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第28話 学園のマドンナは花火大会に誘いたい

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「すぅ……はぁ……」

 渡辺美沙は、自室の机の前に座り深呼吸をして息を整えている。
 時刻は現在20時を過ぎたばかりで、正しい生活をしていれば夕食を終えて寛いでいるころだろう。

 目の前には花火大会のチラシがあり、ベッドにはまだ身に着けたことのない浴衣が置かれている。

「そろそろ……勇気を出さなきゃいけません……」

 旅先から戻ってから数週間が経過した。
 その間、美沙は一度も良一に連絡を取っていなかった。

 家の用事が忙しかったというのもあるのだが、約束を取り付けようとスマホを手に取ると、どうしても旅先での一件が頭をよぎる。

 二人で手を繋ぎ、日の出を見た。
 その時に見た良一の優しい目に思わず気持ちが溢れてしまった。

 ところが、後少しというところで里穂から連絡があり、電話を終えるころには勇気もしぼんでしまい何も告げることなく宿へと戻ってしまった。

「せっかく、約束を取り付けていたのに……」

 旅行の最後に「夏休み中も私と会ってください」という内容を口にしたのだが、誘うための口実が思いつかず何度も手を止めてしまう。
 目の前にある花火大会のチラシは、そんな美沙に勇気を与える絶好のシチュエーションだった。

 これならば、イベントなので普通に遊びに誘うよりも良一に声を掛けやすい。そして、付き合ってもらえれば、屋台でデートをしたり、二人で花火を見上げたり、帰宅する夜道で海沿いの公園に立ち寄り夜景を見たりと、様々な計画を立てることができる。

 ムードさえ高めれば、あの時のような勇気が湧いてくる。美沙はそこまで考えると、勇気を振るい立たせ、それがしぼむ前に良一を花火大会に誘おうとスマホに手を伸ばした。

『プルルルルルルルルルル』

「わっわっわっ!」

 良一に電話を掛けようとボタンを押そうとした瞬間、電話が掛かってきた。
 画面には「真帆さん」と表示されている。

「ど、どうしましょう?」

 せっかく勇気を奮い立たせたのに、ここで真帆の電話を受けて雑談なりの会話をすれば、結構な時間が経ってしまう。そうするとふたたび勇気を高めるのに時間も掛かるし、あまり遅くなりすぎると良一が寝てしまうかもしれない。

「ごめんなさい、真帆さん!」

 友情を後回しにしている罪悪感があったが、美沙は祈るような気持ちで早く電話が切れてくれることを祈った。
 彼女の祈りが通じたのか、1分程でコール音が消える。

 これ以上は時間を引っ張れない。そう判断した美沙は即座に良一に電話を掛ける。
 心臓がドキドキと音を立てる。コール音がなる間、美沙は気が気ではなかった。

『もしもし、渡辺さん?』

「あ、あああ、相川君?」

 電話口の先から良一の声が聞こえる。それだけで美沙は幸せな気持ちになり、一瞬当初の目的を見失いそうになった。

「今、大丈夫かな?」

『うん、平気だよ』

 随分とリラックスした様子で応じる良一。普通、異性と電話をすればお互いに緊張して声にでるのではないか、そんな風に思わなくもないが、それだけ良一にとって自分が気安い相手になっているのだと納得することにした。

 会話を長引かせてしまえば、用件を切り出し辛くなる。ベッドにある浴衣を見た。この日のために用意した、清涼感漂う青と白の柄。

「は、花火大会!? ……のこと……なんです……けど」

 次第に声が小さくなっていく。もっと、スマートに誘うつもりだったのに、食い気味に言葉にした上、しりすぼみに声も小さくなっていく。
 美沙は自分が情けなくなり、唇を噛みしめる。勇気を出して誘わなければと自分を振るい立たせるのだが……。

『うん、沢口さんから聞いてるよ。楽しみだよね』

「はい?」

 良一から聞かされる言葉に、思わず疑問を浮かべてしまう。

『昼に沢口さんから連絡があった件だよね? この前のメンバーで花火大会に行くって。もしかして、他の用事だった?』

 動揺していた美沙だが、良一と話していると段々と全容を理解しはじめた。
 里穂と相沢をくっつけるために真帆が良一と美沙に協力してもらおうと考えているのだという。

 先程の真帆の電話はその誘い。真帆は美沙が日中は家の用事で電話に出られないことが多いと知っていたので、先に良一に声を掛けた。美沙が良一に電話をしてしまったので行き違いが生じたというわけだ。

 話を聞き終えた美沙は、

「ええ、そうですね。里穂さんには幸せになってもらいたいと思っているので、私も協力するつもりですよ」

 気が付けば、いつものように取り繕うような会話をしていた。
 やがて、通話が終わるとベッドへと倒れ込む。

 ここまで話してしまった以上、今回は里穂のサポートに回るしかないだろう。
 スマホを見ると真帆からメールが入っていた。内容は概ね、たった今、良一から聞いたものと一致する。

 美沙はスマホを胸元で抱きしめると。

「まあ、一緒にいることはできるわけだし。いいかなぁ?」

 結局、二人きりではないが良一と花火大会に行けることになったので、真帆に感謝をするのだった。




          ★




 目の前では浴衣姿の女性が楽しそうに話し込んでいる。
 駅前は多くの人で溢れており、改札出口を見ようとしても視界が遮られてしまっている。

 スマホの時計は現在17時50分となっており、待ち合わせの10分前なのだが、現在俺は一人で佇んでいる。

 周囲の人たちは楽しそうに話し、仲間と合流しているのだが、俺の知り合いは誰一人来る気配がない。

(もしかして、沢口さんの盛大なドッキリとか苛めじゃないよな?)

 彼女は何をしでかすかわからないところがあるので、不安がよぎる。
 俺がふたたびスマホを見ていると、

「よお、相川」

 相沢が姿を現した。
 ハーフパンツに無地のTシャツと上から襟付きの半袖のシャツを重ね着している。

 足元にはサンダルを履き、いかにも夏らしい格好をしている相沢は周囲の視線を受けながら近付いてきた。

「こんばんわ」

 俺は片手を挙げ返事をする。すると、相沢に注目していた視線の一部がこちらへと移るのを感じた。

「おっ、今日は髪をちゃんとしてるんだな」

 相沢は目ざとく俺の頭に視線を向ける。
 最近は気温が暑いこともあり、外出時にはワックスで髪をセットするようになっている。

 汗を掻いた時に、肌に髪が張り付かないので便利だからという理由なのだが、相沢が感心しているようなのでその点については黙っておく。

「それより、待ち合わせ時間の五分前なんだけど、集まりが悪くないか?」

 相沢が来たことで、少なくともハブられたわけではないとホッとするが、予定通り合流できるのかどうか気になった。

「まあまあ、学園の三大美少女が準備してるんだ。遅れてきても寛容な態度で迎えようぜ」

 相沢は心の底から楽しみとばかりに笑いを浮かべている。
 その反応はいつも通りなのだが、特定の女子に対する期待なのか、単に女好きというテイでのポーズなのか判断がつかずに困る。

「なんだよ、俺に熱い視線を向けられても応えられないぞ?」

 じっと見ていたせいで、相沢は妙な勘違いをしたようだ。身体を抱いてくねらせ気持ち悪い動きをする。

「安心しろ、そういうのではないからな」

 溜息を吐き、相沢に返事をする。相変わらず読めないやつなので探るのを諦めた。
 二人横に並んで駅の方を見る。特にスマホにメッセージが飛んでくることもないので、おそらく電車で移動中なのだと推測する。

 待ち合わせから10分ほど遅れ、電車が到着して数分が経つと改札口から三人がようやく姿を見せた。どうやら事前に待ち合わせして一緒に来たようだ。

「ごっめーん、電車が混んでたからさー」

 沢口さんが先頭に立ち、舌を出して「てへり」と謝る。
 彼女は淡い黄色に赤い花がちりばめられた生地の浴衣を身に着け、髪を結い上げ、桃の花がついた髪留めで止めていた。

「お待たせしてしまって申し訳ありません」

 続いて、渡辺さんの登場だ。
 彼女は申し訳なさそうに頭を下げる。白の生地に青の紫陽花が散りばめられている浴衣を着ていた。以前、旅行先で見たものはあくまでレンタル品だったのでそれなりに地味だったが、今日のは華やかで彼女にとてもよく似合っている。

「見ての通り混んでるから仕方ないよ。まったく気にしなくていいから」

 俺は、頭を下げる渡辺さんにそう言うと、彼女は顔を上げ「ありがとうございます」とホッと胸を撫でおろした。

「相川っち。私には何か一言ないわけ?」

「ない」

 ムッとする沢口さんに、俺は短く返答をする。彼女が計画したのだから遅れるなど許すまじ……。

「最近、相川っちの私に対する扱いが雑ぅ。待遇の改善を要求します」

「それなら、渡辺さんを見習って欲しいんだけど……。ねぇ?」

 そう言って渡辺さんにパスをする。

「えっ? あははははは」

 突然話を振ると、渡辺さんは乾いた笑いを浮かべた。

 以前、沢口さんが俺にばかり構うので嫉妬の感情を見せたので、意識して三人での会話を心掛けてみたのだが、どうやら今の話の振り方は微妙だったようだ。

 そんな風に考えながらも、会話を続けるのだが、俺も沢口さんも意識の半分は自分たちの会話ではなく、相沢と石川さんの方へと向けていた。

「相沢、お待たせ」

 石川さんは相沢に話し掛けている。

「俺は別に問題なかったぞ。相川は文句言ってたけど」

「おいっ! 言ってないだろ!」

 誤解をされてはたまらないと、咄嗟に会話に割り込んでしまった。

「そうなん?」

 石川さんはこちらを向くと、じっと俺を見つめてくる。
 彼女は浴衣を着ておらず、白のフリルがついたオープンショルダーのブラウスと、片足をのぞかせるハイウェストスカート、刺繍が施されたヒールが高いサンダルを履いていた。
 肩にはポシェットを身に着けていて、今日の花火大会に気合を入れて望んでいるのがわかった。

「いや、女性の準備には時間がかかるのは理解しているつもりだから、大丈夫だよ」

「こいつ……俺のセリフを堂々とパクリやがって」

 相沢が、目を丸くして太々しいとばかりに俺を見てきた。沢口さんとコミュニケーションをとることで、相沢に対しても上手く会話できるようになった。

「それより、そろそろ移動しませんか?」

 いつの間にか渡辺さんが身体を寄せてきた。人通りが多くなっているのでぶつかってしまうのだろう。
 俺はさり気なく彼女と位置を入れ替える。

「あ、ありがとうございます」

 渡辺さんは顔を上げるとお礼を言った。唇が艶かしく光る。心なしか化粧もしているようで、彼女も今日という日を楽しみにしていたのだろうか?

「二人ともー、行くよー」

 いつの間にか、三人が歩き出しており、俺と渡辺さんは互いに見つめ合っていたことに気付くと目を逸らし、慌てて三人を追いかけるのだった。
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