祓魔師 凛冴

来星馬玲

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鬼峰家の血筋

少女と猫

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 地元の有力者である鬼峰きぼう家。その鬼峰きぼう家の館に続く山間の道路上にて、館で住み込みで働いていた女性の遺体が発見された。最初にその亡骸を見つけたのは、館へ向かう途中だったトラックの運転手である、配達業者の男だった。

 女性の名前は、かわつむぎ。十九歳であり、一か月後にはニ十歳を控えていた。

 六年前の大規模な土砂災害――あの大事故の際に、つむぎは身寄りをなくしている。その後、鬼峰家の当主、鬼峰きぼう肇慶としみちに拾われる形で館の専属のメイドになった。つむぎは、肇慶としみちから実の娘のように可愛がられていたという。

 つむぎの葬儀は鬼峰家で執り行われた。外部から人を呼ぶこともなく、実に簡素なものだ。つむぎの遺体は、鬼峰家の管理する墓所の隅に埋葬された。

 以上が現在公開されている情報であるが、つむぎの死因が極めて異常な状況であったことに関しては公表を差し止められており、真相を知る者は極わずかだ。

 つむぎは全裸のまま路上に倒れており、四肢が切断されていた――発見者はそう証言していたが、実際に警察の捜査班が調べてみると、何か万力のようなもので縛り上げ、力任せに引きちぎられた、としか思えない有様だった。

 そのうえで、巨大な棒状の物体を口の膣と肛門から無理矢理挿入され、内臓が滅茶苦茶に引きずり出されているという様相だ。

 特に腹部の損傷が激しく、原形のとどめていない肉塊が周囲に散乱していた。まるで、内部から押し出したようだった。

 その中で、何故か子宮だけは綺麗にくり抜かれ、数十メートル離れた先のガードレールの下に転がっていた。子宮は得体の知れない青いゼリー状の半固形で覆われており、異様なことに、ゼリー状の物体は生生き物の様に脈打っていたという。

 痴情のもつれ……と片付けるには、あまりにも異質な事件だった。そもそも、到底人間技とは思えない――当事件を担当している巡査部長、沖島おきしまひかるは頭を悩ましていた。

 それに、現当主……鬼峰きぼう肇慶としみちのあの態度。肇慶もあの大事故で家族を失っていたが、同じ境遇の縁もあって娘同様に可愛がっていたというつむぎが惨い殺され方をされたというのに、顔色一つ変えず、警察の取り調べにも淡々と接していた。

 おまけに、警察署の本部までが、今回の事件への深入りを警戒しているらしい。これも過去の事件と関りがあるのでは……と、輝は勘ぐっていた。

 輝は部下たちと共に、館近隣の捜査に当たっていた。館の内部も調べていたが、大した成果は得られていない。

 館が管理している敷地地内にある東屋で、近くの街のコンビニで買った弁当を取り出し、昼食をとる輝。昼食といっても、時刻は既に十六時を過ぎており、日は陰りを見せている。

 一緒に休憩している巡査の藤樹ふじぎ啓多けいた……彼の顔を見やる輝は、そのやつれ具合もまた、輝自身の心情を表している写し鏡である気がしてならなかった。

「あれだけ派手にやられているのに手掛かり無しなんて、腑に落ちないですね」

 啓多がおもむろに言う。輝は「ああ」とだけ相槌をうつ。

(まるで上司にも邪魔されている、この状況ではな……)

 警部からも、安易に深入りはするなと仄めかされていた。それを思うだけで、輝の表情は苦々しいものになる。

 鬼峰家の誰かが事件に関与している――その可能性が高いと、輝は考えていた。

 誰かがこちらに向かって駆けてくる足音。見ると、実質的に巡査長の地位にある太田おおたみのるの姿があった。

「部長、ちょっとよろしいですか?」

 登の言葉に、輝は訝し気な表情を向ける。

「どうした、太田」

「敷地内に入れてくれって人が来ていましてね。どうも学生らしくて、猫まで連れ歩いているんですよ」

(学生、それに猫だと? 意味の分からないことを言うな……)

 輝は露骨に顔をしかめた。

「……なんだ、このクソ忙しい時に。帰ってもらえ……」

 輝はそう言いかけたところで、登の背後に立っている女性の姿に目を留める。

「あんた……」

 どこかの学院のセーラー服を着た、少女の姿。後ろに伸ばされたカラスの濡れ衣のような黒い長髪が、風に揺れている。……登の話していた猫の姿とやらは、無い。

(近くの学生じゃないな……何者なんだ? この女)

 凛とした顔つきは、年の頃の割に大人びた印象がある。澄んだ青みがかった瞳と視線を合わせると、まるでこちらの心が深い穴の底に吸い寄せられているような感じがして、輝は眩暈を覚えた。

「あ、こら。勝手に入ってきちゃダメだってば!」 

 登が少女に対して、叱るように言う。登の声で、輝の思考は中断された。

「ほらほら、帰った帰った」

 登はそう続けたが、少女はそれを無視して輝の方に歩み寄ってきた。

「この件を任されてきた、御津國みつくに凛冴りんひと言います。木地さんからも話は伺っています。よろしく、輝さん」

(輝さんだって? どうして、俺の名を……いや、それよりも)

 木地というのは、警部補の針生はりう木地きじのことだろう。輝にとっては直属の上司であり、警部との板挟みで苦労している管理職であった。

 見ず知らずの少女が木地のことを知っているのも不思議な話であったが、何より不可解なのは、このような少女が事件の捜査を任されてきたとか言う話しだ。

 凛冴と名乗る、少女の瞳……輝はそれを見ていて、何故だか少女が嘘をついているとは思えなかった。だが、すぐに信じるわけにもいかない。

「任されてきた……だと? 一体、何者なんだ、きみは」

「木地さんと連絡を取ってください。それだけで、わかるはず。……では」

 言い終わると、さっと後ろに振り返り、屋敷の方へ向かって、迷いのない足取りで歩いていく凛冴。

「あ、こら、きみ!」

 登が叫び、凛冴の後を追う。

 一連の様子を茫然と眺めていた啓多が、傍らで立ち尽くしている輝に話しかける。

「……針生警部補と、話しをつけてきたって言ってましたよね。本当なのでしょうか?」

「さあな、到底信じられはしないが」

 言いよどむ、輝。

(だが……確認くらいはしておくか)
 
 輝は懐から愛用の携帯電話を取り出した。

(余計な手間を取らせるなって、怒られるかもしれないがなぁ……)

 そう思いながらも、輝は憑かれたように気の抜けた表情のまま、上司の携帯の電話番号を入力していた。



 学生服を着た少女、凛冴。彼女は屋敷の正面玄関の前に立ち、冷めた目で屋敷を見上げていた。

 横の花壇の向こうには庭園が広がっており、その中空を舞っていた一匹の青い蝶がひらひらと凛冴の傍らに近づいてきた。

 蝶が、その場で立ち尽くしている凛冴の肩にそっと止まる。蝶ははたはたと動かしていた羽の動きをピタリと止め、自らの身体を休めた。

 凛冴は口元を崩し、微かな笑みを浮かべる。彼女がこの館に訪れてから、初めての表情の変化であった。

「おーい」

 後ろから駆けてくる登。登が凛冴のすぐ傍まで来たところで、蝶がさっと飛び立ち、離れていった。凛冴の表情が、元に戻る。

「全く、いつの間にこんなところに……すばしっこいなぁ、きみ」

 先ほど、凛冴はただ歩いて立ち去っていた。それを見失ってしまうというのが、登には不思議でならなかった。

「……さあ、帰った帰った。ここはね、見世物じゃあないんだよ」

 登が動こうともしない凛冴の腕を掴む。凛冴は冷たい眼差しで、登を見返した。

「さっき、話したはず。……私は、請け負った仕事でここに来ています」

「あんたねぇ、ふざけるのも大概に……」

 不意に、玄関の扉がキーっと音を立て、ゆっくりと開かれた。中から現れたのは、館のメイド長だった。

「あ……これはどうも」

 登は思わず一礼をしていた。登はメイド長の眼鏡を通した先にある理知的な瞳に見つめられ、少し照れた様子だった。

 メイド長が少女の方へ向き直る。

「あなたが……凛冴さん、ですね」

「はい」

 凛とした受け答え。メイド長が小さく頷き返した。

「刑事さん、凛冴さんの仰っていることは本当です。彼女をここに呼んだのは、他でもない、この私ですので」

「え? ……あ、はあ」

 登は、この状況への理解が追いつかず、困惑してしまう。

 メイド長はそんな登に構うことなく、凛冴に向かって、話を続ける。

「お待ちしておりました。私は、当館のメイドたちを仕切っている、佛木ほてぎ杏樹あんじゅと申します。以後、お見知りおきを」

「……宜しく」

 凛冴のぶっきらぼうな物言いに、登はまるで他人事とも思えずに、どぎまぎしてしまう。

「さあ、お上がりください。どうぞ、こちらへ……」

 杏樹の案内に従い、凛冴は館の中へ足を踏み入れた。

(……どうなっているんだ? 一体)

 登は訳も分からず、その場に立ち尽くしていた。



「凛冴さま、どうぞお召し上がりください」

 一人のメイドが、テーブルの前に腰を下ろしている凛冴の前に、白い皿に乗っているショートケーキを置き、傍らのティーカップに紅茶を注ぐ。

「御用の際は、いつでもお呼びくださいね。では……」

 メイドは深々と辞儀をすると、そのまま立ち去ろうとした。

「待って」

 去り際の背中越しに声をかけられ、メイドが足を止めた。メイドの綺麗に結わえられたバードテールの髪が、自らの肩に当たる。

「はい? なんでしょうか」

 メイドの問いに、凛冴が応える。

「あなた……名前は、何といいますか?」

「……はい、ちぎり、と言いますけど」

「そう……」

 凛冴は少しだけ考え込むようなそぶりを見せてから、話し続ける。

「ちぎりさん、気をつけてください。あなたにも……影が取りついていますので」

「かげ……が?」

 契と名乗ったメイドは、凛冴に対して気味の悪いものを感じた。

 凛冴は席から立ち上がり、契に歩み寄る。

「……何かあったら、呼んでください。これ、渡しておきますから」

 凛冴はそう言って、契に手のひらに収まるほどの大きさの、小袋を手渡した。

 渡された小袋を、訝し気に見つめる契。

「あの……これは?」

「お守りです。危険が迫った時は、これに祈ってください。すぐ、助けに参りますので」

「は、はあ……? ありがとう、ございます」

 なにか、不気味なものを感じ取った契はそそくさと立ち去った。凛冴は、去っていくメイドの後ろ姿をずっと見守っていた。

《さっきの子、あんたの話を全然信じちゃあいないようだねぇ》

 凛冴の頭の中に直接響いてくる声。年を得た女性を思わせる声色だった。

「アイネ、居たの」

 凛冴は自分がいる客室と面している窓の外を見やる。そこには、一匹の三毛猫の姿があった。

《ずっとこの屋敷の周辺を散歩がてらに調べていたよ。……なかなか面白いところじゃあないか》

「アイネにとっての面白いって言うのは、きな臭い意味だと受け取っておくよ」

《はん。相変わらず、生意気なくらい物わかりの良いことだねぇ》

「……アイネ、今回の件、やはり魍魎が関わってる。……あの契って子を見て、確信できた」

《そうだろうね》

「魍魎は、人間の肉体を介して現世に再臨することが目的のはず。……それが、やっていることは、ただの愉快犯と変わらない。どういうことなの?」

《さあてねぇ。案外、つむぎって娘が好みだったから襲ってはみたけど、犯してみたらタイプじゃなかった……というだけの話かもしれないしね》

 凛冴の目つきが、僅かに歪められる。

「アイネ、はぐらかさないで」

《それを言ったら、あたしだって魍魎なんだけどね。人間が自分以外の人間の心が読めないくらいには、あたしにも連中のやっていることなんて理解できっこないねぇ》

 三毛猫はピンと立てた尾を凛冴の方へ向け、庭園の向こうへ歩き始めた。

「待って、アイネ。まだ話したいことが……」

《もうしばらくは、この辺を散策しているよ。……そうそう、近隣の魍魎どもが、あんたの霊力を警戒してざわめいていたよ。精々……気をつけな》

 三毛猫の姿はすぐに見えなくなった。凛冴は小さくため息をつき、席に戻る。

(魍魎……何故、あなたたちは人の心をこうも弄ぶ)

 凛冴は与えられたフォークを使ってショートケーキを一口大に切り取り、そっと口へ運んだ。

 ケーキは甘く、蠱惑的な味がした。
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