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第一章 ギルベルト・ライズナー

第二話 強制的な引っ越し

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 気まずいタクシーが航のアパートの前に止まる。

「会社にカバンを忘れました。俺、鍵持っていませんよ」
「嘘つかないの。ここナンバーキーだよね」

 どこまで調べているんだと観念した航は部屋のロックを解除し、玄関前で通せんぼをする。

「いい加減教えてください! 何しに来たんですか?!」
「その話はまたあと。とりあえず入れてくれるかな。業者がきてしまう」
「ぎょ、業者?」

──ピンポーン

と、共同玄関からの呼び出し音がする。

「はーい!」

と、航が慌ててインターホンに向かうと、画面に三人の男性が映っていた。皆、帽子を着用している。そして「こんにちは。こちらキリンの引っ越しセンターです」と声がスピーカーから聞こえる。
 突然の事に固まる航の後ろから細い指が伸びてきて開錠ボタンを押す。

「何してるんですか?!」
「人を待たせるのはよくないよ」
「はあ?」

 もう何が何か分からず新しい上司に、航の口調は荒くなる。
 そして引っ越し業者がやってきてギルベルトが勝手に指揮を取り始めた。

「あとよろしくお願いします」
「はい!」

 ガタイのいい男性が家に段ボールを持って入ってくる。

「お電話で伺った通りのものだけでいいですか?」
「はい。とりあえずベッドとテーブルと。あっ家電製品は一式ここに残しておいてください」

 ギルベルトは業者に簡単な指示を出しながら航に「生活必要最低限段ボールに詰めて」と告げた。
家電製品はそのままの不可思議な引っ越しだが、プロはスマイルを崩さない。無害の笑顔を浮かべるつなぎの姿の業者が指定されたものを運び出し始め、諦めた航はしぶしぶ荷造りを開始した。
 衣類品や洗面具などを中心に詰めている航の横にしゃがんだギルベルトが「旅行前みたいだね」と言う。主導権を握りながら他人事のように言う上司がますます未知の生物になっていく。
 
「俺、引越しするんですか?」

 ギルベルトに張り合い、他人事のふりをした。

「そうだよ」
「どこに?」
「今より会社に近いところ」

 肝心な事には触れてくれない。

「どうして? まさか、俺にIT系の資格がないからって、こき使う気じゃ?!」

 だから、近くに住まわせる気では? と勘ぐったが、ギルベルトの穏やかな表情からそれは違う事が分かる。

「とりあえずここにはしばらく戻って来られないよ」
「……もうそうするしかないじゃないですか」

 ギルベルトには癪だが、せっかく来てくれた業者に申し訳ない。変なところなら出て行けばいい、勿論退去の費用はギルベルトもちでと楽観的な事を考えていたが、現実はそう上手くはいかなかった。

***


 タクシーで向かった先は高層マンションだった。タクシーの後ろから引越しのトラックもついてくる。
 マンションのロビーで、航は重い溜息を吐いた。

「こんなところの家賃払えませんよ」

 焦りだす航の背中を押してギルベルトはオートロックを慣れた手つきで解除した。業者も後に続き、八階までエレベーターで昇る。そこからすでに外とは隔てられ、エレベータを降り立つとすでに室内にいるようだった。ホテルのような綺麗な絨毯が引かれた廊下が伸びている。その両サイドに部屋の扉が付いている。カードキーで開けると、そこは空き家ではなく、すでに生活感のある空間になっていた。

「誰か住んでいるんですか?」
「僕」

 さらっと返され、衝撃で壁に後頭部をぶつけた。

「大丈夫かい?」
「いてて、というより、いったいどういうことですか?! 主任はどこかに引っ越すんですか?!」
「ははは、面白いことを言うね。君と一緒に住むんだよ」
「へ?」
「ご不満?」

 それはもう不満中の不満だと、航は目じりを釣り上げた。しかし

「業者の方にまずは入ってもらおうか」

と力が抜けた腕をギルベルトに引っ張られた。そしてリビングの大きなソファーにエスコートされる。衝撃でソファーに体を沈めることしかできず、気が付けば、数刻前に梱包された荷物が運び込まれ、あっというまに業者は帰り支度を始める。

「ありがとうございました。これ……」

目の前で航の引っ越し代金を払うギルベルトの姿を見ても依然固まったままだった。

「西島さん?」

 二人きりになったリビングでギルベルトが航の頬を撫でた。

「はい」

 素直な返事に生気は宿っていない。

「しばらくよろしくね」
「あの、えっと……引っ越し代金ありがとうございました。じゃなくてッ」
「礼には及ばないよ」
「そんなことより、どうして俺がここにいるんですか?!」

 ギルベルトは、航の隣に座った。そして長い脚を組み、ソファーの上でへたり込む航の顔を覗きこむ。

「ここで仕事をしてもらおうとおもって」
「会社に出勤しないってことですか?」
「そうじゃない。会社でもしてもらうけど、ここでもしてもらうんだよ」

 サービス残業どころの話ではない。しかも寝ても覚めても上司に拘束される最悪な生活。

「そこまでしてサイトの業績をあげたいですか?」
「当たり前だ。僕はそのために異動してきた。それに君にとっても悪い話ではない。会社でさせられるよりここでした方が幾分もましだと思うよ」
「いったい俺に何をさせる気ですか?」
「簡単な仕事だ。君はただ」

──君の裸体をゲイサイトに投稿してくれればそれでいい
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