騎士は碧眼と月夜に焦がされて

ベンジャミン・スミス

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最終章 騎士と碧眼と月

第二話 主の男色 ※

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 ハーデル・ブレジストンはブレジストン領の東の街に住んでいる。そこが領地で一番栄えている場所で領主が住むのにふさわしい。ルーカスも騎士の時代にはそこに仕えていた。
婚姻後、領地の一部の支配権を与えられ、騎士から領主へと位が上がった。しかし、今やその土地は主のいない無法地帯となっているだろう。
 全ての恩恵を与えてくれた昔の主人にルーカスはその場にひざまづくことしかできなかった。

「申し訳ございませんでした。」

 恋に落ち、全てを捨てたルーカスをハーデルは知らない。しかし、原因はどうであれ、あの地を見放した事には変わりない。
 一体どんな罰や叱責を食らうか……。
 絨毯を踏みしめる音がゆっくりと近づいて来る。

「顔を上げなさいルーカス。カトリーヌがすまなかったね。」

身構えていたルーカスは拍子抜けしてしまった。そんな事態が呑み込めず固まるルーカスを立ち上がらせるハーデル。
そして自身の懐に手を忍ばせ、何かを取り出した。

「ヒールから電報が届いた。君がいなくなったと。そしてカトリーヌもね。」

丸められた羊皮紙がルーカスに突き付けられる。「読みなさい」という事だと気が付き、礼をして両手で受け取った。

「全て書いてあったよ。娘がまさか他の男に現を抜かしていたとは思いもよらなんだ。」

 ハウススチュワードのヒールからハーデルに届いた手紙。丁寧な筆記体や、インクの滲み方に懐かしさを覚える。
しかし、書かれている事はとてつもなく悲惨な内容だった。

 ルーカスが失踪した事。
そしてその夜、発狂したカトリーヌが涙を流して倒れたかと思えば、翌日には小汚い男と屋敷を出て行ったと書いてあった。
 追記には、ダラムとブライアン親子の消息も不明だと記されている。親子の失踪には異議が出ると思ったが、ハーデルは全く気にしていなかった。
 むしろ彼は答えを出していた。

「マーク親子は主がいなくなって屋敷を出たのだろうな。農奴には給料は支払われん。早く出て行きたいのが当然の心理だ。」

 ハーデルはルーカスが農奴にも給料を支払っていたのを知らない。伝えなくて正解だったと昔の自分にそっと感謝した。

「拝読しました。」

 電報を読み終え、羊皮紙を丸めるルーカスの頬に手が添えられた。
 ゴツゴツとした手、指に飾られた指輪。ひんやりと伝わる金属と、初めて添えられた手に電報が床に広がるのが見える。
 流されるように顔を持ち上げられ、憐れみを纏った灰色の視線が降り注ぐ。
その瞳はこの愛の逃走劇の裏にある仮面の蜜月を探ろうとしているようにも見える。

「俺は大丈夫です。」

ルーカスは妻に捨てられた夫を必死に演じようとするができない。だが逆にそのぎこちない仕草がハーデルには妻に捨てられた可哀想な男に写っていた。

「可哀想に。ここにいなさい。また私の元で働けばいい。」

 娘の放蕩っぷりに呆れ、そして今まで可愛がっていた従者を憐れんでの発言だとルーカスは思った。
 しかし、予想を超え、ハーデルの顔がいやらしく歪んでいく。
それは戦で勝利を収めた時、宝を手に入れた時のハーデルの表情。それが自分に向けられルーカスは頬に添えられた手を弾いて一歩後ずさってしまう。
その行動が主従関係にはふさわしくなかったと気が付きルーカスは再び身を屈めた。
 
「も、申し訳ございません。ハーデル様の慈悲の深さに驚いてしまい、つい。」

——ドンッ

膝が地につく前に、宝石が煌めく五本の指に押されバランスを崩す。衝突に目を瞑ったが、背中に痛みは走らず、柔らかい何かに包まれた。
 ゆっくり目を開けると天蓋付きベッドの天井が広がっていた。
 そして、その視界に先ほどより口角を上げるハーデルの姿が入り込む。

「ハーデル様?」
「哀れなルーカス。今、私が慰めてあげよう。」

 伸びてくる手が、言葉とは裏腹に、生地ごとボタンを掴み引きちぎる。
 裂かれた服から覗く上半身にハーデルが生唾を飲んだ。

「やはり良い身体だ。娘の婿でなければ早々に組み敷いていたよ。やっとこさチャンスが巡ってきたというわけだ。」

年老いた指が、胸筋をなぞり突起に触れる。

「な、何を……。」
「ん?気にすることはない。君は黙って私に全てを委ねていればいいのだ。」

そう言って、ハーデルは衣服を脱ぎ始めた。

「?!」
 
 目の前に差し出されたハーデルの雄に息を呑む。赤黒く、血管が浮き出て、ここですらルーカスとの差を見せつけているようだ。
 それを催促するように鼻先に突き付けてくる。

「咥えなさい。」

優しい命令口調だが、ルーカスにとっては反抗の余地を与えない絶対的な言葉。
もう会う事はないかもしれないブライアンが脳内で浮かんでは消える。それを必死に拭い去り、薄く口を開いた。
 隙間から無理に押し込まれるそれ。人の体温をここまで気持ち悪いと思ったのは初めてだ。口内に広がる雄臭さと、ハーデルの体温に吐き気がする。

「ごほっ。」

まだ先端だけにも関わらず咽てしまう。しかし、ハーデルにはそれを慰める甲斐性などない。
 ルーカスの髪を鷲掴み、腰を深く沈め、喉の奥まで押し込んでくる。

「んん、んぐ!……んはっ。」

苦しむルーカスを他所に激しく腰を振る。唾液が絡みグチュグチュと音を鳴らすが、それに興奮しているのはハーデルだけ。息を荒げ始め、老年とは思えぬピストンを繰り出す。しかし不慣れなルーカスは興奮しきった雄に歯を立ててしまう。
それに顔を顰めたハーデルがようやくそれを抜いた。

「はあ…はあ…。」

酸素を必死に吸い込むルーカスを見下ろし吐き捨てる様に「こんなものか。まあいい、今から仕込めば問題ない。」と呟き、今度はルーカスの下半身の衣服をはぎ取った。

「お待ちくださいハーデル様!」

ハーデルは止めない。ルーカスの足を持ち上げ、あの赤黒い物体を押し当てた。

「ぐっ!」

無理矢理侵入しようとするそれを必死に押し返す。力を込め精一杯の拒絶をするがハーデルは押し込もうとする。

「仕方がない。少し慣らすか。」

面倒くさそうに言うハーデルが人差し指をまた無理矢理差し込み乱雑に動かした。指一本だけなのに、身を裂かれるような激痛が秘部に走る。

「うあ!」
「我慢しなさい。」
「……。」
「そう。それでいいのだ。」

黙り込んだルーカスに満足そうな顔をするハーデル。しかしルーカスはこの場にはふさわしくない事を思い出していたのだ。

(何故、今思い出してしまったのか。)

ルーカスはブライアンの優しい愛撫を思い出していた。二人の愛撫のあまりの違いに、ブライアンからの確かな愛を再確認してしまった。
 今行われようとされている行為は拒絶しなければいけない。しかし、長年叩き込まれた主従関係がそれをさせない。
ハーデルにたてつくなどルーカスにはありえないのだ。

シーツを握りしめグッと耐える他なかった。

「……。」

急に黙り込んだハーデルが、指を引き抜く。
いよいよ来るかと身体を強張らせたが、そんなルーカスをハーデルは不審そうな目で見下ろしていた。

「……ルーカス。」
「はい。」
「君に男色の趣味があるとは思わなかったよ。」

心臓が跳ねる。
まさかブライアントの行為がばれたのかと恐る恐る灰色の瞳と視線を合わせる。

「これはマグの実の匂いだ。」
「マグの実?」
「緑の果実だよ。男同士がいたすときに使う事がある。主としては女性の顔料だが、君には顔料など必要ないだろ?」

 ブライアンが採取してきたあの緑のドロリとした液を持つ果実が浮かんでくる。
それと同時にルーカスはハーデルの趣向にも一つ確信が持てた。

──ハーデル・ブレジストンには男色の趣味がある。

先程の発言から予想はしていたが、それが確かになった。
 だが、それなら一つ腑に落ちない事がある。

「ハーデル様は一度も俺を抱いた事などありませんでした。」
「ああ。あの時は気に入った男がいたのだ。妻には内緒だがね。」

 全く悪びれもせず言い放つ。

「では、その男を抱けばよいでしょう。」
「ははは。妬いているのかい?」

ふざけた返答に、ルーカスは視線を逸らした。その顎を取り、ハーデルは顔を近づけてくる。そして耳元で囁いた。

「そもそも君が私のお気に入りを連れて行ってしまったのだろ。」
「俺が?いつ、誰をでしょうか?」

身に覚えのない言いがかりだと心の中で悪態をつくルーカスに、再び嘲笑的な声でハーデルは囁いた。

「婚姻の儀式の時に「よくできた馬番ですね。」と君が欲しがったからあげたではないか。」

 ルーカスの目が見開く。
そして婚姻の儀式の際、馬小屋で会った青年を思い出す。
その名を紡ごうとしたが、上手く口が開かず放心状態のルーカスより先に、ハーデルの口から名が告げられた。
 
「ブライアン・マークをね。」

ルーカスの呼吸が止まった。
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