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鬼峰家の血筋
小さな夜明け
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ドレープカーテンの隙間からレース越しに入ってくる日差しを受け、小夜子は目を覚ました。陽の光に当たっているうちに、朦朧としていた意識がはっきりしたものになっていく。
上体を起こし、大きく伸びをする。小夜子は光の筋の中に浮かんでいる塵を見つめて、これから始めなければならない仕事のことを思った。
ベッドから足を踏み出し、立ち上がる。そのまま隣のベッドに視線を向けた。同じ相部屋で寝泊まりをしている契の寝顔がそこにある。
契は大分疲れている様子だ。昨晩はとても遅い時刻になってから戻ってきたので、契がやり残していたと言う仕事で忙しかったのだろう――小夜子はそう考えていた。
小夜子と契は小学生の頃からの親友同士で、それを汲んでくれた館の当主の鬼峰肇慶が、二人を同室に割り当ててくれた。小夜子は当主の好意にとても感謝している。
小夜子は寝巻きから着替え、鏡を見ながら愛用のブラシを使って寝ぐせの残っている髪を整えた。
朝の身支度を進めている間も、契は横になったままだった。小夜子はちらりと掛け時計を見やる。
(そろそろ起こさないと……杏樹さん、怒らせると怖いからな)
メイド長の杏樹は時間に関しては特に厳格だ。疲労の取れていない契の安眠を妨げるのは気が引けたが、そのために契が叱られてしまっては本末転倒だった。
「契。ほら、朝だよ」
なるべく契に負担をかけないように、肩の辺りを優しくさする。契は「うーん」と小さな声を出して、瞼を薄っすらと開けた。
「ちぎり……」
小夜子はふと、異変に気づいた。妙に温かい。契の顔をよく見ると、赤くて熱っぽく、だらだらと汗をかいている。
小夜子は汗で湿っている契の額に手を当てた。案の定、契は高い熱を出していた。
「契、熱があるじゃない」
契は焦点の定まらない視線を彷徨わせて、契を心配して覗き込んでいる小夜子の顔を見やる。暫しの間、口を半開きにしたまま眼をしばたかせていたが、やがて無言で上体を起こした。
「あ、契。寝てなきゃだめだよ」
まるで子供をあやすように、優しく語り掛ける小夜子。契はかぶりを振った。
「駄目……お仕事、始めなきゃ……怒られちゃう」
「そんな状態じゃ、無理だよ。杏樹さんには私から言っておくから、ね?」
「でも……」
その後も、契は子供のようにいやいやをしたが、何とか小夜子が踏み止まらせた。契は抵抗する気力も無くなったらしく、そのまま横になった。
それから小夜子は契のために水を入れたやかんをガスコンロに乗せてお湯を沸かし、出来上がった白湯をポットがいっぱいになるまで入れ、その湯で湿らせた温かいおしぼりを契の額の上に乗せてやる。
「喉、痛い?」
小夜子の問いに、契は小さく「うん」と頷いた。
「蜂蜜……残ってたかな」
冷蔵庫を開けると、中ぐらいのビンの底の方で固まっている蜂蜜が目につく。おあつらえ向きに、レモン汁も並んでいる。
(あ、ショウガが無い……この前の買い出しで、補充しておけば良かったなぁ)
小夜子は銀のスプーンで蜂蜜をすくうと、それを白いマグカップの中に入れてから白湯を注いだ。さらにレモン汁を数滴たらしてから、銀のスプーンでじっくりとかき混ぜる。
「あとで台所に寄って、新鮮な果物もなにか分けてもらおう。契、キウイ、好きだったよね」
小夜子はベッドの横のナイトテーブルを契の方に近づけ、卓上に蜂蜜とレモンを溶かした湯のマグカップと空の湯呑みの乗っている盆、白湯の入ったポットを置いた。
「私はもう行くけど、何かあったらいつでも呼んでね。ほら、呼び鈴もここにあるから」
小夜子はそう言いながら、ナイトテーブルの上に電動式の呼び鈴を置いた。
「うん……ありがとう」
契は布団にくるまったまま呟いた。
「時々、様子も見に来るから。今日は一日、安静にしていてね」
「うん」
身支度を終えた小夜子。契をこのまま部屋に残しておくのは名残惜しかったが、再度契を宥めるように声をかけて、相手の返事を確認してから、ゆっくりと部屋を出ていった。
小夜子が部屋を出ていってから、五十分ほど経過した頃。ひと眠りしていた契が目を覚ました。
契はぼんやりと天井を見つめている。外から、雀のチュンチュンという鳴き声が聴こえてきた。契は鳥が大好きで、よくこういった日常の音色にも聴き入っていたものであるが、今の契には、何の感情も沸いてこなかった。
先ほどまでは弱々しかった日差しが少し強まり、部屋の中の温度も上がってきた。契は熱さを感じ、毛布を足元に押し出した。
「…………」
契の口元が僅かに動いたが、それは何の言葉も紡がなかった。契は布団から上体を起こして、陽の光で明るくなっている窓の外をじっと見つめた。
「朝だ……もう、起きないと……」
ベッドから足を踏み出し、立ち上がる。直後、契は立ちくらみを感じてふらふらと倒れそうになり、ベッドのヘッドボードに掴まって己の身体を支えた。
「あれ……? さよこ、いないの?」
訝し気に部屋を見回す、契。ふと、ナイトテーブルの上にあるマグカップと湯のみに目を留める。契はマグカップに口をつけておらず、中の蜂蜜レモンを溶かした湯は冷めていた。
「あ……そっか。小夜子が置いていってくれたんだった」
朧げな記憶を辿り、今朝のことを思い出す。契はぼーっとした頭のまま、マットレスの上に腰を落とした。
「今日は……このまま……休んでいないといけないのか」
何をするでもなく、足を浮かせ、ブラブラさせる。ちらりと時計を見ると、出勤時間を一時間も過ぎている。その刹那、契は驚いて飛び出そうとしたが、自分は休まされているのだと思い出し、気を落ち着かせる。
契はナイトテーブルに手を伸ばし、マグカップを持ち上げた。薄れていた感情を少しでも呼び覚まして、小夜子の好意を想う。
「さよこ……ありがと」
そっと口に運ぶ。大分ぬるくなっている。
「冷えちゃった」
小夜子は今頃どうしているのだろうか――契は一抹の寂しさを覚え、身体を小さく震わせた。
何気なく、窓越しに庭を見る。よく手入れの行き届いた庭木の緑が鮮明に映った。
その庭を横切る、一つの影。
「猫?」
それは大人の三毛猫だった。長い尻尾を垂らしたままのそのそと歩いている。
三毛猫は窓から見える風景の中央を過ぎた辺りで、足を止めた。
こちらを見ている三毛猫。契は三毛猫と眼を合わせたまま、釘付けになっていた。
部屋の中の空気が澱んだ気がする。契は喉に違和感を覚え、ゴホゴホと咳き込んだ。契はナイトテーブルに常備されているティッシュ箱に手を伸ばし、口元を覆った。
【どうした? こんなところで、何をしている?】
頭の中で誰かの声が反響した。最近、時々聴こえる幻聴だ――契はそんな風に考えていた。
(休んでる。熱、出たから)
【いつまでも、人の足手まといになっていても良いのかい? きみはそれで主に必要とされているのか?】
(えっと……)
心なしか、熱が引いていったような気がする。契は一つの決心をした。
(働かなきゃ。こんな不器用な私を拾ってくれた旦那様のためにも)
三毛猫がさっと駆けだした。
「あ……」
三毛猫は視界から消えてしまった。
凛冴は気配を押し殺したまま、館の周囲に広がる庭を散策していた。それは彼女が身につけている技能であり、無意識のうちに行使している。
凛冴には一つ気がかりなことがあった。
(契は無事だったみたい。でも)
昨晩、館の当主の肇慶が契を連れ立って入っていった部屋。その部屋の庭に面している窓のすぐ前にまで来て、疑念の出どころがわかった。
(……こんなところに)
地面に落ちていた物を掴み、拾い上げる。それは藍色の小袋で、契に手渡したお守りだった。
(霊力が消えかかっている?)
凛冴は不吉な予感を覚えた。
契に感じた影。それと酷似している、肇慶の周りに漂う気配。既に、魍魎が館の内部で暗躍をしているのは間違いない。
凛冴は部屋の中を覗き込んだ。中では館のメイドが掃除をしており、すぐ傍に凛冴がいるのに気づいている様子もない。
「あ、いたいた」
背後から聞こえた男の声。振り返ると、そこには昨日会った刑事――沖島輝の姿があった。
「探しましたよ、御津國さん」
輝は少し息を切らしている様子であり、大きく呼吸を繰り返していた。
「何か、ご用でしょうか?」
凛冴の問いに、輝は呼吸を整えてから答える。
「あれから、針生さんと連絡を取りましてね。あなたの仰る通りでしたよ」
「そうですか」
凛冴は警部補の針生木地とは既に話を通してあり、木地は凛冴の仕事にも深い理解を示していた。
「昨日は本当にすみません。まさか、あなたがそんな凄い方だなんて思いもよらなくて」
「いいえ、私はまだ場数を踏んでいない未熟者ですので……」
凛冴は謙遜ではなく、本心からそう思っていた。現に契の一件がそれを物語っている――そう、自覚していた。
「針生さんが太鼓判を押すほどの方です。我々に協力できることがあれば、何でも仰ってください」
輝の声は快活で親しみやすかった。その後、凛冴は輝の差し出した手を握り、両者は固く握手をする。
「はい、こちらこそ、宜しくお願いします」
針生木地は部下からとても慕われているらしい。実際、凛冴から見ても頼もしい人柄に思えたものであり、話しを上手く伝えてくれた木地に対して、感謝の念も覚えていた。
暫しの間、凛冴と輝は庭を歩きながら館の領内を見て廻っていた。凛冴は昨日の今日で館の地形をすっかり覚えており、凛冴の呑み込みの速さに輝は驚きを隠せないでいた。
「いやはや、それにしても現場ではここ数日間何の進展もないままでして。館の内部も色々と調べさせてもらっているんですがね……」
凛冴にとっては、取り留めもない会話だった。
「鬼峰さんも、協力はしてくれているんですけどね。ただ、何というか……娘同然の子があんなことになったというのに、顔色一つ変えないのが……」
そこまで話したところで、輝は思わず口を閉じた。うっかり、当主の悪口になるような話題を凛冴に振ってしまった――そう、後悔していた。
「……おや?」
庭を足早に通り過ぎていく、一匹の三毛猫。輝はそれを不思議に思う。
「この館に、猫なんていたのか?」
ふと、思い出されるのは、部下の登が言っていた話。凛冴は猫を連れていたというが。
「御津國さん……」
輝はそう言いかけて、凛冴の姿が見えないことに気づく。
「あれ? 御津國さん?」
周囲を見回すが、凛冴の姿は忽然と消えており、三毛猫もいなくなっていた。
やがて、輝は諦めた様子で肩を落とした。すっかり脱力している。
「やれやれ。本当に、上手くやっていけるのだろうか」
輝は深いため息を吐いていた。
上体を起こし、大きく伸びをする。小夜子は光の筋の中に浮かんでいる塵を見つめて、これから始めなければならない仕事のことを思った。
ベッドから足を踏み出し、立ち上がる。そのまま隣のベッドに視線を向けた。同じ相部屋で寝泊まりをしている契の寝顔がそこにある。
契は大分疲れている様子だ。昨晩はとても遅い時刻になってから戻ってきたので、契がやり残していたと言う仕事で忙しかったのだろう――小夜子はそう考えていた。
小夜子と契は小学生の頃からの親友同士で、それを汲んでくれた館の当主の鬼峰肇慶が、二人を同室に割り当ててくれた。小夜子は当主の好意にとても感謝している。
小夜子は寝巻きから着替え、鏡を見ながら愛用のブラシを使って寝ぐせの残っている髪を整えた。
朝の身支度を進めている間も、契は横になったままだった。小夜子はちらりと掛け時計を見やる。
(そろそろ起こさないと……杏樹さん、怒らせると怖いからな)
メイド長の杏樹は時間に関しては特に厳格だ。疲労の取れていない契の安眠を妨げるのは気が引けたが、そのために契が叱られてしまっては本末転倒だった。
「契。ほら、朝だよ」
なるべく契に負担をかけないように、肩の辺りを優しくさする。契は「うーん」と小さな声を出して、瞼を薄っすらと開けた。
「ちぎり……」
小夜子はふと、異変に気づいた。妙に温かい。契の顔をよく見ると、赤くて熱っぽく、だらだらと汗をかいている。
小夜子は汗で湿っている契の額に手を当てた。案の定、契は高い熱を出していた。
「契、熱があるじゃない」
契は焦点の定まらない視線を彷徨わせて、契を心配して覗き込んでいる小夜子の顔を見やる。暫しの間、口を半開きにしたまま眼をしばたかせていたが、やがて無言で上体を起こした。
「あ、契。寝てなきゃだめだよ」
まるで子供をあやすように、優しく語り掛ける小夜子。契はかぶりを振った。
「駄目……お仕事、始めなきゃ……怒られちゃう」
「そんな状態じゃ、無理だよ。杏樹さんには私から言っておくから、ね?」
「でも……」
その後も、契は子供のようにいやいやをしたが、何とか小夜子が踏み止まらせた。契は抵抗する気力も無くなったらしく、そのまま横になった。
それから小夜子は契のために水を入れたやかんをガスコンロに乗せてお湯を沸かし、出来上がった白湯をポットがいっぱいになるまで入れ、その湯で湿らせた温かいおしぼりを契の額の上に乗せてやる。
「喉、痛い?」
小夜子の問いに、契は小さく「うん」と頷いた。
「蜂蜜……残ってたかな」
冷蔵庫を開けると、中ぐらいのビンの底の方で固まっている蜂蜜が目につく。おあつらえ向きに、レモン汁も並んでいる。
(あ、ショウガが無い……この前の買い出しで、補充しておけば良かったなぁ)
小夜子は銀のスプーンで蜂蜜をすくうと、それを白いマグカップの中に入れてから白湯を注いだ。さらにレモン汁を数滴たらしてから、銀のスプーンでじっくりとかき混ぜる。
「あとで台所に寄って、新鮮な果物もなにか分けてもらおう。契、キウイ、好きだったよね」
小夜子はベッドの横のナイトテーブルを契の方に近づけ、卓上に蜂蜜とレモンを溶かした湯のマグカップと空の湯呑みの乗っている盆、白湯の入ったポットを置いた。
「私はもう行くけど、何かあったらいつでも呼んでね。ほら、呼び鈴もここにあるから」
小夜子はそう言いながら、ナイトテーブルの上に電動式の呼び鈴を置いた。
「うん……ありがとう」
契は布団にくるまったまま呟いた。
「時々、様子も見に来るから。今日は一日、安静にしていてね」
「うん」
身支度を終えた小夜子。契をこのまま部屋に残しておくのは名残惜しかったが、再度契を宥めるように声をかけて、相手の返事を確認してから、ゆっくりと部屋を出ていった。
小夜子が部屋を出ていってから、五十分ほど経過した頃。ひと眠りしていた契が目を覚ました。
契はぼんやりと天井を見つめている。外から、雀のチュンチュンという鳴き声が聴こえてきた。契は鳥が大好きで、よくこういった日常の音色にも聴き入っていたものであるが、今の契には、何の感情も沸いてこなかった。
先ほどまでは弱々しかった日差しが少し強まり、部屋の中の温度も上がってきた。契は熱さを感じ、毛布を足元に押し出した。
「…………」
契の口元が僅かに動いたが、それは何の言葉も紡がなかった。契は布団から上体を起こして、陽の光で明るくなっている窓の外をじっと見つめた。
「朝だ……もう、起きないと……」
ベッドから足を踏み出し、立ち上がる。直後、契は立ちくらみを感じてふらふらと倒れそうになり、ベッドのヘッドボードに掴まって己の身体を支えた。
「あれ……? さよこ、いないの?」
訝し気に部屋を見回す、契。ふと、ナイトテーブルの上にあるマグカップと湯のみに目を留める。契はマグカップに口をつけておらず、中の蜂蜜レモンを溶かした湯は冷めていた。
「あ……そっか。小夜子が置いていってくれたんだった」
朧げな記憶を辿り、今朝のことを思い出す。契はぼーっとした頭のまま、マットレスの上に腰を落とした。
「今日は……このまま……休んでいないといけないのか」
何をするでもなく、足を浮かせ、ブラブラさせる。ちらりと時計を見ると、出勤時間を一時間も過ぎている。その刹那、契は驚いて飛び出そうとしたが、自分は休まされているのだと思い出し、気を落ち着かせる。
契はナイトテーブルに手を伸ばし、マグカップを持ち上げた。薄れていた感情を少しでも呼び覚まして、小夜子の好意を想う。
「さよこ……ありがと」
そっと口に運ぶ。大分ぬるくなっている。
「冷えちゃった」
小夜子は今頃どうしているのだろうか――契は一抹の寂しさを覚え、身体を小さく震わせた。
何気なく、窓越しに庭を見る。よく手入れの行き届いた庭木の緑が鮮明に映った。
その庭を横切る、一つの影。
「猫?」
それは大人の三毛猫だった。長い尻尾を垂らしたままのそのそと歩いている。
三毛猫は窓から見える風景の中央を過ぎた辺りで、足を止めた。
こちらを見ている三毛猫。契は三毛猫と眼を合わせたまま、釘付けになっていた。
部屋の中の空気が澱んだ気がする。契は喉に違和感を覚え、ゴホゴホと咳き込んだ。契はナイトテーブルに常備されているティッシュ箱に手を伸ばし、口元を覆った。
【どうした? こんなところで、何をしている?】
頭の中で誰かの声が反響した。最近、時々聴こえる幻聴だ――契はそんな風に考えていた。
(休んでる。熱、出たから)
【いつまでも、人の足手まといになっていても良いのかい? きみはそれで主に必要とされているのか?】
(えっと……)
心なしか、熱が引いていったような気がする。契は一つの決心をした。
(働かなきゃ。こんな不器用な私を拾ってくれた旦那様のためにも)
三毛猫がさっと駆けだした。
「あ……」
三毛猫は視界から消えてしまった。
凛冴は気配を押し殺したまま、館の周囲に広がる庭を散策していた。それは彼女が身につけている技能であり、無意識のうちに行使している。
凛冴には一つ気がかりなことがあった。
(契は無事だったみたい。でも)
昨晩、館の当主の肇慶が契を連れ立って入っていった部屋。その部屋の庭に面している窓のすぐ前にまで来て、疑念の出どころがわかった。
(……こんなところに)
地面に落ちていた物を掴み、拾い上げる。それは藍色の小袋で、契に手渡したお守りだった。
(霊力が消えかかっている?)
凛冴は不吉な予感を覚えた。
契に感じた影。それと酷似している、肇慶の周りに漂う気配。既に、魍魎が館の内部で暗躍をしているのは間違いない。
凛冴は部屋の中を覗き込んだ。中では館のメイドが掃除をしており、すぐ傍に凛冴がいるのに気づいている様子もない。
「あ、いたいた」
背後から聞こえた男の声。振り返ると、そこには昨日会った刑事――沖島輝の姿があった。
「探しましたよ、御津國さん」
輝は少し息を切らしている様子であり、大きく呼吸を繰り返していた。
「何か、ご用でしょうか?」
凛冴の問いに、輝は呼吸を整えてから答える。
「あれから、針生さんと連絡を取りましてね。あなたの仰る通りでしたよ」
「そうですか」
凛冴は警部補の針生木地とは既に話を通してあり、木地は凛冴の仕事にも深い理解を示していた。
「昨日は本当にすみません。まさか、あなたがそんな凄い方だなんて思いもよらなくて」
「いいえ、私はまだ場数を踏んでいない未熟者ですので……」
凛冴は謙遜ではなく、本心からそう思っていた。現に契の一件がそれを物語っている――そう、自覚していた。
「針生さんが太鼓判を押すほどの方です。我々に協力できることがあれば、何でも仰ってください」
輝の声は快活で親しみやすかった。その後、凛冴は輝の差し出した手を握り、両者は固く握手をする。
「はい、こちらこそ、宜しくお願いします」
針生木地は部下からとても慕われているらしい。実際、凛冴から見ても頼もしい人柄に思えたものであり、話しを上手く伝えてくれた木地に対して、感謝の念も覚えていた。
暫しの間、凛冴と輝は庭を歩きながら館の領内を見て廻っていた。凛冴は昨日の今日で館の地形をすっかり覚えており、凛冴の呑み込みの速さに輝は驚きを隠せないでいた。
「いやはや、それにしても現場ではここ数日間何の進展もないままでして。館の内部も色々と調べさせてもらっているんですがね……」
凛冴にとっては、取り留めもない会話だった。
「鬼峰さんも、協力はしてくれているんですけどね。ただ、何というか……娘同然の子があんなことになったというのに、顔色一つ変えないのが……」
そこまで話したところで、輝は思わず口を閉じた。うっかり、当主の悪口になるような話題を凛冴に振ってしまった――そう、後悔していた。
「……おや?」
庭を足早に通り過ぎていく、一匹の三毛猫。輝はそれを不思議に思う。
「この館に、猫なんていたのか?」
ふと、思い出されるのは、部下の登が言っていた話。凛冴は猫を連れていたというが。
「御津國さん……」
輝はそう言いかけて、凛冴の姿が見えないことに気づく。
「あれ? 御津國さん?」
周囲を見回すが、凛冴の姿は忽然と消えており、三毛猫もいなくなっていた。
やがて、輝は諦めた様子で肩を落とした。すっかり脱力している。
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