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羅刹の風神、雷神
生き残った者があらゆる感情を背負っていく
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ぼくとシオリはナギにこれまでの経緯を伝えた。二重スパイだったチカ、それにサキとサヨリが協力していたこと。ぼくとシオリは巻き込まれる形で連れてこられ、先の戦闘によって……カナデ、チカ、サヨリ……それに、羅刹のサイオニックたちも大勢が命を落としたこと。
ぼくたちがナギに説明する傍らで、意識を取り戻したサキがうつ向いたまま唇を噛み締めていた。その表情は後悔とも怒りとも判別ができない。時折、サキの様子を心配そうに窺うシオリの横顔にも、辛い感情が表れていた。
ただ、ぼくにはどうしても伝え難い部分があった。チカたちの計画に利用される形で、レイヤーズが囮にされていた件だけど……もし、それを明確にしてしまうとナギやレイヤーズの仲間たちはチカたちを恨みはしないだろうか? と。
何よりも、生き残りであるサキの立場が心配だった。ある意味では、サキがカナデたちの死因の一端を担っている――そう意識する度に、ぼくは自分の思考を全力で否定したい衝動に駆られた。サキは、アユミとアンジュのことを想っての行動であったし、サヨリは、スズネと言う名前の親友を救いたい一心だったんだ。その想いに泥を塗るかもしれない。
ふと、シオリが戸惑いながら何かを言おうとしたが、ナギがスッと手をかざし、制した。
「いいよ。事情はもう、大体把握しているから」
ナギの声には強い意思の力が感じられた。
「何時かはね、こうなることは分かっていたんだ。ただ、ずっと先延ばしにしたかった……レイヤーズの仲間たち……みんな、口には出さなくても、そう思っていたはず」
ナギがちらりと視線を逸らす。サキが気まずそうに喉を鳴らした。
「もどかしかったんだよね。誰も行動に移さないから、手遅れになるかもしれないって」
俯くナギの表情はとても沈痛な面持ちだ。
「実際、サヨリの友達の話は、レイヤーズの上の人たちだって知っていたんだと思う。でも、助けようとしなかったのは羅刹との衝突を恐れていた……」
「そうだよ! ……そうに違いない」
ナギの話をサキが遮る。サキは苛立ちを露わにしていた。
「あんた達がちんたらやってるから、羅刹党はどんどん勢力を伸ばしてるんだよ。あたしらみたいな右も左もわかんなかったサイオニックを拉致してね!」
ナギに向かって食って掛かる勢いのサキ。
「旧人類との共存? サイオニックの未来の存続? 確かに、実現したら素晴らしいよね。でも、その為に何をやってきた?」
サキがナギの胸倉を乱暴に掴み、その小柄な体を揺さぶる。ナギに当たるのはあまりにも理不尽だ。でも、ナギは黙したまま抵抗する素振りも見せない。
「真っ先に倒さなければいけない相手を恐れて、守るべきサイオニックを何人も見捨てて、手の届く一握りの善人ぶった連中だけで仲良しサークルを作っているだけじゃんか。口では幾ら綺麗ごとを並べても、それがレイヤーズの本質なんだよ!」
「やめて、サキ!」
止めに入ったのはシオリだ。シオリはサキをナギから引き剥がし、その肩を両手で抑え込んだ姿勢のまま、訴える。
「サキだって、自分のしたことわかっているの? この人を危険に晒して……命を捨ててまでわたしたちを救ってくれたカナデを裏切るような真似までして!」
涙を流すシオリの言葉は嗚咽のあまり震えていた。
「死んだんだよ、チカもサヨリもスズネも……カナデも。勝手に無茶な作戦を立てて突っ走った結果がこれだよ」
サキを掴むシオリの手から力が抜けていき、シオリは弱々しく項垂れていった。
「死んだんだよ……」
そう……ぼくは地面に横たわっているサイオニックたちの亡骸を見渡し、全身が冷たく震えるのを感じた。改めて突きつけられる事実に、ぼくは目頭から流れ落ちた塩の味を噛み締めた。
「ちッ……」
サキは露骨に舌打ちをすると、シオリの手を振りほどくと、倒れているカナデの方へ顔を向けたまま、押し黙ってしまった。サキの内心をどんな感情が渦巻いているのかは定かでないが、閉じられた口内の歯ぎしりは激しい憤りを堪えているように見受けられる。
シオリもまた、自らの感情を抑え込んでいた。支えを失ったことで地面に手を突き、声を挙げること無く泣いている。ぼくはそんなシオリに対して、居た堪れない気持ちになっていた。
「……シオリさん」
ぼくはシオリの肩に手をかけていた。どう接したらいいのかわからなかったけど、彼女を宥めてあげたい。
「シオリさんのお陰で助かった命もあるんだよ。シオリはできることを立派に果た。レイヤーズのみんなだって……」
「やっぱり、シオリだったんだね。あの娘たちを助けたのは」
ナギが温和な表情で語る。
「ここに来るまでの道なりに、羅刹党のサイオニックたちが倒れていてね。彼女たちはレイヤーズの仲間に頼んで保護してもらったよ。あの激しい戦いの中で生き延びられたのもシオリが避難させてあげたから……そうなんだね」
ぼくはシオリに代わり、ナギに向かって頷いて見せた。少し遅れて、シオリも小さく「うん」と応えていた。
「ありがとう、シオリ」
ナギがそう言ったのは、羅刹の構成員たちの代弁というだけではない。ナギ自身、シオリの懸命な働きに心の底から感謝している。……ぼくは、そう確信していた。
「一人でも多くの命を救うこと……それを、どんなに辛い状況になってもやり遂げるのは何よりも大切なんだから、ね」
遅れて駆けてくる更なる複数人の、湿った落ち葉を踏みしめる靴音。静かにそちらを眺めているナギの姿で、その者たちがレイヤーズの仲間であるのだろうという安堵がぼくの心にも落ち着きを取り戻させていく。
「ナギ……その……」
ぼくはナギに声をかけた。この戦いは確かにサキやチカたちの共謀に端を発している。が、それよりも、カナデの暴走の責任はぼく自身にある――。
しかし、ナギはぼくが言うよりも先に一つの応えを示す。
「あれは、カナデも予測していたんだよ。一度キミと関係を持てば、感情の制御が利かなくなる。アユミちゃんのように……」
(キミ?)
違和感。ぼくは、咄嗟にその理由に気付けなかった。
ぼくの戸惑いを読み取ったのか、ナギが少しだけ、ぼくにとっても馴染み深いあの茶目っ気のある笑みを浮かべた。
「ねえ、あたしがどうしてキミをゴキちゃんなんて呼んでいたのか、わかる?」
「え……?」
不意の問いかけ。いや、それは確かあの昆虫の意味で……。
「キミが思っているのとは違うからね。……昔ね、イツキちゃんって子が居たんだ」
「イツキちゃん?」
「五に木って書く。だから、最初の頃はふざけてゴキちゃんって言ってからかっていた……酷い話だと思われるだろうけどね、お互い変な愛称で呼び合うのが流行ってたから」
今、この場でナギは何を伝えようとしているのだろう? そして、ナギは常にぼくの考えを先読みしているかのように。
「ある日を境に、そう呼ぶのが恥ずかしくなった。何故だろうって気づくよりも早く、その子とは別れることになったんだけどね」
ぼくの両脇に二人のレイヤーズの仲間が割って入ってくる。そして、サキの方にも慎重な足取りで歩み寄っていく、もう一人のサイオニックがいた。
「……キミを好かないサイオニックはいないよ。カナデも抗えなかった……いや、そう言うよりも、進んで身を託した」
ぼくはレイヤーズの仲間たちに両腕を握られた。何事かと問おうにも、彼女たちの一人が耳元に小声で告げた。「お願い、じっとしてて」と。見ると、サキの方は半ば強引に拘束されている。サキは不機嫌そそうに悪態をついたが、抵抗する素振りはない。
「あたしも同じだよ。カナデや他のサイオニックと。……それだけ。じゃぁ、ね」
ナギはそう言うと、身を翻して駆け寄っていった――カナデの方へ。
連行されるように連れ出されるぼくとサキ。それに同行するシオリ。振りむぎざま、そこで最後に見たのは、カナデの前で泣き崩れるナギの姿だった……。
ぼくたちがナギに説明する傍らで、意識を取り戻したサキがうつ向いたまま唇を噛み締めていた。その表情は後悔とも怒りとも判別ができない。時折、サキの様子を心配そうに窺うシオリの横顔にも、辛い感情が表れていた。
ただ、ぼくにはどうしても伝え難い部分があった。チカたちの計画に利用される形で、レイヤーズが囮にされていた件だけど……もし、それを明確にしてしまうとナギやレイヤーズの仲間たちはチカたちを恨みはしないだろうか? と。
何よりも、生き残りであるサキの立場が心配だった。ある意味では、サキがカナデたちの死因の一端を担っている――そう意識する度に、ぼくは自分の思考を全力で否定したい衝動に駆られた。サキは、アユミとアンジュのことを想っての行動であったし、サヨリは、スズネと言う名前の親友を救いたい一心だったんだ。その想いに泥を塗るかもしれない。
ふと、シオリが戸惑いながら何かを言おうとしたが、ナギがスッと手をかざし、制した。
「いいよ。事情はもう、大体把握しているから」
ナギの声には強い意思の力が感じられた。
「何時かはね、こうなることは分かっていたんだ。ただ、ずっと先延ばしにしたかった……レイヤーズの仲間たち……みんな、口には出さなくても、そう思っていたはず」
ナギがちらりと視線を逸らす。サキが気まずそうに喉を鳴らした。
「もどかしかったんだよね。誰も行動に移さないから、手遅れになるかもしれないって」
俯くナギの表情はとても沈痛な面持ちだ。
「実際、サヨリの友達の話は、レイヤーズの上の人たちだって知っていたんだと思う。でも、助けようとしなかったのは羅刹との衝突を恐れていた……」
「そうだよ! ……そうに違いない」
ナギの話をサキが遮る。サキは苛立ちを露わにしていた。
「あんた達がちんたらやってるから、羅刹党はどんどん勢力を伸ばしてるんだよ。あたしらみたいな右も左もわかんなかったサイオニックを拉致してね!」
ナギに向かって食って掛かる勢いのサキ。
「旧人類との共存? サイオニックの未来の存続? 確かに、実現したら素晴らしいよね。でも、その為に何をやってきた?」
サキがナギの胸倉を乱暴に掴み、その小柄な体を揺さぶる。ナギに当たるのはあまりにも理不尽だ。でも、ナギは黙したまま抵抗する素振りも見せない。
「真っ先に倒さなければいけない相手を恐れて、守るべきサイオニックを何人も見捨てて、手の届く一握りの善人ぶった連中だけで仲良しサークルを作っているだけじゃんか。口では幾ら綺麗ごとを並べても、それがレイヤーズの本質なんだよ!」
「やめて、サキ!」
止めに入ったのはシオリだ。シオリはサキをナギから引き剥がし、その肩を両手で抑え込んだ姿勢のまま、訴える。
「サキだって、自分のしたことわかっているの? この人を危険に晒して……命を捨ててまでわたしたちを救ってくれたカナデを裏切るような真似までして!」
涙を流すシオリの言葉は嗚咽のあまり震えていた。
「死んだんだよ、チカもサヨリもスズネも……カナデも。勝手に無茶な作戦を立てて突っ走った結果がこれだよ」
サキを掴むシオリの手から力が抜けていき、シオリは弱々しく項垂れていった。
「死んだんだよ……」
そう……ぼくは地面に横たわっているサイオニックたちの亡骸を見渡し、全身が冷たく震えるのを感じた。改めて突きつけられる事実に、ぼくは目頭から流れ落ちた塩の味を噛み締めた。
「ちッ……」
サキは露骨に舌打ちをすると、シオリの手を振りほどくと、倒れているカナデの方へ顔を向けたまま、押し黙ってしまった。サキの内心をどんな感情が渦巻いているのかは定かでないが、閉じられた口内の歯ぎしりは激しい憤りを堪えているように見受けられる。
シオリもまた、自らの感情を抑え込んでいた。支えを失ったことで地面に手を突き、声を挙げること無く泣いている。ぼくはそんなシオリに対して、居た堪れない気持ちになっていた。
「……シオリさん」
ぼくはシオリの肩に手をかけていた。どう接したらいいのかわからなかったけど、彼女を宥めてあげたい。
「シオリさんのお陰で助かった命もあるんだよ。シオリはできることを立派に果た。レイヤーズのみんなだって……」
「やっぱり、シオリだったんだね。あの娘たちを助けたのは」
ナギが温和な表情で語る。
「ここに来るまでの道なりに、羅刹党のサイオニックたちが倒れていてね。彼女たちはレイヤーズの仲間に頼んで保護してもらったよ。あの激しい戦いの中で生き延びられたのもシオリが避難させてあげたから……そうなんだね」
ぼくはシオリに代わり、ナギに向かって頷いて見せた。少し遅れて、シオリも小さく「うん」と応えていた。
「ありがとう、シオリ」
ナギがそう言ったのは、羅刹の構成員たちの代弁というだけではない。ナギ自身、シオリの懸命な働きに心の底から感謝している。……ぼくは、そう確信していた。
「一人でも多くの命を救うこと……それを、どんなに辛い状況になってもやり遂げるのは何よりも大切なんだから、ね」
遅れて駆けてくる更なる複数人の、湿った落ち葉を踏みしめる靴音。静かにそちらを眺めているナギの姿で、その者たちがレイヤーズの仲間であるのだろうという安堵がぼくの心にも落ち着きを取り戻させていく。
「ナギ……その……」
ぼくはナギに声をかけた。この戦いは確かにサキやチカたちの共謀に端を発している。が、それよりも、カナデの暴走の責任はぼく自身にある――。
しかし、ナギはぼくが言うよりも先に一つの応えを示す。
「あれは、カナデも予測していたんだよ。一度キミと関係を持てば、感情の制御が利かなくなる。アユミちゃんのように……」
(キミ?)
違和感。ぼくは、咄嗟にその理由に気付けなかった。
ぼくの戸惑いを読み取ったのか、ナギが少しだけ、ぼくにとっても馴染み深いあの茶目っ気のある笑みを浮かべた。
「ねえ、あたしがどうしてキミをゴキちゃんなんて呼んでいたのか、わかる?」
「え……?」
不意の問いかけ。いや、それは確かあの昆虫の意味で……。
「キミが思っているのとは違うからね。……昔ね、イツキちゃんって子が居たんだ」
「イツキちゃん?」
「五に木って書く。だから、最初の頃はふざけてゴキちゃんって言ってからかっていた……酷い話だと思われるだろうけどね、お互い変な愛称で呼び合うのが流行ってたから」
今、この場でナギは何を伝えようとしているのだろう? そして、ナギは常にぼくの考えを先読みしているかのように。
「ある日を境に、そう呼ぶのが恥ずかしくなった。何故だろうって気づくよりも早く、その子とは別れることになったんだけどね」
ぼくの両脇に二人のレイヤーズの仲間が割って入ってくる。そして、サキの方にも慎重な足取りで歩み寄っていく、もう一人のサイオニックがいた。
「……キミを好かないサイオニックはいないよ。カナデも抗えなかった……いや、そう言うよりも、進んで身を託した」
ぼくはレイヤーズの仲間たちに両腕を握られた。何事かと問おうにも、彼女たちの一人が耳元に小声で告げた。「お願い、じっとしてて」と。見ると、サキの方は半ば強引に拘束されている。サキは不機嫌そそうに悪態をついたが、抵抗する素振りはない。
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