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第二章 マーベリックの女
第四話 一人のクリスマス
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喧嘩は長期戦となった。無言の生活が続き、オリバーが口を開こうとすればジョシュアは別の部屋へと消える。
食事の前に謝罪をしようものなら、何も食べずに部屋へと逃げ込む。部屋まで持っていっても「冷めたのはいらない」と坊ちゃんらしい我儘を御見舞される。
(せめて食事はきちんととってほしい……せめて……)
黙々とハンバーグを口に運ぶジョシュアを盗み見る。
目の下は不健康な色が皮膚に染み込んでいた。
(眠れていないのか……)
眠れなくなるほどの事を言ってしまった。オリバーは喉から溢れる謝罪を口にしてしまいたくなる。
「ジョシュア……」
隈の事など匂わせないしっかりとした瞳がオリバーを睨む。
「……」
「……なんだよ」
久しぶりに聞くジョシュアのプライベートの声は刺々しい。
謝罪したい気持ちをぐっと堪える。それに今日は絶対に食事をしてもらわなければならない理由がもう一つあった。
「……今日はデザートがある」
「……ふーん」
ハンバーグをペロリと平らげたジョシュアにケーキを出す。予め冷やしておいた皿に乗っているのは苺のショートケーキ。サンタクロースのオーメントが飾られている。
これがもう一つの理由だ。
「……うまい」
ジョシュアはサンタクロースの事には何も触れずケーキを数口で食べ切った。
そして「ありがとう」とだけ言葉を残し寝支度を整えてしまう。
クリスマスのディナーであったことには一切触れず、今日も別々の夜が来た。
「サンタがいるなら、仲直りでもねだりたい気分だ」
空の皿に懇願したオリバーは、架空の赤い男になるべく寝室の様子を伺った。
物音はしないが、連日残っている隈のことを考えればまだジョシュアは起きているだろう。そう踏んで、ゆっくり時間をかけてケーキを食べ、キッチンを綺麗にし、シャワーを済ませる。
ジョシュアが寝室に消えて3時間がたった頃、ようやく中を伺いに向かった。
「ジョシュア?」
返事はない。そして上下にシーツが動いている。
オリバーはそれにゆっくり近づいた。手にしているプレゼントは今日の日の為に、ラッピングが派手だ。少しの力で音を立てる。
細心の注意を払い、いつもと同じ体勢で眠るジョシュアの枕元にクリスマスプレゼントを置いた。
(私も父親になれば……こんなことをしたかもしれないな……)
子を成せない。それは目の前の男を永遠に思い続けると誓っているためだ。
「おやすみ。そしてメリークリマスマス、ジョシュア」
心の中では「メリークリマスマス、愛しのジョシュア」と呟き、呆気なくクリスマスは幕を閉じた。
*
(早く、抱きしめろよ)
その願いも虚しく、オリバーは寝室からいなくなった。
ジョシュアが首を動かすと、頭上でカサリと音が鳴る。スマートフォンのライトでそれを照らした瞬間、素直になれない自分に嫌気がさし、胸の中に抱えるもう一つのプレゼントを床に叩きつけた。
「くそっ」
外には聞こえない小さな声がスプリングに吸い込まれていく。
そして次は大きく軋ませて仰向けになった。空っぽになった胸にはオリバーからのプレゼントを抱きしめる。
柔らかい。それでいて少し大きい贈り物だった。
直ぐに開ければいいのに、怒りで充ちていた身体が今度は羞恥心に苛まれる。
(べ、別に30だろうがプレゼントもらって喜んでもいいだろ! ディナーも最高だったし。お礼も少しだけ言えたから問題ないはずだ!)
恥ずかしがる自分に言い聞かせるように言う。そしてクリスマスディナーを思い返した。
(料理、美味いんだよな……リリアンに習ったのかな?)
ゴロンと横になった。
(どうして頑なにリリアンのことを隠すんだ)
オリバーはジョシュアに「愛を信じない男」と言った。つまり、そういう男に恋だの愛だのを説いても無駄だと思われている。
勝手に想像し、ジョシュアは唇をかみ締めた。
「付き合った女がいる」と啖呵を切ったが、半分本当で半分嘘だった。
(俺にとって女は……寝るための道具にすぎない……)
最悪なことをしているのは分かっていた。しかし、オリバーと離れて暮らした12年間、適当に付き合った女性のおかげで眠りに付けていたのだ。
自分から離れておいて、いざ一人になると眠れない夜が過ぎていく。睡眠不足は酷くなり、大学の講義は散々だった。オリバーを呼び出すことも考えてたが、1度言えばねじ曲げない一途が邪魔をして連絡できなかった。
そんなある日、ジョシュアを社長の息子と聞きつけた女からのアプローチがかかる。当然断るつもりだった。
しかしジョシュアの口からは「一緒に寝てくれるなら」という、相手からすれば大胆なお誘いをしてしまった。
案の定、ベッドでは大喧嘩。
抱こうとせず、眠りにつこうとしたジョシュアに迫った女が勝ち、初体験を妙な形で済ませてしまった。その時、性行為による疲労がジョシュアを睡眠へ誘う手助けをしてくれた。
そして名案とばかりに、女との行為を睡眠の手段に使う日々が始まった。社長の息子とバレれば面倒だと、偽名を使い、全く見ず知らずの女と行きずりの関係を繰り返した。
つまり──
ジョシュア・ヴェネットは、未だに誰かを愛したことがなかった。
(愛されたこともないけどね……)
不貞腐れて目を瞑る。やはり眠ることはできない。自分からオリバーに頼みに行くこともできない。
(倒れそうだ……)
仕方ないと身体を起こし、ひっそりと自慰を済ませる。女性との行為に比べると疲労感が少なく、不安を覆い隠し忘れさせるほどのものを与えてくれない。
しかし徐々に睡魔が襲ってきて、ジョシュアは意識を朦朧とさせた。
(もう女を抱くしか……そうだ、今度の合コンで誰か捕まえればいいのだ)
愛を知らぬ男は、再び愛のない付き合いに染まろうとしていた。
食事の前に謝罪をしようものなら、何も食べずに部屋へと逃げ込む。部屋まで持っていっても「冷めたのはいらない」と坊ちゃんらしい我儘を御見舞される。
(せめて食事はきちんととってほしい……せめて……)
黙々とハンバーグを口に運ぶジョシュアを盗み見る。
目の下は不健康な色が皮膚に染み込んでいた。
(眠れていないのか……)
眠れなくなるほどの事を言ってしまった。オリバーは喉から溢れる謝罪を口にしてしまいたくなる。
「ジョシュア……」
隈の事など匂わせないしっかりとした瞳がオリバーを睨む。
「……」
「……なんだよ」
久しぶりに聞くジョシュアのプライベートの声は刺々しい。
謝罪したい気持ちをぐっと堪える。それに今日は絶対に食事をしてもらわなければならない理由がもう一つあった。
「……今日はデザートがある」
「……ふーん」
ハンバーグをペロリと平らげたジョシュアにケーキを出す。予め冷やしておいた皿に乗っているのは苺のショートケーキ。サンタクロースのオーメントが飾られている。
これがもう一つの理由だ。
「……うまい」
ジョシュアはサンタクロースの事には何も触れずケーキを数口で食べ切った。
そして「ありがとう」とだけ言葉を残し寝支度を整えてしまう。
クリスマスのディナーであったことには一切触れず、今日も別々の夜が来た。
「サンタがいるなら、仲直りでもねだりたい気分だ」
空の皿に懇願したオリバーは、架空の赤い男になるべく寝室の様子を伺った。
物音はしないが、連日残っている隈のことを考えればまだジョシュアは起きているだろう。そう踏んで、ゆっくり時間をかけてケーキを食べ、キッチンを綺麗にし、シャワーを済ませる。
ジョシュアが寝室に消えて3時間がたった頃、ようやく中を伺いに向かった。
「ジョシュア?」
返事はない。そして上下にシーツが動いている。
オリバーはそれにゆっくり近づいた。手にしているプレゼントは今日の日の為に、ラッピングが派手だ。少しの力で音を立てる。
細心の注意を払い、いつもと同じ体勢で眠るジョシュアの枕元にクリスマスプレゼントを置いた。
(私も父親になれば……こんなことをしたかもしれないな……)
子を成せない。それは目の前の男を永遠に思い続けると誓っているためだ。
「おやすみ。そしてメリークリマスマス、ジョシュア」
心の中では「メリークリマスマス、愛しのジョシュア」と呟き、呆気なくクリスマスは幕を閉じた。
*
(早く、抱きしめろよ)
その願いも虚しく、オリバーは寝室からいなくなった。
ジョシュアが首を動かすと、頭上でカサリと音が鳴る。スマートフォンのライトでそれを照らした瞬間、素直になれない自分に嫌気がさし、胸の中に抱えるもう一つのプレゼントを床に叩きつけた。
「くそっ」
外には聞こえない小さな声がスプリングに吸い込まれていく。
そして次は大きく軋ませて仰向けになった。空っぽになった胸にはオリバーからのプレゼントを抱きしめる。
柔らかい。それでいて少し大きい贈り物だった。
直ぐに開ければいいのに、怒りで充ちていた身体が今度は羞恥心に苛まれる。
(べ、別に30だろうがプレゼントもらって喜んでもいいだろ! ディナーも最高だったし。お礼も少しだけ言えたから問題ないはずだ!)
恥ずかしがる自分に言い聞かせるように言う。そしてクリスマスディナーを思い返した。
(料理、美味いんだよな……リリアンに習ったのかな?)
ゴロンと横になった。
(どうして頑なにリリアンのことを隠すんだ)
オリバーはジョシュアに「愛を信じない男」と言った。つまり、そういう男に恋だの愛だのを説いても無駄だと思われている。
勝手に想像し、ジョシュアは唇をかみ締めた。
「付き合った女がいる」と啖呵を切ったが、半分本当で半分嘘だった。
(俺にとって女は……寝るための道具にすぎない……)
最悪なことをしているのは分かっていた。しかし、オリバーと離れて暮らした12年間、適当に付き合った女性のおかげで眠りに付けていたのだ。
自分から離れておいて、いざ一人になると眠れない夜が過ぎていく。睡眠不足は酷くなり、大学の講義は散々だった。オリバーを呼び出すことも考えてたが、1度言えばねじ曲げない一途が邪魔をして連絡できなかった。
そんなある日、ジョシュアを社長の息子と聞きつけた女からのアプローチがかかる。当然断るつもりだった。
しかしジョシュアの口からは「一緒に寝てくれるなら」という、相手からすれば大胆なお誘いをしてしまった。
案の定、ベッドでは大喧嘩。
抱こうとせず、眠りにつこうとしたジョシュアに迫った女が勝ち、初体験を妙な形で済ませてしまった。その時、性行為による疲労がジョシュアを睡眠へ誘う手助けをしてくれた。
そして名案とばかりに、女との行為を睡眠の手段に使う日々が始まった。社長の息子とバレれば面倒だと、偽名を使い、全く見ず知らずの女と行きずりの関係を繰り返した。
つまり──
ジョシュア・ヴェネットは、未だに誰かを愛したことがなかった。
(愛されたこともないけどね……)
不貞腐れて目を瞑る。やはり眠ることはできない。自分からオリバーに頼みに行くこともできない。
(倒れそうだ……)
仕方ないと身体を起こし、ひっそりと自慰を済ませる。女性との行為に比べると疲労感が少なく、不安を覆い隠し忘れさせるほどのものを与えてくれない。
しかし徐々に睡魔が襲ってきて、ジョシュアは意識を朦朧とさせた。
(もう女を抱くしか……そうだ、今度の合コンで誰か捕まえればいいのだ)
愛を知らぬ男は、再び愛のない付き合いに染まろうとしていた。
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