祓魔師 凛冴

来星馬玲

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鬼峰家の血筋

奇妙な庭師

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 時刻は正午を過ぎた頃。鬼峰の館の中では、複数人のメイドたちが至る所で慌ただしく右往左往していた。急な来客があったのだ。

 メイドたちの日課となっている午前中の掃除はあらかた終わっていたが、杏樹の子飼いの三人のメイドが厳しい目を光らせ、各所の点検を行っている。

 小夜子もまた、客室に並べる食事の用意に従事していた。館の料理を取り仕切っている腕利きの調理師長、枦木はしき英二えいじの指示のもと、来客へ出すための料理が作られていたが、経験の浅い小夜子の場合は、専ら食材や料理の運搬と食器洗いを任されている。

 今、小夜子の運んでいるのは新鮮なシタビラメにじっくりと味付けをしたムニエルで、古風な西洋の城の風景が描かれている白色の陶器皿の上に乗せてあった。

 いつもなら、自らが口にすることの滅多にない料理の香りを嗅げるこの時が、小夜子にとっては小さな幸福を感じるひと時であった。だが、今の小夜子にはそうした心的余裕などはない。

 契はあれから姿を見せていなかった。杏樹に聞いて契の安否を確かめたかったが、この状況では声をかけることも憚られた。

 小夜子は魚の白身を見つめながら、調理場から持ち出したキウイフルーツの切り身のことを思い起こす。契が特に好きだった、鮮やかな黄色のゴールデンキウイ。一応、英二の許可を貰っていたが、他の者には黙っているようにとそれとなく言われていた。

 結局、契は相部屋に戻っていないので、そのキウイは誰も口にすることなく、あの部屋の冷蔵庫にしまったままになっている。小夜子は、新鮮さを失っていく果物が、とても寂しいものに思えた。

 小夜子の脇を、数人のメイドが通り過ぎていく。その慌ただしさに、はっとなる小夜子。玄関の方では既に来客を出迎える準備が終わっており、小夜子の仕事も後れを取るわけにはいかなかった。

 客人は喜先きさき土木どぼく工業こうぎょうの社長、尾田おだかい次郎じろう。既に六十歳を越えており、頭髪は半分がた白く染まっていたが、体格はがっしりとしていて精力的な印象がある。

 喜先きさき土木工業は、創立間もない頃から鬼峰家に重用されている株式会社だった。海次郎は先代の当主とは個人的な親交も深かったそうで、幼少期の肇慶のことを良く知っていたらしい。現在は上の立場である肇慶としても、失礼を働かないようにと注意しなければならない取引相手であった。

 館の玄関では、到着した海次郎を数人のメイドたちが出迎えており、内部の客室へと招き入れていた。海次郎は客室で待っていた肇慶と顔を合わせると、恭しく礼をした。肇慶もまた、一礼する。礼儀正しく振舞う海次郎と比べると、対する肇慶は服装こそ整えられていたが、人柄の為か幾分砕けた印象である。

「海次郎さん、まあそう固くならず、ごゆっくり寛いでください」

 肇慶は、海次郎に自分の向かい側の席へ座るよう促す。海次郎は丁寧に会釈しつつ、席に着いた。

 料理を乗せた盆を手にした複数人のメイドたちが、客室に入ってくる。その中には小夜子の姿もあった。

 小夜子が海次郎の座っている席の前に皿を置く。

「これはどうも」

 海次郎が温和な微笑を小夜子に向ける。小夜子は背中にむず痒いものが奔るのを感じて、無意識のうちに小さく身震いをしていた。

 暫しの間、向かい合っている肇慶と海次郎は料理を口に運んでいた。海次郎は急な予定変更で鬼峰家の館を訪れたので、先に昼食を取る暇もなかったのだという。それ故に、海次郎に出された食事はいつも以上に豪勢なものとなっていた。

「流石、鬼峰様の館の料理は絶品ですな。昼食を抜いてきたかいがあったくらいです」

 海次郎はそう言いながら、一つの料理を指し示していた。小夜子の持ってきた、ムニエルだった。

「それは卦田皮湾から直接仕入れたシタビラメですな。気にいって頂けて、何よりです」

 海次郎はにやにやしたまま、小夜子を見やった。先ほどまでの海次郎の礼儀正しいふるまいとは違う異質なものを感じて、小夜子は悪寒を覚えていた。

 小夜子を含めた四人のメイドたちは客室から退出することなく、テーブルから離れたところで横一列に並んでいる席に腰を下ろしていた。特に指示があったわけではないが、他の三人が当然の行動であるかのようにそこへ並んでいたので、小夜子も周りに合わせる形で一緒に座っている。

 小夜子は違和感を覚えていた。理解のできない指令によって自分と同僚たちが動かされているようで、意識が希薄になりつつある一方で、そんな自分を冷静に見ている人格が己の中で同居している。周囲が、異様な空気で満ちている気がする。

「では……肇慶様。さんふもと、旧木途もくずむらの開発計画の件ですが……」

 海次郎の発言を聞いて、小夜子は眼を見開いた。

木途もくずむら……あれは中止になったはずじゃ)

 木途もくずむら――それはかつて、鬼羅きらさんの下に広がっていた、まるで封建時代的で時代錯誤な印象のある村だった。だが、六年前に起こった土砂災害により、文字通り地図上から姿を消した。

 木途もくずむらでは、急な土地開発計画が進行していた。その計画の中心になって取り組んでいたのが喜先きさき土木工業であるのは、周辺の地域の住民であれば、だれでも知っている話だ。また、喜先きさき土木工業の支配株主が鬼峰家の当主であることも。

 災害当時、木途もくずむらは記録的な暴風雨に見舞われた。この異常気象が直接の原因であるとされているが、実際は喜先きさき土木工業の引き起こした過失による事故であったという噂もあり、喜先きさき土木工業も責任を追及された。結局、開発計画と災害の因果関係を証明するものは何一つ見つからず、捜査に当たっていた警察も完全撤退を余儀なくされるに至る。

 木途もくずむらの生き残りの中には、喜先きさき土木工業、及び開発を推進していた鬼峰家が大量殺人犯だと言って抗議する者もいた。しかし、不思議なことに、この騒ぎは急速に静まっていった。

 一時期は全国新聞でも大々的に取り上げられたほどであったが、今では、木途もくずむらという地域がつい最近まで存在していたと知っている人はほぼ近隣の地元民だけで、世間的には完全に忘れ去られてしまったと言ってよい。その地元民にしても、木途もくずむらの件を話したがらないし、記憶から消えてしまったように振舞っている。

 何かと黒い噂も絶えなかった鬼峰家であるが、現在は近隣の住民から深く慕われている。地域振興や街の復興に尽力した実績もあるが、それ以上の、崇拝に近い扱いを受けている。あの大災害の原因を鬼峰家が作ったなどと、誰も口が裂けても言えなくなっていたし、言おうとする者も現れなくなっていた。

 館に仕えているメイドたちも、各々が様々な事情を持ってここへ集ったが、皆が鬼峰家に心酔していた。小夜子もまた、その一人であったのだが――。

(どうしてだろう……何か、変な感じがする)

 心の隅で起こった疑念。小夜子は自分がどうして鬼峰家を訪れ、ここで働くようになったのかを反芻していた。

 小夜子は木途村の近隣の地域、尾田辺おだべというところで育った。片田舎であったが、バスに乗って一時間ほどかけなくては一番近くの学校へも通えないくらいで、他には特に不自由を覚えることもなく暮らしていた。

 その後、都会の高校に進学してからは初めての一人暮らしが始まった。最初は不安でいっぱいだったが、持ち前の人の好さもあって、すぐに周りと打ち解けた。

 二学年に上がった頃だった。実家からの急な呼び出し。帰ってみれば、父が蒸発していた。行方をくらました原因は分からず、母や隣人にも心当たりはないという話だ。

 母は、小夜子に地元に戻って、働いて欲しいと懇願した。アルバイトはしていたが、実家からの仕送りに頼っていた小夜子は断ることもできず、高校を中退することになってしまう。

 そもそも、働く当てなどあったのだろうか――そう思う間もなく舞い込んできたのは、鬼峰家の使用人としての勤務の誘い。その内容は、フィクションの中でしか知らなかった、絵に描いたようなメイド職だった。

 母は鬼峰家で働けるのはとても名誉なのだと太鼓判を押したが、当初の小夜子はあまり気が乗らなかった。小夜子は現代社会における「メイド」という概念に関して、自分にとって異質なものという認識を持っていたし、それこそ酷く封建的な印象を拭えない鬼峰家に仕えるのにも抵抗があった。

 小夜子の心境に変化が生じたのは、鬼峰家で先に働いている一人のメイド――契の存在を知ったのがきっかけだった。

 小夜子にとって、契は幼い頃からの親友で、小学校からの同級生だった。その後、中学でも一緒だったが、都会へ移り住むようになってからは顔を合わせる機会もなくなった。

 契とは登校時のバスでもいつも一緒に乗っていて、隣の席に座り、お喋りをしたり、窓の外を流れていく風景を二人で眺めていた――そんな記憶が、鮮明に蘇った。

 鬼峰家に迎え入れられた際、小夜子の抱えていた不安は一気に解消された。現当主の肇慶は、小夜子の目にとても好印象に映ったのである。契もまた、小夜子と共に働けることを喜び、小夜子も親友との再会と新たな生活を晴れ晴れとした心で迎えた。

 何時しか、小夜子は鬼峰家の一員として働く自分を誇らしく思っていた。鬼峰家は世間的にも顔の広い地元の名家で、様々な事業に関与する大富豪だ。給料も田舎の勤務職とは思えないほどの高給で、将来の生活も保障されている。……そう、信じて疑わなかっのだが。

 海次郎は肇慶に対して、鬼羅きらさん近隣の都市計画についての説明を続けている。学識に乏しい小夜子にはよく分からない内容ばかりだったが、どうやら都市部と繋がる高速道路が横断するらしい。それに伴い、時代遅れの街並みに最先端の施設が立ち並ぶ一大プランで、喜先きさき土木工業以外にも複数の社名が話題に上がっていた。その幾つかは、小夜子にも聞き覚えがある。

 何にせよ、とても重大な話であるのは間違いない。そこに自分たちが同伴している理由がますます分からなかったが。

(これ……まるで、見世物みたいな)

 事実、海次郎は時折、横に並んでいるメイドたちに視線を向けていた。粘っこく、気味悪くて、老熟した眼差しを。

 小夜子の他の三人は、特に意に関した様子もなく、静止している。小夜子もそれにならってはいたが、隠し切れない不信感が顔に表れていた。

 こほん、と肇慶が咳払いをした。

「海次郎さん……すみませんが、それは今、私が目を付けている一番のお気に入りでしてね」

 海次郎が眼をしばたかせる。少し驚いた様子であったが、すぐに照れくさそうな苦笑いを浮かべた。

「ははあ、そうでしたか。確かに……お目が高い」

(何の話……?)

 会話の脈絡の無さに、小夜子は困惑する。次の肇慶の一言で、疑念は一つの回答に辿り着いた。

「他の娘でしたら、一向に構いませんよ」

 肇慶が下卑た笑いを浮かべる。

 小夜子は慄然となる。震えが止まらなかった。


 
 その後。小夜子を含めた四人は客室を出て、廊下を歩いていた。肇慶と海次郎は今も一室に残っており、何らかの計画に関する話を続けている。不気味な品評会は終わったのだろう。

「あ、杏樹さん」

 前から歩いてくる、杏樹の姿。凛とした面持ちに気圧されながらも、小夜子は勇気を出して話しかける。

「あの、杏樹さん。契のことなんですけど……」

 ところが、杏樹は小夜子が全く目に入らないという風に素通りしていく。小夜子は慌てて杏樹の背中に声をかける。

「杏樹さん」

 弱々しく差し伸ばされた腕。その腕を背後からがっしりと掴まれた。驚いて振り返った小夜子。腕を掴んでいるのは、先ほどの客室で小夜子と一緒にいたメイドの一人だった。
 
「え?」

 相手の意図が判らず、困惑する小夜子。自分と同世代の若いメイドであるが、改めて見ると、有無を言わさぬほどの冷徹な面持ちは、杏樹に対して感じるものに近かった。

「杏樹さんは忙しいの。あとにしなさい」

「そんな……」

 言葉を失う小夜子。契の失踪は一大事に違いないというのに、自分以外のメイドたちはまったく気にしている風もない。

 何か、皆が異様な存在に憑りつかれている……小夜子はそう思い始めていた。


 
 客室の扉をコツコツとノックする音が小さく響いた。それまで海次郎と話していた肇慶が、訝し気に扉の方を見やる。返事を待つこともなく、扉が開かれた。現れたのは、杏樹だった。

「何だね? 今、大事な話をしているところなんだが」

 肇慶は露骨に不機嫌そうな表情をしている。交渉の内容としても、今後の見通しに関して、具体的な費用の内訳の話題に入っているところであり、海次郎の用意した見取り図に目を通している肇慶は、会話を中断されたことで不満を覚えていた。

「申し訳ありません、肇慶様、海次郎様」

 杏樹は謝罪したが、そのまま肇慶の傍に寄り、耳元で何事かを伝える。あまり気乗りしない様子であった肇慶だが、話しを聞いているうちに顔色を変え、眼を見開く。

「そうか……」

 肇慶は海次郎の方へ向き直る。

「すみませんね、海次郎さん。こちらの方で野暮用がありましてね。少し、席を外させてください」

「いえ、お構いなく」

 海次郎には別段気にした風もない。

 席を立つ肇慶。彼は去り際に、海次郎へそっと耳打ちをする。

「今宵です、お楽しみいただければ」

「ふむぅ……左様ですか」

 海次郎はしわがれた口元に笑みを形作った。



 風に揺れる瑞々しい碧緑の針葉樹の葉が暖かな陽の光を一身に受け、仄かな光芒を生み出している。季節は冬季に移りつつあったのだが、館の庭は初夏を思い出させる熱で満たされていた。

 茶色く変色した芝生の上を我が物顔でのし歩く、一匹の三毛猫の姿がある。よく手入れされた毛並みは真昼の太陽を浴びて黄金色の燐光を帯びていた。

 三毛猫は枝の密集している段差を目にとめると、その上に飛び乗った。それは庭木を剪定して作ったトピアリーで、足を振り上げている大きな馬を模していた。

 ガサガサと音が鳴り、続いてパキパキと枝が折れた。三毛猫はさっと飛び降り、じっとそれを見上げる。

 物音を聞きつけた一人のメイドが慌てて駆け寄ってくる。先ほどまで与えられていた用事を終えたばかりの小夜子だった。

「あ、こら!」

 小夜子は三毛猫を叱りつけように叫ぶ。三毛猫は、うるさいなとでも言いたげに小夜子の方を見やる。

 山間部に面しているこの館に猫が入り込むなんて――小夜子は物珍しそうに三毛猫を見つめていた。普通ならすぐに逃げ出すであろうに、この猫は小夜子が近づいても悠々としている。

 細かに手入れをされている庭木が、三毛猫の重みで傷んでしまっている。枝が折れたことで形は崩れ、緑色の芯の露出している部分が目立っていた。

 あんなに綺麗に整えられていたのに――小夜子は、この小さな侵入者を放置しておくわけにはいかなかった。

「……ほら、じっとしててね」

 小夜子はじりじりと相手との距離を詰めていき、さっと両腕を突き出す。対する三毛猫は跳躍して腕の合間を踏み越え、瞬時に小夜子の背後に降り立つ。

 三毛猫はその場に留まったまま小夜子と見合っていたが、あろうことか、ゴロンと横になって腹を見せた。まるでこちらをあざ笑っているかのような態度……。

(なんなの? この猫)

 小夜子は三毛猫を捕まえようと、再度踏みよったが、これも俊敏な動作でかわされてしまう。

 三毛猫は綺麗に色づき整えられているコニフォーの木に飛び乗り、その形を崩してしまう。小さな破壊者に、小夜子は翻弄されていた。
 
「もう……なんて悪戯っ子なの」

 小夜子は少しカッとなった。何とかして三毛猫を捕えようと追いかけ回す。

《馬を見たら乗りたくなるだろう?》

「え?」

 空耳だろうか。それにしてははっきり聞こえたような……小夜子は訝しむ。

《悪戯をするのも、猫の専売特許さ。風情のわからないお嬢さんだねぇ》

 今度もはっきり聞こえた。小夜子は狼狽え、三毛猫を凝視する。

(猫って喋るものなの? って、そんなわけ、ないよね……)

 あまりにも不可思議な出来事であったが、これ以上庭を荒らされたら、あとで何を言われるのか分かったものではない。契の件に加えて、客室での不気味なやり取りを見聞きしたことで心の中が酷く不安定になっていた小夜子の内に、薄れていた責任感が浮上してくる。

 小夜子は神経を集中させ、三毛猫の出方を伺う。相変わらず、相手はこちらが動かなければ、わざとらしく寛いで見せてくる。明らかな挑発に、小夜子はムッとなった。

「……今度こそ」

 小夜子が飛び出すと、三毛猫はさっと駆けだした。すべての意識を猫の動作に合わせて、その動きを捉えようとする小夜子。小夜子は、この時ばかりは、他のあらゆる物事を忘れていた。

 その後も一人と一匹の追いかけっこは続いた。まるで疲れを見せない三毛猫に対して、小夜子の方は息を切らしつつある。小夜子は田舎で育った若い娘であるが、これほどに激しい運動をしたのはとても久しぶりだった。

《そろそろ潮時かねぇ》

 少し、気遣うように小夜子を見やる三毛猫。そのまま軽い足取りでその場から立ち去ろうとしたところで、ふと、前方に現れた新たな人影に気づく。

《おや?》

 土の付着した軍手を両手に身につけ、軽い物腰で立っている、一人の初老の男。農作業用の日よけ帽子の下には、彫りの深い顔が覗いている。

《ふん、ここの庭師かい。ま、あたしの運動相手には役不足……》

 音もなく伸ばされる、浅黒く日焼けした腕。

《こいつ?》

 三毛猫は急に警戒の色を強め、さっと飛びのく。

 それを見た庭師は、少しかすれた声を発する。

「おやおや、とんだ悪戯娘が迷い込んでいたようだ」

「悪戯娘……?」

 小夜子がきょとんとした顔で問う。

「決まっているだろう。その猫のことさ」

「雌なんですか?」

「三毛猫と言ったら、普通は雌だろう。……知らないのかい?」

 庭師は小夜子に向かってそう言うと、ゆっくりとした歩みで三毛猫の方へ近づいた。小夜子から見たら何気ない動作であったが、三毛猫は熟練している隙の無い動きと見て取った。

「小夜子、ここは儂に任せなさい」
 
 庭師の瞳が、三毛猫を見据える。三毛猫は微動だにせず、まるで蛇に睨まれた蛙の如き状態。

 勝敗は一瞬で決した。庭師は目にも止まらない早業で以て、逃れようとする三毛猫の首を掴み、持ち上げたのである。
 
 首を掴まれてしまった三毛猫は完全に諦念した様子で、だらしなく四本の足を伸ばしてしまっている。

「すごい」

 手練れの庭師の早業を目の当たりにして、小夜子は思わず感嘆の声を上げていた。

「うん? 思っていたより、てどが悪いかなぁ」

 庭師はのんびりとした口調で、つまみ上げている三毛猫を品評する。

「さて、小夜子。この猫をどうしたいんだい?」

「え……それは……」

 庭を荒らされていたのに、全く怒った様子の無い庭師を前にして、小夜子は逡巡していた。

「取り合えず、誰かに見つかる前に、庭の外へ出さないと……」

 言いかけたところで、こちらに近づいてくる者の姿が視界に入った。

「あ、あなたは……?」

 見慣れない若い女性。年の頃は、まだ少女と言うべきだろうか? すらりとした高めの身長の持ち主で、背中まで伸ばした長い黒髪が煌びやかな光沢を帯びている。館のメイドでないのは確かだったが……。

 その少女が、庭師がつまみ上げている三毛猫へ目を留めると、口を開いた。

「アイネ、何やってるの?」

 少女――凛冴は、この状況に対する理解が追いつかないといった様子で、その場に居合わせた面々を見つめていた。
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