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第二章 Another Unrequited love
第七話 もう一つの片想い
しおりを挟むアルバートが春人に恋をしたのは研修初日だった。朝礼で挨拶をする為、前に立った時、一際笑顔の青年がいた。それが春人だった。
「太陽が空からオフィスに落ちてきたかと思ったよ。心臓を鷲掴みにする様な笑顔だった」
恥ずかしさで燃え上がる太陽の頬に手を添える。太陽に相応しい体温がアルバートの掌に伝わる。
「でも、この笑顔の先にいる存在を知ってしまった」
春人が気まずそうに視線を逸らす。
春人の笑顔が見たいと自然と目で追うアルバートだから気が付いた。その視線の先にあった——村崎和也に。
繋がるロジックの先は天井が迫ってくる窮屈な行き止まりだった。年のせいか、しばらく恋をしていないアルバートにはその正体に直ぐには気が付けなかった。しかし、家にいても浮かんでくるのはあの笑顔と、そしてその先にあるもの。ずっと交互に繰り返されるそれに、胸が熱くなったり締め付けられたりしてようやく分かった。
——月嶋 春人に恋をしている。
「初めて会った瞬間、落ちていたのは自分だったのだ。君の笑顔に燃やされてしまいたい。そんな熱い恋をした」
まさか初日にそんな事があっていたとは露にも思っていない春人は目から鱗だった。
「気付かなかった。その時は今みたいに口説かれていなかったから」
「君の情熱的な恋を邪魔したくはなかった。恋をしている姿に惚れたのだからなおさらだ。でも、かなり妬いてしまったよ」
アルバートの瞳が苦しく揺れ、そして野性的に光る。
「本当は奪いたくて仕方がなかった」
もう半分ほど奪われている春人は頬に添えられた手に寄り添いたくなるのを堪える。
全く正反対の人間だと思っていた男も自分と同じだった。誰かに一目惚れし、そして恋をした瞬間に失恋していた。それでも苦しい胸を焚きつけて思い続けたのだ。
違うのは結末。
春人の恋は悲しい結末に終わった。だが、アルバートはどうだろうか。
色は違えど、同じ恋をしている瞳を真っ直ぐに見つめる。
「だから今は必死に、あの笑顔が自分に向けてもらえるように君を口説き落とすつもりだ」
アルバートはまだ恋の炎を消してはいない。その勢いは春人をも温かく飲み込もうとしている。そして凍ってしまった春人の心を溶かしている。溶けて現れるものこそがアルバートの恋の結末だ。
かすめる辛い恋の思い出が冷たい風を吹かせ凍てつく膜を重ね、融解と凍結を繰り返す心。そして素性のよく知らない外国人によって、透明な氷の奥の答えは見えていても、春人は溶けるのを恐れている。
「僕、アルバートの事よく知らない」
「何が知りたい?」
「……」
聞きたいことはいっぱいある。
歳、趣味、何が好きで、何が嫌いなのか……。
同僚に抱くことのない疑問をアルバートに向けている時点で、二人の関係は同じレールに乗りかけていた。
(まだ気持ちが残っているのに、いいのかな?)
そう言い聞かせるも、思ってしまえば止まらないのが恋だ。それは春人自身が一番知っている。
一度ゆっくり瞬きをして、春人は一歩を踏み出した。
「もう一度デートがしたい。その時に、たくさんアルバートの事教えて」
春人が初めて名前を呼んだ時と同じ笑顔が目の前で咲く。
「勿論だよ。喜んで」
窓の外は冬の予感を知らせる風でガタガタ鳴っている。
だが、そんな音は2人の耳に届いていない。ここだけは、春の予感が漂っていた。
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