d+d【先行公開版】

Hilde

文字の大きさ
58 / 75
【先行公開版】第二章 灯火 - Torch -

病院 - Hospital - 6

◯カナン地区・ハーン・ユーニス県・ハーンユーニス市・ナセル病院・門

総攻撃の時が、刻一刻と近づいている。
病院の門の前と敷地の周囲は、シオン国防軍によって完全に封鎖されている。

即席の検問所の前には、セキュリティチェックを受ける避難民と患者の長い列が、途切れることなく続いている。

行列の手前で、子供たちを連れたヤットとミロが待っている。

ハサンとカースィムの担架を運ぶ一行が、ヤットたちに合流する。

テクラ「みんな、お待たせ。こちらが、ハサンさんとカースィムさんよ」

ハサン、片手を軽く上げる。
「よう、ちびっ子たち。ラファフ県までよろしくな」

カースィム、視線を伏せたまま、
「…よろしく」

ヤットとミロが、ライラ・ヘナンと交替して、カースィムの担架を持つ。

女教師たちが子供たちを先導し、セキュリティチェックの列に並ぶ。
ハサンの担架を持ったカリドとユスフ、続いて、カースィムの担架を持ったヤットとミロが並ぶ。

カリド、太陽の位置を確かめる。
「この時間なら、夜にはラファフ県に着けるな」

セキュリティチェックの順番が、ようやく回ってくる。

テクラが代表して、兵士に申告する。
「ベイト・ラヒア市から避難してきた、小学校教諭とその親族です。
この子たちは皆、ベイト・ラヒア市の孤児です」
ハサンとカースィムを指し示し、
「こちらの二人は、ナセル病院の入院患者です。彼らの移動に協力しています」

テクラ・ヘナン・ライラが、順に荷物検査とボディーチェックを受ける。

シオン国防軍兵士1「よし、行け」
門の外を指し、出るように促す。

女教師たち、皆に振り向き、安心させるように笑顔を見せる。

子供たちも、ほとんど形式的な確認だけで通過する。

ハサンの担架を持ったカリドとユスフの番になる。
ハサン、偽装松葉杖をぎゅっと身体に引き寄せ、唾を飲み込む。

シオン国防軍兵士1、ハサンを一瞥する。
「そいつを、地面に置け」

ユスフ、ギクリとする。
「え…」

シオン国防軍兵士1、ユスフを睨む。
「担架を持ったままじゃ、お前のチェックができないだろ」

ユスフ「あ…、ああ…」

「私たちが代わりに持ちます」
ライラとヘナンが門の外から駆け寄り、ハサンの担架をユスフとカリドから受け取る。

ハサン「カースィムより重くて、悪ぃな」

「いいえ、大丈夫です」
ライラとヘナン、ハサンが見咎められなかったことに安堵しながら応える。

ユスフがボディーチェックを受け、背負子の中身も一通り調べられる。

シオン国防軍兵士1、カリドに向かって、人差し指を動かす。
「次はお前だ。背負子をよこせ」

カリド、担いでいた背負子を外し、テーブルの上に置く。

その瞬間──

シオン国防軍兵士1が、カリドの腕を後ろにねじり上げ、足を払うようにして、地面へ引き倒す。

「ぐぅッ」
カリド、顔面から地面に叩きつけられる。

テクラと子供たちが悲鳴を上げる。

シオン国防軍兵士1、カリドの背中に両膝を乗せ、体重をかけて押さえつける。
「ただの避難民にしちゃ、ガタイがいいな…。うまく紛れ込んだつもりでも、そうはいかねぇ」

テクラ「乱暴はやめてください! その人は私の夫です!」
詰め寄るテクラを、シオン国防軍兵士1、睨み付ける。

肺を圧迫されているカリド、かすれ声で、
「テクラ…大丈夫だ…」

ググッ…と、シオン国防軍兵士1がさらに体重をかける。
「おい、木偶デク、テロリストなんだろ? ん?」

シオン国防軍兵士2が、わざと揺さぶるように、乱暴にボディーチェックをする。
「ったく…、お前らがさっさとカナンから出て行かねぇから、いつまでもこんな事しなきゃならねぇんだよ」
カリドの額が、地面に擦れる。

門の外から、ラマが泣きそうな顔で駆け寄る。
「パパ!」

「カリドおじさん!」
他の子供たちも、カリドと兵士の周りを取り囲む。

シオン国防軍兵士2、なおも執拗にカリドの身体を探っていたが、やがて、舌打ちして手を離す。

シオン国防軍兵士1も、カリドの背中から膝を離し、解放する。

カリド、よろよろと起き上がり、鼻血を拭う。

「パパ…」
ラマが泣きながらカリドの脚にしがみつく。

背負子を調べていたシオン国防軍兵士3、カリドに背負子を押し付ける。
「とっとと行け」

シオン国防軍兵士1、ヤットたちに向かって怒鳴る。
「次! 来い!」

シオン国防軍兵士2、まだ自分たちを取り囲んでいる子供たちに罵声を浴びせる。
「散れ! 犬っころ!」

テクラ、とっさにラマの両耳を塞ぎ、シオン国防軍兵士2を睨む。

カリドが、てのひらでテクラの表情を兵士から隠すように覆い、そのまま肩を引き寄せる。
テクラの肩を抱いたまま、無言で門の外へ出る。


◯ハーンユーニス市・ナセル病院から少し離れた場所

テクラ、大きく息を吐き、額に手をやる。
「…ごめんなさい。どうかしていました。
彼らを怒らせたら、子供たちが危険な目に遭ってもおかしくなかった。
…あなただって…何も言わずに我慢したのに…」
涙ぐんでいる。

カリド、妻に優しく首を振る。

ハサンの担架をユスフと運んできたヘナン、唇を噛みしめる。
「…子供たちにあんな口汚い言葉を聞かせたくなかったわ」

ハサン、カリドに「あんた、立派だったよ。よく耐えたな」

ユスフ、吐き捨てるように、
「…もし銃を持ってたら、あいつらにぶっ放してた」

カリド、苦笑いする。

「持たせて、悪かった」
ヘナンから担架を受け取る。

カリド、歩きながら呟く。
「…どうして、こうなっちまったんだろうな。
3年前までは、カナン人もシオン教徒も、隣り合わせで協力して暮らしてたってのに…。
いつから彼らは、隣人を悪しざまに罵るようになっちまったんだろう」


◯ハーン・ユーニス県・ハーンユーニス市(昼)

一行、ラファフ県へ向かう避難民に交ざり、黙々と歩く。

ドガァン──

病院の方角から、砲撃音が響く。
皆、一斉に顔色を失う。

ドオオオーン
バァァァン

続いて、パパパパンッ…と一斉射撃の音。

「…う、うぅ…」
担架に揺られながら、ハサンが天を仰ぐ。

「神よ…、院長をお守り下さい…。
…なんでだよ…、なんで院長を攻撃するんだよ…。
あんな良い人、他にいねぇだろ…院長が何したってんだよ…ちくしょう…」

カースィム、硬い表情のまま押し黙っている。

カリドとユスフの脳裏に、最後まで微笑みを絶やさなかった医療従事者たちの姿が浮かぶ。

女教師たち、病院に残っている子供たちの顔を一人ひとり思い返す。

間断なく聞こえる射撃音に、ミロ、視線を落とす。
「…『無事でいて欲しい』なんて…とても言えないね…」

ヤット(…せめて、あの人たちが苦しまないように祈ることしかできない)
感想 0

あなたにおすすめの小説

公爵令嬢は結婚式当日に死んだ

白雲八鈴
恋愛
 今日はとある公爵令嬢の結婚式だ。幸せいっぱいの公爵令嬢の前に婚約者のレイモンドが現れる。 「今日の結婚式は俺と番であるナタリーの結婚式に変更だ!そのドレスをナタリーに渡せ!」  突然のことに公爵令嬢は何を言われたのか理解できなかった。いや、したくなかった。 婚約者のレイモンドは番という運命に出逢ってしまったという。  そして、真っ白な花嫁衣装を脱がされ、そのドレスは番だという女性に着させられる。周りの者達はめでたいと大喜びだ。  その場所に居ることが出来ず公爵令嬢は外に飛び出し……  生まれ変わった令嬢は復讐を誓ったのだった。  婚約者とその番という女性に 『一発ぐらい思いっきり殴ってもいいですわね?』 そして、つがいという者に囚われた者の存在が現れる。 *タグ注意 *不快であれば閉じてください。

「仲睦まじい夫婦」であるはずのわたしの夫は、わたしの葬儀で本性をあらわした

ぽんた
恋愛
サヤ・ラドフォード侯爵夫人が死んだ。その葬儀で、マッケイン王国でも「仲睦まじい夫婦」であるはずの彼女の夫が、妻を冒涜した。その聞くに堪えない本音。そんな夫の横には、夫が従妹だというレディが寄り添っている。サヤ・ラドフォードの棺の前で、夫とその従妹はサヤを断罪する。サヤは、ほんとうに彼らがいうような悪女だったのか?  ※ハッピーエンド確約。ざまぁあり。ご都合主義のゆるゆる設定はご容赦願います。

真実の愛の裏側

藍田ひびき
恋愛
アレックス・ロートン侯爵令息の第一夫人シェリルが療養のため領地へ居を移した。それは療養とは名ばかりの放逐。 男爵家出身でありながら侯爵令息に見初められ、「真実の愛」と持て囃された彼女の身に何があったのか。その裏に隠された事情とは――? ※ 他サイトにも投稿しています。

悪役令嬢は激怒した

松本雀
恋愛
悪役令嬢は激怒した。 必ず、かの厚顔無恥な簒奪者を排除せねばならぬと決意した。 ローザリンデ・フォン・シュヴァルツェンベルクには、政治のことはわからぬ。流行のドレスにも疎い。けれど悪には人一倍敏感であった。なにせ、自分が悪役令嬢だったからである。 ◇ 悪役令嬢ローザリンデは、王太子に断罪され辺境に追放された。 だが薬草園を耕す日々は存外悪くなく、「悪役令嬢時代より充実してるわ」と満足していた——はずだった。 ある日、社交界に新たな悪役令嬢が君臨し、自分が「先代」呼ばわりされていると知り大激怒。悪役令嬢の座を賭けて王都に殴り込む。 完璧な縦ロール、完璧な高笑い、完璧な紅茶のかけ方。何もかもが洗練された現役悪役令嬢クラリッサを相手に、高笑い対決、ドレスの威圧感対決、嫌味対決と、誰も得をしない真剣勝負が幕を開ける。 力押しの元悪役令嬢と技巧派の現役悪役令嬢。戦いの果てに二人が見つけるものとは……?

結婚式の翌朝、夫に「皇太子の愛人だろう」と捨てられました――ですが私は、亡き国王の娘です

柴田はつみ
恋愛
母の遺した薬草店を守りながら、慎ましく暮らしていたアンリ。 そんな彼女に求婚してきたのは、国内でも名高い騎士にして公爵家当主、アルファだった。 真っすぐな想いを向けられ、彼を信じて結婚したアンリ。 けれど幸せなはずの結婚式の翌朝、夫は冷たく言い放つ。 「君を愛していると本気で思っていたのかい? 」 彼はアンリが第一皇太子と深い仲にあり、自分との結婚は身を隠すための偽装だと誤解していたのだ。 アンリは実は、亡き国王の婚外子。 皇太子にとっては、隠して守らなければならない妹だったのである。

悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています

かきんとう
恋愛
 王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。  磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。  その中心に、私は立っていた。  ――今日、この瞬間のために。 「エレノア・フォン・リーベルト嬢」  高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

ボロ雑巾な伯爵夫人、やっと『家族』を手に入れました。~旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます2~

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
 第二夫人に最愛の旦那様も息子も奪われ、挙句の果てに家から追い出された伯爵夫人・フィーリアは、なけなしの餞別だけを持って大雨の中を歩き続けていたところ、とある男の子たちに出会う。  言葉汚く直情的で、だけど決してフィーリアを無視したりはしない、ディーダ。  喋り方こそ柔らかいが、その実どこか冷めた毒舌家である、ノイン。    12、3歳ほどに見える彼らとひょんな事から共同生活を始めた彼女は、人々の優しさに触れて少しずつ自身の居場所を確立していく。 ==== ●本作は「ボロ雑巾な伯爵夫人、旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます。」からの続き作品です。  前作では、二人との出会い~同居を描いています。  順番に読んでくださる方は、目次下にリンクを張っておりますので、そちらからお入りください。  ※アプリで閲覧くださっている方は、タイトルで検索いただけますと表示されます。