祓魔師 凛冴

来星馬玲

文字の大きさ
1 / 19
鬼峰家の血筋

赤い満月の贄

しおりを挟む
 漆黒の蝶が闇夜を羽ばたき、満月を覆い隠す。街灯の取り付けられていない林道を進むには、星の瞬きと、山間部に見えている屋敷の照明だけが頼りであった。

 林道を足早に歩いているのは、一人の女。年の頃で言えば、既に成人を目前に控えていたが、顔立ちには未だ幼い少女の名残が見受けられる。

 服装は外出用のもので、細かく織り込まれた紺と紫の布地には、小間使いながら高貴な身分にゆかりがあることを見る者に連想させるには十分な代物だった。

 ただ、身だしなみに気を遣う余裕がなかったため、その服装は幾分乱れている。そこにも、少女の素朴さとそそっかしさが表れていた。

 女は後悔していた。午前中の買い出しで品物を二つほど忘れてしまったからであるが、予定よりも帰りが遅くなったために、このような暗い夜道を一人で歩くはめになったことを。

 おまけに、彼女は懐中電灯すらも持参していない。物事を忘れるというのが一日に一度や二度どころではなかったのである。

 女は、屋敷の主人、それと上司であるメイド長に迷惑をかけていることで、度々自責の念にかられていた。早く、屋敷に帰らなければいけない……そう、女は急いている。

 ばさばさばさ……と、大きな鳥の羽ばたく音。女は、一瞬、びくっと身構えた。路上に面している木の枝が、上下に大きく揺れていた。離れたところで、何かの鳥の鳴き声らしきものが聞こえてくる。

(梟、かな)

 屋敷のある山間部では、多くの自然が残されていた。地元は片田舎の山村といった様相で、そこに豪勢な洋風の屋敷がそびえているというのは些か不釣り合いであったが、近隣の村でこれまでの生涯を過ごしてきた女にとっては、とても馴染みのある情景であった。

 女は、この自然に囲まれている屋敷の環境が大好きだった。幼少の頃より、慣れ親しんだ野山では、一緒に育った近所の友達とたくさん駆けまわったりして、遊んだものだった。

 だが、根が臆病な女にとって、明かりの乏しい闇夜の道なりというものは、決して心休まる場所ではない。風や獣のもたらす物音の一つ一つが、少女の感性を逆撫でる。

 このような時刻は、かつて祖母から聞かされた、人を脅かす妖怪変化の類の話を思い出してしまう。野山に潜む魔物は、特に可愛い女の子が大好きで、時々闇に紛れてはさらいに来るという。

 がさがさ。がさ。

 草むらの中を何かがうろついている気配。女は身体の内に冷たいものを感じる。

 狸でもいるのだろうか、と女は思う。度々、屋敷の傍では、そういった獣の姿もよく見られるのだ。

 寒さを感じ、捲られている裾を正す。女の子らしいお洒落なトートバッグが揺れ、中に入っているビン類のぶつかる音が響いた。

 する……する……するぅ。

 目前の路上で、細いものが地面をこすりながら移動している。女は驚いて立ち止まる。

「ふえ……蛇?」

 思わず口に出していた。

 目を凝らしてみると、それらしいものの姿は見当たらず、道路上に転がっている小石の影が見て取れるだけだった。

(やだなぁ……もう)

 蛇も身近な生き物であるはずだったが、女は大の苦手で、子供の頃から変わらない潜在的な恐怖心を呼び起こす存在だった。

(早く、帰ろう)

 早歩きであった足取りがさらに早まり、小走りに近くなる。うっかり、蛇の胴体を踏んでしまわないよう、足元に注意しながら進んでいく。

 最後の急カーブを通り過ぎた。後は滑らかな道路上を登っていけば、じきに屋敷へたどり着く。それまでの心棒だ……女はこの時点で、安堵を覚えようとしていた。

 ばき。べき、べきべき。

 樹々が何やら高い音を立てた。続けざまに、折られた太い枝がドサリとセメントの上に転がり出る。

「え……え……」

 女は立ち止まり、身構えてしまう。それが、迫り来る影にとって、願ってもいない好機となった。

 闇が急速に深まっていく。視界が遮られ、前方の屋敷の姿が途絶えた。女は訳も分からず、途方に暮れていた。

 ドン。地の底から持ち上がってくる、鈍い衝撃。不意に足元を救われた女は道路上に倒れ込んでしまった。

「きゃ……」

 か細い悲鳴。慌てて起き上がろうとする女は、ヌメヌメした物体が足首にまとわりついているのを感じる。

(や……ナメクジ?)

 あるいはヒルかもしれない。女は大きく身震いをした。

「やだよ、触れないでよ」

 自分が傷物にされることに対する恐怖には人一倍敏感だった女は、足元を払いのける仕草をし、急いで立ち上がった。

「あ……」

 何かを言いかけて、途絶える声。女の眼前に、形の分からない、それでいて、確固として己の存在を主張している、暗闇に鈍く光る真紅の巨体が蠢いていた。

「いや……やぁ……」

 女はそれから目を背け、一目散に駆けだす。向かっていた屋敷とは反対方向だったが、気にしている余裕などはなかった。

 走る、走る。自分が育った村までたどり着けば、周りの人が助けてくれる――それが、今の唯一の希望だった。

 走り続けている間、風を切る音と、自らの道路を踏む靴音以外、何も耳に入ってこなかった。徐々に息が苦しくなるにつれて走るのが辛くなっていき、街明かりが見えてきた辺りで微かな安心感に後押しされる形で、女は立ち止まった。

 周辺では、物音ひとつしない。女の乱れた息遣いだけが響いていた。

「はあ、はあ……ふぅ、ふぅ」

 女は両手で足を抑え、懸命に呼吸を繰り返す。落ち着きを取り戻したところで、トートバッグをどこかに落としてきたことに気づいた。

(あぁ……どうしよう……)

 逃げている途中で落としたのだろう。何者かの気配は消えていたが、恐怖心はまだ収まらない。

(気のせい……気のせい、だよね?)

 女が心の中で自分にそう言い聞かせたのは、あのトートバッグを手放すことが、女にとって自分の命を脅かすことと両天秤にかけられるほどに重要であったからだ。

 あのバッグは屋敷に住み込みで働くようになったその日に、主人から与えられた。その中に入っていた物もまた、主人から任された信頼の証。

(……戻ろう)

 一本道の道中で落としたのだから、朝まで待ってからでも遅くないのではという気も少しだけしたが、女の内の使命感は揺るがない。

 思い直してみたら、いつも屋敷の住人や配達業者が往来している道路上で、得体の知れない化け物が出てくるなんて、あり得ない話だ。いつもドジばかりしている自分だから、何かを見間違えたのだろう……女はそう思って疑わなくなっていた。

 屋敷への道を引き返していると、程なくして、路上に落ちているトートバッグが見えてきた。女は、ほっとする。

(やっぱり、何にもない。旦那様のもとへ、戻らないと……)

 今夜、部屋へ来るように……買い出しに出かける前、館の主人が言ってくれた言葉。それを思い出すだけで、女の身体が火照る。

 女はトートバッグの傍まで来ると、足を折ってしゃがみ、手を伸ばした。

 突然、足に長く太い物体が巻き付いてきた。そのまま、女の全身が引きずり倒される。

 女が甲高い悲鳴を上げた。物体から逃れようと、両手足をバタバタと激しく振り回す。その動きを拘束する形で、ぬめり気を帯びた物が次々と縛り上げてくる。

【グゥッグゥッグゥ】

 気味の悪い動物の鳴き声のような音。

「なに……なんなの」

 四肢を縛る物体は力を増しており、骨が折れるかもしれなかった。

「痛い……痛いよぉ」

 女の声は、悲痛なものとなっている。ニシキヘビのような、巨大なタコのような、得体の知れない生き物が、全身に巻き付いてくる。

 グギ。

「ひああぁ!」

 女の絶叫。右腕の関節が折れた。

【シュググ……ゲグ……ゲグ】

 頭足類を思わせる触手が、粘液をビチャビチャと迸らせながら、女の両足を力任せに開かせた。
 
「え……ぐぅ……」

 女の大粒の涙が、頬をつたっていく。あまりの状況に、女は理性を失い、泣きじゃくっていた。

 乱暴な太い触手の中に混じって、細かい動作をしながら女の股間の辺りをまさぐる、束ねられた糸状の肉の塊。それは、女のスカートの下に入り込み、内部のランジェリーに絡まってきた。

「や……やぁぁ」

 下半身の下着が一気に破られ、宙を舞う。触手は泣き叫ぶ女に構うことなく、上半身の肌上にも潜り込んできた。

 満月を覆っていた雲が晴れ渡り、女の全身が月下に晒される。女は、衣服を引き裂かれた自らのあられもない姿と、それを弄んでいる触手を大量に蠢かせている柱状の生き物の姿をはっきりと見て、戦慄した。

 月が怪物に力を与えたかのように、触手の動きが激しさを増す。腹部に巻き付いている触手が、女の未成熟な乳房を締め上げ、とがった先端がヘソの穴を執拗に突いてくる。

 女は息も絶え絶えといった有様で、苦しくてろくに声も出せずにいたが、月光を反射しながら内股に接近してくる男性のイチモツを思わせる物体に目を留めると、金切り声を上げた。

 あまりにも生々しい異形の男根は、女の陰部へ狙いを定めていた。その先端が触れたとき、女の恐怖が頂点に達する。

「やめて……やめてよぉ……」

 荒々しく突き出されたそれは、女の膣を押し広げ、子宮口に入り込んできた。

「や、やだよぉ……わたしの身体は……旦那様の……旦那様だけのものなのぉ!」

 女の訴えは何一つ成果を生むこともなく、触手による凌辱は冷徹に勢いをましていく。

「ひぐ……おぅ……おぅ……」

 激しいピストン運動が、女の生命力を確実に削っていく。

「やめてぇ……やめて……ください……」

 女は、自分が何故このような目に合わなければいけないのか皆目見当もつかず、ただ訳も分からずに相手への許しを請い始めていた。

【ググ……クシャァァ】

 女の訴えを煩わしいとでも言うように、一本の触手が女の口に入り込む。

「んご……ぐぉ……ぐぼ……おぅ……おぅ」

 声を上げる自由も奪われ、止め処もなく流れ続ける涙だけが、女の唯一の訴え。

 触手は容赦なく喉に侵入して食道を通り、女を肉体の内側から犯していく。

 異形はなおも女を責め続け、女は幾度も幾度も主人の姿を脳裡に焼きつけることで、意識を保とうとしていた。

 血のように紅く染まっている満月の下。地獄のような時間は延々と続き、いつ果てるとも知れない。



「つむぎは……まだ、帰ってきていないのかね」

 館の居間。豪勢な椅子に腰を掛けている恰幅の良い男が、傍らで給仕をしていたメイド長に声をかけた。

 メイド長が館の主である男の方へ振り向く。かけられた眼鏡のレンズが、シャンデリアの光を反射し、煌びやかな光沢を放っている。

「はい。……あれから、何の連絡も入っておりません」

「ふぅぅん。そうか……」

 やれやれ、どこで道草を食っているのか……そうぼやきながら、館の主は自らの頭部をぼりぼりと掻いている。

「今夜は……いかがなさいますか?」

 メイド長の問い。その言葉の意味が、館の主にはよくわかっていた。

「そうだな。今度入った若い娘……あの、誰だったかなぁ」

姫岸ひめぎし小夜子さよこ、ですか」

「そう、さよこだ」

「申し訳ございませんが、姫岸はまだ十分な教育を受けておりませんので。……他の娘でしたら」

「……ふぅむ、そうか。まだ、未調教か」

 主の言葉に、メイド長がわざとらしくコホンと咳ばらいをする。主も、自分の言葉の品の無さに気づいたのか、少し喉を鳴らしながら、襟を正すような仕草をした。

「では、ちぎり……契に声をかけておいてくれ」

「かしこまりました」

 メイド長は深々と辞儀をし、食器を乗せた盆を持って部屋を出ていった。

 主は椅子にもたれかかったまま、窓から覗いている月を眺める。月は綺麗な円を描いており、赤く輝いていた。

「赤い満月、か。綺麗じゃないか。……良い夜になりそうだな」

 主はそう言いながら、満足気な笑みを浮かべていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件

こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。

クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について

沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。 かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。 しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。 現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。 その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。 「今日から私、あなたのメイドになります!」 なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!? 謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける! カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...