連立スル 夕顔ノ 方程式

ベンジャミン・スミス

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最終章 夕顔達の十年間

第五話 Xの罪

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「どうしても欲しくなりました。それで、告白してしまいました。キスも本当はあの部屋でしたかったんです。でもそれを与えると、先生は俺自身を見てくれなくなる気がして……あの部屋の宇野正親を好きになってしまう気がしてできませんでした。一丁前に独占欲が溢れて身体だけじゃ満たされなくなっていたんです」

か細い声で「刑事として失格ですよね」と項垂れる宇野。
だが、それは福山も同じだった。

「俺もだ、宇野」

宇野が瞳を揺らしながら顔を上げる。
そこへ今度は福山がキスを落とした。
初めて福山から唇にキスをされ、宇野が顔を真っ赤にする。

「でも俺は快楽に溺れたこんな教師だ。それにお前は教え子だ。身体の関係なんて到底結べない。でも……」

福山が何かを思い出すように目を細めて天井の蛍光灯を見つめる。

「初めて辻本先生で射精してしまった時、お前の事を考えていたんだ」

腕を広げ「先生!」と抱きつこうとする宇野の手首を掴み、額をくっつける。

「俺も宇野が欲しくなっていた」

あのアパートで行われていた事は覚せい剤の捜索と性行為だけではなかった。

(あそこは自分自身と向き合う場所だった)

本来の自分に蓋をし、教師の皮を被り続けていた。それに耐えきれず、隠していた本性があの部屋で暴れまわったのだ。
本能と誰かを求める心。恥ずべきことではないのに、それが相応しくないと自分で自分を殺す自殺と殺人罪を同時に犯していた。

「あのアパートの罪人Xは俺だったんだ」
「なんですか? Xって?」
「いや、何もない」
「ていうか先生抱きしめたいんで、いい加減手を離してください」
「仕事中だろ」
「先生だってキスしたくせに! あっ、やばい!」

足音が聞こえ、二人は身体を離した。

「宇野、まさか盗聴器作動してないよな?」
「それは大丈夫です! もう切りましたから! あっ、お疲れ様です!」

教官室に入ってきたのは……

「宇野、ここ調べたか?」

宇野と同じ腕章をつけた刑事が入ってきた。

(あれ? どこかでみたことあるぞ……)

「まだです。先輩、福山先生の調書俺がとってもいいですか?」
「ああ、そうしろ」

宇野の話を聞いていた限りでは、この男が久保田と思われる。
その久保田を見つめ、福山は首を傾げた。

「んー、あっ、あの時、水をくれた人ですか?」

久保田は、最後の大阪出張でトイレの前で水をくれた男だった。

「悪かったな先生。こいつが変な作戦たてて。暗闇で怖かっただろ?」

あの時の優しい声は皆無だ。ドスが効いている。

「いえ。優しい子なので」
「俺も1回あそこに行ったけど、よく耐えたな。俺が来たの分かったか?」

白い手袋をはめながら久保田が聞いてくる。その意味がよく分からず立ちすくんでいると、宇野が教えてくれた。

「2回目の電話覚えていますか? 時間変更した時」
「ああ、あれか」

あの部屋で身体を重ね始めて、宇野が抱かなかった日が一度だけあった。あの後、欲求不満のまま電話をしたのを覚えている。

「あの日だけは俺だ。念には念を入れて、こいつにきちんとした肉声でかけさせたんだよ。先生、本当にジッとしてるし、普通にこいつと話してるから驚いちまった。肝が据わってるのか、お人好しなのか……」

(よ、よかった……求めなくて……)

今はとても肝が冷えている。

「水、ありがとうございました」
「いや、こちらこそ捜査にご協力ありがとうございます。後付けでもうしわけねーけど。あの日が、決定打だった。俺がトイレに入ってすぐ、奴らがきて後をつけた。今回は見失わなかったよ。ようやく部長に怒鳴られる生活も終わるぜ。あっ、そうだ」

肩を竦めた久保田が、宇野を横目で睨み付ける。睨まれた宇野はビクッと跳ねた。

「部長があの領収書は受理できないだとよ。流石に買い過ぎだと」
「え?! 自腹ですか?!」
「だいたい性玩具の領収書に警察の名前書けるわけないだろ! 馬鹿か!」
「でも、あれに発信機仕掛けたから上手くいったのもあるじゃないですか!」
「ダメなもんはダメだ。給料から差し引きだ」

大きな溜息をつく宇野が、「先生に使われたローターと同じ型式のを色違いで購入してあの部屋に置いてたんですよ。発信機仕掛けて。辻本が何色を使ってもいいように」と説明してくれた。

「そのせいで俺はお前を辻本先生と間違えたけどな」
「本当にすみませんでした」
「でも、おかげで俺は覚せい剤を運ばずには済んだんだな。ありがとう」

もう一度抱きつこうとした宇野だったが、久保田が辻本の引き出しの捜索をし始めた音で、ハッとなった。

「とりあえずここは他の刑事が来るから、お前は福山先生連れて戻れ。いいな」
「はい! 先生行きましょう」

と、背中を押され、ようやく全てが解決し平安訪れた教官室を後にした。
扉の閉まる音は、いつもの重厚さのなかに少し柔らかさがあった気がする。
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