こいじまい。-Ep.smoking-

ベンジャミン・スミス

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第四章 佐久間仁と禁煙の甘い夏

第五話 熱いドライブ

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 花火大会当日。
要の家で合流して二人で浴衣を着たあと要の車で山口県へ向かう。

「下駄、アクセル踏みにくいな!」

なんて恐ろしいことを要が言いながら、要の車が山口県へ向かって走り出した。仁は助手席に座りその様子を本人に気づかれないように盗み見ていた。

(本当に運転している……)

仁の視線は要の浴衣の袖から伸びる腕にいっていた。いつも仁を抱きしめている逞しい腕が、浴衣から出ているだけで色っぽく見えてしまう。要が着ているのは仁が選んだ鼠色の浴衣で、帯は黒だ。逆に仁の浴衣は要が選んだ。真っ白だがところどころ網目で模様のようになっており、白なのに白じゃないように見えるところが要は気に入っていた。帯は薄い紫で女性の物に見えるが、仁が着ると大人の男にぴったりの色へと変化した。仁はサイドミラーに移る自分の姿を一瞥し、再び要に視線を戻した。

要の癖だろうか。真ん中に備え付けられているギアにギアチェンジもしないのに常に手を乗せている。

「あっ、道間違えた。バックするわ」

バックする際のピーピーという音が車に響く。仁も安全確認とばかりに窓の外を確認する。

「こっち大丈夫だよ……っわ!」

仁が車内に視線を戻すと要の顔が真横にあった。仁の心臓が高鳴る。しかしそんな事お構いなしに、要は助手席のヘッドレストに手を当てがい器用に片手でハンドルをクルクルと回していた。

「び、びっくりした!」
「わりぃー、バックモニターついてるんだけど、どうしても見にくくてさ。やっぱり目視じゃないと駄目だわ。」
「自分でするなら言ってよね!」

 近くにいる要に心臓の音が聞こえないように少し声を張り上げる。それでもなかなか鳴りやまない心臓に焦りを覚え、シートベルトをギュッと握りしめた。

「大丈夫か? 酔ってないか?」
「う、うん! 大丈夫!」

 仁は自分で分かるほど顔が赤くなっていた。そしてこうなるのではと浴衣を買ったあの日から予想していた。

(かっこいい……かも)

浴衣ももちろんだが、要が車を出すといった時、要が運転する姿を想像した。要本人は何を勘違いしたのか少し不貞腐れていたが、仁からすればこの気持ちがバレずにすんで助かった。
 要を盗み見ると、予定通りの道に戻り、前を真っ直ぐ見て運転していた。標識を見るときに細くなる目の輪郭、スラッとした鼻筋、男らしいのに綺麗なシャープライン、こんなに要が格好良かったかと思ってしまう。そして視線が薄い唇に行く。

(どうしよう……キスしたい……かも)

信号が赤になり車が停止する。仁はギアに乗せてある要の手に人差し指を伸ばす。そして甲に少しだけ触れた。

「ん? どうした? やっぱり酔ったか?」

気が付いた要が、信号を確認しながらも仁をチラチラと見る。仁はその視線から逃げるように外を見るふりをして小さな声で呟く。

「……キスして」

 仁からは全く見えていないが、要は目を見開いてしまった。

「お前今なんて……」
「何も言ってない!」
「嘘つけ! 凄いの聞えたぞ! キスって、うおおおっ!」

頬を染めて仁が要の頬をつねる。
その熱い指先が全てを物語っている。

「何も言ってない……から」

そっぽを向く仁。耳まで真っ赤だ。

「こっち向け」
「やだ」

自分から言ったのに、恥ずかしくなり振り向くことができない。要はギアに乗せていた手を伸ばし、仁の顎をとる。
信号が赤か横目で確認しながら引き寄せると意図も簡単に仁は誘われ、ゆっくりと唇が重なった。
 しかしすぐに離れる。信号が青になったのだ。

「次の赤で、またしようぜ」
「赤になったらね」

そしてこういう時に限ってなかなか信号に引っかからない。

 次の信号も歩道は点滅しているが車道は赤信号になる前に交差点に進入しそうだと仁が気を抜いた時だった。キキッとタイヤが擦れる音がして前のめりになる。

「黄色だよ!」

黄色で止まる必要が無いのに要はブレーキを踏み込んだ。

「どうせ赤になるだろ」

そう言いながら仁の後頭部に手を当てがい自分の方に引き寄せてキスをしてくる。啄む様にキスをして、要が仁の鎖骨に唇を近づける。しかし……

「もう青かよ」

 残念そうな声を出して再びアクセルを踏む。その後は黄色にも赤にも引っかからなかった。
 予期せず高まってしまった熱を逃がすように、仁は要のギアを持つ手の小指に自分の小指を引っ掛けた。

(本当、可愛いことしてくれるよな)

口に出せば必ず離れていくそれ。
しかし言わなければずっとそこにいてくれる。

 車をコインパーキングに停車させる。外へ出ると、浴衣姿の人を何人か見かけたが、祭り特有の騒がしさはなかった。

「人少ないね」
「会場から離れてるからな。花火はあそこで見るぞ」

 要がコインパーキングから少し離れたところにある小高い丘を指す。

「わざわざ探してくれたの?」
「ネットで調べただけだよ。会場で見たかった?」
「いや、花火見れたらどこでもいいよ」
「ん。じゃ、行こうぜ」

 要は自身が指さした方とは別の方へと歩き出す。

「あそこから見るんじゃないの?」
「見るのはな。でもリンゴ飴買わないとだろ? 屋台は流石に会場付近まで行かないとないだろ」

 仁の顔が嬉しそうに綻び、要の浴衣の袖を引っ張る。

 「ほら! 要行くよ!」

(くっそ、まじで可愛いな。言わねーけど)
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