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討伐
その17
しおりを挟む───ギィィィ
軋んだ音をあげながら、両開きの扉が開かれた。
扉を開いた人影はそのまま、周りを見渡しながら部屋へと入ってくる。
遺跡に入ってきたのは、先ほど戦場を走ってきていたあの人影である。
その全身は黒衣で包まれていて、サンド=リヨンの騎士団ではなく、冒険者か何かであろう。
部屋の中は石棺や壺などがが多数置いてあり乱雑としていた。
入ってきた冒険者は武器を構えたりとかいう事はなく、自然体なままに見える。
冒険者が石棺の横を抜けながら部屋の中央くらいまで進んだところで、後ろの壺の中から何かが飛び出してきた。
それは金色の髪が美しい少女の様な人影─────そう、夢魔王である。
一気に近づいてきた夢魔王は、目の前の冒険者の背中に触れた。
(…勝ったのじゃ!)
夢魔王はこの瞬間、自分の勝利を確信した。
そして触れた手から相手の全てを奪う勢いで、相手から吸い上げてゆく。
相手が間違いなく破夢の秘石を持ってる以上、これで倒しきらないと自分の身が危ないからだ。
彼女達夢魔は魔物でありながら、肉体能力は決して高くない。
むしろ低いといっても過言ではなく、筋力などはせいぜい普通の人間の女性程度くらいしかない。
ただその低い肉体能力を補うかの様に、高い魔力と多彩な弱体魔法、そして切り札ともいえるこれがある。
それこそが夢魔族の誇る切り札───【エナジースティール】である。
エナジースティールとは、触れた相手から抵抗する暇もなく体力を奪う技だ。
奪う体力の量は使った夢魔側の裁量次第で、その気になれば一瞬で生命活動が止まるところまで全て奪う事も出来る、文字通り必殺技なのである。
ただ問題は夢魔族特有の肉体能力の低さだ。
普通に戦闘職の冒険者などに正面から向って触りに行こうものなら、触れる前に返り討ちに合うのは間違いない。
一撃必殺の力を持ちながらも、そうそう気軽には使えない───文字通り『切り札』なのであった。
そもそも弱体魔法が通じる相手なら、エナジースティールをするまでもなく簡単に勝敗は決する。
今回の様に、魔法が通じない特殊な相手にだけ振るう背水の剣なのだ。
物陰から飛び出すことで、戦闘職の相手であろう冒険者の虚を突き、その背を手で触れる事が出来た。
いつもなら自分の体に吸い取った力が漲り熱くなり、代わりに熱を失った相手が倒れる───そう、いつもならだ。
だが触れた相手は一向に倒れない。
いつもなら一気に体内に入ってくるのを感じる熱い流れも、ささやかなも温もりがちょろちょろ感じる程度だ。
(…何事じゃ!?。なにかがおかしいのじゃ)
いつまでも倒れない冒険者がいつ武器を振るうかもわからない、夢魔王は後ろに飛び距離を開けた。
自分の肉体能力はきっと目の前の冒険者には遠く及ばない、しかも弱体魔法は破夢の秘石のせいで全く意味がない。
だが仮に、相手が破夢の秘石を持っていたとして、エナジースティールを失敗するなどとは考えられない。
なぜならこれは魔法ではないのだから。
実際少し、本当に少しだが体力を奪えた感じは確かにある───間違いなく残らず吸い上げるつもりでやったはずなのにだ。
そして吸っても吸ってもじわじわと湧いてくるような不思議な感覚もあった。
(…この冒険者、一体何者なのじゃ?)
「お、そこにいたのか。久しいな」
目の前の黒衣の冒険者が振り向くと、攻撃するでもなく背後の夢魔王へ声をかける。
その口調は、まるで古い知人に話しかける様な、そんな気さくさであった。
「…儂に、きさまみたいな珍妙な知人はおらぬのじゃ!」
正面の冒険者の動きに注意を払いながらも、夢魔の少女はちらりと窓、そして冒険者の入ってきた扉と見る。
自分の魔法も切り札の『エナジースティール』による攻撃も通じない以上、こちらとしても手詰まりだ。
だが咄嗟だったとはいえ、距離を取った方向が悪かった。
どちらから逃げるにせよ、窓も扉も目の前の冒険者の横を抜けねば辿り着けない位置に逃げてしまったからだ。
どれだけ自分が急いだとしても、普通に考えてこの距離で戦闘職の冒険者から逃げ切れるとは思えない。
「おいおい、いくら久しぶりとはいえ、それはないだろう」
冒険者は緊迫感を全く感じさせない話し方でこちらに話しかけながら、顔に巻いたフードを少しずらし、口元を露《あら》わにする。
そこにあったのは、明らかにむき出しの頭蓋骨のそれであった。
夢魔王は目を見開いて目の前の人影に問う。
「きさま不死族か!?。しかし、話せる不死族なぞあやつ以外聞いたことはないのじゃが!?」
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