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鬼峰家の血筋
契の行方
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木ノ川つむぎの死から、既に一週間が経過していた。館に住み込みで働いている使用人たちへの聞き込みで得られる情報に目ぼしいものはなく、あの惨劇をもたらした犯人の手がかりも何一つ発見されていなかった。
(そして、一人の使用人の失踪……)
凛冴から聞いた話によると、鬼峰家に住み込みで働いているメイドの一人、沓契という人物が姿を消したのだという。凛冴は契と同じ相部屋で寝泊まりしていた姫岸小夜子からその件を聞かされ、輝たちにも協力を求めていた。
その後、輝は部下の太田登たちとともに館内での聞き込みを開始した。輝とて、これは見過ごせる案件とは思えなかった。
結果、輝はまたしても館内の異常性を知ることになる。鬼峰肇慶からは形だけの協力こそ得られたが、契の人柄などに関する関心を誰もが持ち合わせていない様子だった。小夜子という例外を除いて。
契の素性に関しては、近隣の村で両親が暮らしているという情報は得られたので、そちらには藤樹啓多を向かわせている。もしかしたら、館の敷地外に出ているのかもしれず、その可能性も考慮していた。
(まるで現代に蘇った切り裂きジャックのような事件だからな……これは)
輝には犠牲者が一人で終わらないのではという危惧もあった。未だ凶悪犯が近隣にうろついている可能性は十分に考えられ、契が一人で姿を消したという事実に危機感を覚えていたのである。
「あ、輝さん、連れてきましたよ」
部下の一人、湯口大來が手綱を手にして現れた。大來は去年に正式採用された巡査で、はつらつとした好青年のような印象があった。そして、大來が握っている手綱の先にいるド―ベル犬……。
「ほら、サーバ。出番だぞ」
サーバと呼ばれたド―ベル犬はくぐもった鳴き声で応える。そのド―ベル犬は屈強な体格に恵まれた警察犬で、今回の捜査に必要であったために、輝が大來に連れてこさせたのであった。
契のいた相部屋には、職務の途中で何とか説明を通して中断してきた、小夜子が待っていた。小夜子が協力できたことからも、警察が介入する事態となっては、無関心な他の者たちもこの件を無視し続けるわけにはいかなくなったと見える。
「あ、刑事さん」
小夜子がぺこりと辞儀をする。その姿勢のまま、小夜子はド―ベル犬と目を合わせた。
「わあ。可愛いイヌですね」
小夜子はしゃがみ込み、ド―ベル犬の顔を覗き込んでいる。小夜子は思わず頭を撫でてしまうところであったが、それは流石に自粛したらしい。
(怖いもの知らずとはこのことだな……)
まるでメイド喫茶に迷い込んだかのような雰囲気で、輝は軽い戸惑いを覚えた。
輝は大來が不思議そうに自分と小夜子を見比べているのに気づき、小さく咳ばらいをした。
「契さんの手がかりを探すために、こいつを連れてきました。何か、契さんの身につけていた物などがあれば、貸して欲しいのですが」
「身につけていたもの、ですか……」
小夜子は部屋に備えてある衣装棚を見やった。
(えっと……)
ここに来て、何だかとても恥ずかしい気がしてしまう小夜子。輝も自分の子供くらいの年頃である娘のメイド服姿を相手にして、まだ逡巡していた。
「小物とかでも良いんですよ」
大來の助け舟。それを聞いた小夜子は何かを思いついたらしく、ナイトテーブルに備えられている引き出しを開け、中から少ししわのついたホワイトプリムを取り出した。
「これ、契がいつも被っていたものですけど……」
小夜子はそう言いつつ、大來にホワイトプリムを手渡した。
「確か、もう一つ予備もあったはずだけど、見当たらないんです」
契の愛用するホワイトプリムは二つあり、いつも同じ場所に置かれていた。もしかしたら、契が持ち出したのかもしれなかったが、猶更、契の失踪の理由が不可解だ。
「いえ、まずはこれで十分役立つと思いますよ。こいつ、優秀ですから」
大來が得意げに言ってのける。
(ったく……一言多いな)
輝は少しだけ表情をしかめたが、敢えて言及はしなかった。
大來は手袋をした手でホワイトプリムをつまみ上げ、ド―ベル犬の鼻先に近づけた。ド―ベル犬はクンクンと鼻を動かしている。
(まあ、こいつなら、確かに信頼できる)
サーバと名付けられたド―ベル犬。大來が特別な思い入れを寄せているのには理由があり、初めて現場の捜査に当たるようになったのがたまたま同じ事件だった。つまり、ある意味では大來とサーバは同期の新入りと言ってもよく、その最初の事件においても両者に確かな実績があったのだ。
ド―ベル犬が鼻を床に向け、何かの足取りをたどるように部屋の中をウロウロと徘徊し始めた。やがて、開け放されている扉の敷居を飛び越え、部屋の外の廊下に歩み出た。
「ついて行きましょう。契さんの足取りも、すぐに見つかるかもしれませんよ」
大來の声は、とても明るかった。
館の北側に建てられた塔は、最上階が物見台のような役割を果たしているらしい。事実、崖と面しているこの塔からは、山沿いの地形から下町の一帯を一通り見渡せた。
塔の一階の扉には鍵がかかっていたので、凛冴は持ち前の人間離れした能力を駆使した跳躍力で以て、塔の側面を駆け上がり、物見用の空洞となっている部位から最上階に侵入した。
内部には冷たい石の敷き詰められた部屋が広がっていたが、予想していたよりも整備が行き届いているらしい。目立った汚れはなく、空気が澄んでいた。
凛冴は下の階へと続く階段を見すえる。もとより、凛冴には最上階で長居をするつもりはなく、目的は地下にあった。そのまま慎重な足取りで、段差を降りていく。
二階には窓がなく、ここまでくると外気との距離を感じた。こちらの空気は滞っており、古臭いカビの混じった臭いは拭いきれない。それでも、最上階と同様に、細かな手入れが加えられているのは実感できた。
そして、一階に辿り着く。内外を隔てている石扉は硬く閉ざされており、微かな光の線が内部を照らしているのみで、他に明かりはない。人間の視力ではランプなどの類を持ち込まなければ内部の構造をうかがい知ることもできないが、気の扱いに長けている凛冴は、左程不自由することもない。
凛冴は扉とは反対側の、木箱が積み上げられている小部屋へ足を踏み入れた。どうやら、ここは倉のような物置きとして活用されているらしい。箱の内部にある、鉄製の鍋や、何かを記したものと思われる木板などの存在を感知できたが、凛冴はそれらを詳しく調べるつもりはなかった。
凛冴は暗い部屋の中でしゃがみ込み、手のひらで床をまさぐった。どこかに、地下へ続く入り口の取っ掛かりがあるはず――階下の構造をある程度把握している凛冴がそれを見つけるのに、あまり時間はかからなかった。
(見つけた)
床にカモフラージュされている、僅かな割れ目。凛冴はそこへ指を差し込み、力を入れて引っ張った。
床の一部が音をたてて持ち上がる。それに驚いたのか、小さな虫が凛冴の手の甲を飛び越えていった。それは、一匹のカマドウマだった。
地下から湿った風が吹きあがってきて、凛冴の端整な顔を濡らした。凛冴は咄嗟に目を細める。
(これは……この下は、やはり、どこかへ繋がっている?)
只の建物の地下とは思えない。奥行きのある空洞を流れている風によって運ばれてくる気の反流には、色々なものが混じっていた。
階段は綺麗に削られた人工物であったが、壁は凸凹しており、天然の洞窟をそのまま改造したような印象があった。奥の方ではある程度の大きさの小動物らしき気配も感じられ、ネズミか、もしかしたらコウモリでも住みついているのかもしれない。
地下深くへと下りていく凛冴は警戒を怠らなかったが、自然のものによる霊気に半ば圧倒されかけていた。
(魍魎も、本来は大自然に宿る霊的な存在であったという話もある……ここでは、奴らの力が高まってくるかも)
一旦、引き返すべきだろうか。逡巡する凛冴であったが、脳裡に浮かぶ契の顔が凛冴の心を引き留めた。
(時間はあまり残されていない……そんな気がする)
気のせいであったとしても、そういった感覚は霊気と密接に結びついている。特に、嫌な予感というものは切迫した状況であるのを物語っているものだ。
階段を下り終えた先も、人の手が加えられた床が広がっていた。ただ、少し離れれば徒歩での移動に手間取る天然の鍾乳石らしきものが広がっているのが感じ取れる。
(……間違いない。契さんはここを通っている)
生身の人間が行き来している場所であれば、その人間の持つ微かな霊力が痕跡として残る。意識が明朗であれば、痕跡はより強まるものであった。
階段を降りている間は、それはあまりにも曖昧で、凛冴ははっきりとした自信を持てずにいた。だが、ここにきて、凛冴は確信するに至る。
あるいは、この辺りで契の途絶えていた意識が目覚めたのかもしれない。そして、何らかの目的性を伴った意思が空間を通過した。
また、石扉があった。それも大型のものである。
凛冴は扉の隙間に手をかけた。少し重いが、大の大人であれば問題なく開けられる程度の手ごたえ。力を入れ、横へ開いていく。
内部からは、カビと腐食した動植物を思わせる臭気が噴き出してきた。凛冴は思わずむせ返りそうになる。
(ここは……)
巨大な岩塊をくり抜いて造ったというイメージがしっくりくる大広間で、全体が球状のドームに似た構造になっている。中央付近には、これも石でできた寝台を思わせる台座が置かれていた。
何らかの秘められた儀式を行う場所――凛冴の率直な感想だった。
凛冴は台座の上部に手を添えた。滑らかな手触りだった。
(儀式……生贄……)
悪寒がした。古来ではこの国でも行われてきた生贄の儀式が連想される。
(これは、人の魂の温もり)
誰かが、この上に横たえられていた。それもほんの数刻前の話と思われる。凛冴の頭の中では、その誰かの姿が契のものと一致していた。
ガタリ、と物音が響いた。
「…………」
凛冴は咄嗟に飛びのき、身構えた。周囲の気配を丹念に探る。
(誰もいない? いや、そんなはずは)
凛冴は物音の出どころの辺りに意識を飛ばした。もしそこに外敵がいれば刺激する恐れもあったのだが、相手の動向がわからない以上、少しでも状況を把握する必要があった。
(ここにも通路が……)
そこへ近づき、改めて確かめてみる。更に下方へと続いている空洞があり、奥深くからは様々な霊気の入り混じった渦が沸き上がってくる。
(まただ。やっぱり、向こうの方から誘っている。魍魎が……)
流石に、このまま進むのは危険すぎた。先の戦闘で一度追い詰められていた凛冴は、一瞬、逃げ腰に成らざるを得なかった。
(でも……)
意識を集中させる。そして、確かな感触。
(あの子の霊気が……いるんだ、この先に)
契の命の灯。確かめられただけでも成果と言えたが、それが今にも消え入りそうであるのを知ってしまった今となっては、引き返すわけにもいかない。
(行くしかない)
凛冴は今一度、己の決意を噛み締める。
凛冴は罠と知りつつ、奥へ進む。深淵の底深くでは、蠢く魍魎たちの霊気が生々しく息づいていた。
(そして、一人の使用人の失踪……)
凛冴から聞いた話によると、鬼峰家に住み込みで働いているメイドの一人、沓契という人物が姿を消したのだという。凛冴は契と同じ相部屋で寝泊まりしていた姫岸小夜子からその件を聞かされ、輝たちにも協力を求めていた。
その後、輝は部下の太田登たちとともに館内での聞き込みを開始した。輝とて、これは見過ごせる案件とは思えなかった。
結果、輝はまたしても館内の異常性を知ることになる。鬼峰肇慶からは形だけの協力こそ得られたが、契の人柄などに関する関心を誰もが持ち合わせていない様子だった。小夜子という例外を除いて。
契の素性に関しては、近隣の村で両親が暮らしているという情報は得られたので、そちらには藤樹啓多を向かわせている。もしかしたら、館の敷地外に出ているのかもしれず、その可能性も考慮していた。
(まるで現代に蘇った切り裂きジャックのような事件だからな……これは)
輝には犠牲者が一人で終わらないのではという危惧もあった。未だ凶悪犯が近隣にうろついている可能性は十分に考えられ、契が一人で姿を消したという事実に危機感を覚えていたのである。
「あ、輝さん、連れてきましたよ」
部下の一人、湯口大來が手綱を手にして現れた。大來は去年に正式採用された巡査で、はつらつとした好青年のような印象があった。そして、大來が握っている手綱の先にいるド―ベル犬……。
「ほら、サーバ。出番だぞ」
サーバと呼ばれたド―ベル犬はくぐもった鳴き声で応える。そのド―ベル犬は屈強な体格に恵まれた警察犬で、今回の捜査に必要であったために、輝が大來に連れてこさせたのであった。
契のいた相部屋には、職務の途中で何とか説明を通して中断してきた、小夜子が待っていた。小夜子が協力できたことからも、警察が介入する事態となっては、無関心な他の者たちもこの件を無視し続けるわけにはいかなくなったと見える。
「あ、刑事さん」
小夜子がぺこりと辞儀をする。その姿勢のまま、小夜子はド―ベル犬と目を合わせた。
「わあ。可愛いイヌですね」
小夜子はしゃがみ込み、ド―ベル犬の顔を覗き込んでいる。小夜子は思わず頭を撫でてしまうところであったが、それは流石に自粛したらしい。
(怖いもの知らずとはこのことだな……)
まるでメイド喫茶に迷い込んだかのような雰囲気で、輝は軽い戸惑いを覚えた。
輝は大來が不思議そうに自分と小夜子を見比べているのに気づき、小さく咳ばらいをした。
「契さんの手がかりを探すために、こいつを連れてきました。何か、契さんの身につけていた物などがあれば、貸して欲しいのですが」
「身につけていたもの、ですか……」
小夜子は部屋に備えてある衣装棚を見やった。
(えっと……)
ここに来て、何だかとても恥ずかしい気がしてしまう小夜子。輝も自分の子供くらいの年頃である娘のメイド服姿を相手にして、まだ逡巡していた。
「小物とかでも良いんですよ」
大來の助け舟。それを聞いた小夜子は何かを思いついたらしく、ナイトテーブルに備えられている引き出しを開け、中から少ししわのついたホワイトプリムを取り出した。
「これ、契がいつも被っていたものですけど……」
小夜子はそう言いつつ、大來にホワイトプリムを手渡した。
「確か、もう一つ予備もあったはずだけど、見当たらないんです」
契の愛用するホワイトプリムは二つあり、いつも同じ場所に置かれていた。もしかしたら、契が持ち出したのかもしれなかったが、猶更、契の失踪の理由が不可解だ。
「いえ、まずはこれで十分役立つと思いますよ。こいつ、優秀ですから」
大來が得意げに言ってのける。
(ったく……一言多いな)
輝は少しだけ表情をしかめたが、敢えて言及はしなかった。
大來は手袋をした手でホワイトプリムをつまみ上げ、ド―ベル犬の鼻先に近づけた。ド―ベル犬はクンクンと鼻を動かしている。
(まあ、こいつなら、確かに信頼できる)
サーバと名付けられたド―ベル犬。大來が特別な思い入れを寄せているのには理由があり、初めて現場の捜査に当たるようになったのがたまたま同じ事件だった。つまり、ある意味では大來とサーバは同期の新入りと言ってもよく、その最初の事件においても両者に確かな実績があったのだ。
ド―ベル犬が鼻を床に向け、何かの足取りをたどるように部屋の中をウロウロと徘徊し始めた。やがて、開け放されている扉の敷居を飛び越え、部屋の外の廊下に歩み出た。
「ついて行きましょう。契さんの足取りも、すぐに見つかるかもしれませんよ」
大來の声は、とても明るかった。
館の北側に建てられた塔は、最上階が物見台のような役割を果たしているらしい。事実、崖と面しているこの塔からは、山沿いの地形から下町の一帯を一通り見渡せた。
塔の一階の扉には鍵がかかっていたので、凛冴は持ち前の人間離れした能力を駆使した跳躍力で以て、塔の側面を駆け上がり、物見用の空洞となっている部位から最上階に侵入した。
内部には冷たい石の敷き詰められた部屋が広がっていたが、予想していたよりも整備が行き届いているらしい。目立った汚れはなく、空気が澄んでいた。
凛冴は下の階へと続く階段を見すえる。もとより、凛冴には最上階で長居をするつもりはなく、目的は地下にあった。そのまま慎重な足取りで、段差を降りていく。
二階には窓がなく、ここまでくると外気との距離を感じた。こちらの空気は滞っており、古臭いカビの混じった臭いは拭いきれない。それでも、最上階と同様に、細かな手入れが加えられているのは実感できた。
そして、一階に辿り着く。内外を隔てている石扉は硬く閉ざされており、微かな光の線が内部を照らしているのみで、他に明かりはない。人間の視力ではランプなどの類を持ち込まなければ内部の構造をうかがい知ることもできないが、気の扱いに長けている凛冴は、左程不自由することもない。
凛冴は扉とは反対側の、木箱が積み上げられている小部屋へ足を踏み入れた。どうやら、ここは倉のような物置きとして活用されているらしい。箱の内部にある、鉄製の鍋や、何かを記したものと思われる木板などの存在を感知できたが、凛冴はそれらを詳しく調べるつもりはなかった。
凛冴は暗い部屋の中でしゃがみ込み、手のひらで床をまさぐった。どこかに、地下へ続く入り口の取っ掛かりがあるはず――階下の構造をある程度把握している凛冴がそれを見つけるのに、あまり時間はかからなかった。
(見つけた)
床にカモフラージュされている、僅かな割れ目。凛冴はそこへ指を差し込み、力を入れて引っ張った。
床の一部が音をたてて持ち上がる。それに驚いたのか、小さな虫が凛冴の手の甲を飛び越えていった。それは、一匹のカマドウマだった。
地下から湿った風が吹きあがってきて、凛冴の端整な顔を濡らした。凛冴は咄嗟に目を細める。
(これは……この下は、やはり、どこかへ繋がっている?)
只の建物の地下とは思えない。奥行きのある空洞を流れている風によって運ばれてくる気の反流には、色々なものが混じっていた。
階段は綺麗に削られた人工物であったが、壁は凸凹しており、天然の洞窟をそのまま改造したような印象があった。奥の方ではある程度の大きさの小動物らしき気配も感じられ、ネズミか、もしかしたらコウモリでも住みついているのかもしれない。
地下深くへと下りていく凛冴は警戒を怠らなかったが、自然のものによる霊気に半ば圧倒されかけていた。
(魍魎も、本来は大自然に宿る霊的な存在であったという話もある……ここでは、奴らの力が高まってくるかも)
一旦、引き返すべきだろうか。逡巡する凛冴であったが、脳裡に浮かぶ契の顔が凛冴の心を引き留めた。
(時間はあまり残されていない……そんな気がする)
気のせいであったとしても、そういった感覚は霊気と密接に結びついている。特に、嫌な予感というものは切迫した状況であるのを物語っているものだ。
階段を下り終えた先も、人の手が加えられた床が広がっていた。ただ、少し離れれば徒歩での移動に手間取る天然の鍾乳石らしきものが広がっているのが感じ取れる。
(……間違いない。契さんはここを通っている)
生身の人間が行き来している場所であれば、その人間の持つ微かな霊力が痕跡として残る。意識が明朗であれば、痕跡はより強まるものであった。
階段を降りている間は、それはあまりにも曖昧で、凛冴ははっきりとした自信を持てずにいた。だが、ここにきて、凛冴は確信するに至る。
あるいは、この辺りで契の途絶えていた意識が目覚めたのかもしれない。そして、何らかの目的性を伴った意思が空間を通過した。
また、石扉があった。それも大型のものである。
凛冴は扉の隙間に手をかけた。少し重いが、大の大人であれば問題なく開けられる程度の手ごたえ。力を入れ、横へ開いていく。
内部からは、カビと腐食した動植物を思わせる臭気が噴き出してきた。凛冴は思わずむせ返りそうになる。
(ここは……)
巨大な岩塊をくり抜いて造ったというイメージがしっくりくる大広間で、全体が球状のドームに似た構造になっている。中央付近には、これも石でできた寝台を思わせる台座が置かれていた。
何らかの秘められた儀式を行う場所――凛冴の率直な感想だった。
凛冴は台座の上部に手を添えた。滑らかな手触りだった。
(儀式……生贄……)
悪寒がした。古来ではこの国でも行われてきた生贄の儀式が連想される。
(これは、人の魂の温もり)
誰かが、この上に横たえられていた。それもほんの数刻前の話と思われる。凛冴の頭の中では、その誰かの姿が契のものと一致していた。
ガタリ、と物音が響いた。
「…………」
凛冴は咄嗟に飛びのき、身構えた。周囲の気配を丹念に探る。
(誰もいない? いや、そんなはずは)
凛冴は物音の出どころの辺りに意識を飛ばした。もしそこに外敵がいれば刺激する恐れもあったのだが、相手の動向がわからない以上、少しでも状況を把握する必要があった。
(ここにも通路が……)
そこへ近づき、改めて確かめてみる。更に下方へと続いている空洞があり、奥深くからは様々な霊気の入り混じった渦が沸き上がってくる。
(まただ。やっぱり、向こうの方から誘っている。魍魎が……)
流石に、このまま進むのは危険すぎた。先の戦闘で一度追い詰められていた凛冴は、一瞬、逃げ腰に成らざるを得なかった。
(でも……)
意識を集中させる。そして、確かな感触。
(あの子の霊気が……いるんだ、この先に)
契の命の灯。確かめられただけでも成果と言えたが、それが今にも消え入りそうであるのを知ってしまった今となっては、引き返すわけにもいかない。
(行くしかない)
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