刺しといた」
「歩いて街へ助けを呼びに行くって向井くんが言った時は、焦ったんでしょ?」

 急に僕の名前が出て驚く。思い出した。車が使えなくなったあと、僕は町までの伝令に志願した。しかしそれを、先輩が遮った。

「ああ、あれは驚いたわ。確かに台風とはいえ車道があるんや。アオイは登山の装備も持ってきていたから、歩けなくはない」

「そこで、敦子さんをダシにして計画を取りやめさせた」

「ホンマ、焦ったで」

 恐ろしい。本当に恐ろしかった。この人は、凄惨な現場を見てオロオロする僕たちを尻目に、どこまでも冷静に、そして臨機応変に、自分の復讐劇を遂行していたのだ。
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