忘れさられた花嫁

梨子ぴん

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第二話『指輪事件』

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目が覚めて横を見ると、ルスクの姿はなかった。
シーツも冷え切っており、ルスクはかなり前にいなくなっていたようだ。
僕は昨夜の情事を一人で思い出して、恥ずかしさのあまり顔を覆う。
まさか、僕が抱かれる側になるとは……。
でも、いい。好きな人とセックスできたからいいじゃないか。
僕は自身をそう納得させ、ベッドから起き上がる。
そして、僕が左手の薬指を見ると――、そこにあるはずの指輪がなかった。
「えっ?」


「おはよう、ルスク」
「これまた遅いお目覚めで」
「うん……」
元気のない僕を見て、メイド達は心配をしていた。
僕は仕方なく、テーブルの上に置いてあるクロワッサンを口に運ぶ。
普段通りの美味しい朝食のはずなのに、僕は味がしない気がした。
反対にルスクは美味しそうにスープを飲んでいる。心なしか楽しそうだ。
「で? お坊ちゃんが朝から元気がないのはどういうわけだ?」
「……結婚指輪、なくしちゃったかもしれない」
「ははは! 初夜の翌日にか!」
ルスクが爆笑する。
僕が睨むと、ルスクは真顔になる。
「魔法はかけてなかったのかよ」
「追跡魔法をまだかけてなかったんだ。完全に浮かれてた」
大事なものには物の足跡を辿れる追跡魔法をかけておくのが定石だ。
僕がその魔法すらかけていなかったことを、ルスクは責めているのだろう。
花婿として、なんたる失態……!
僕が悲しんでいると、ルスクが肩を軽く叩いてくる。
「花婿失格だな、ボルド様」
「うっ……!」
僕が項垂れていると、メイドのフィンがある提案をしてくれた。
「ボルド様。部屋は全てお探しになられたのですよね。でしたら、昨日の道中に落ちているかもしれません。みなで総出で探しましょう」
「ありがとう」
すると、ルスクが何度か瞬きした後、焦り始めた。
「正気か? 指輪一つのために?」
「はい。ルスク様もご一緒に探されてはいかがですか? 貴方様が贈られた品でしょう」
「俺は参加しない。めんどうだから」
「左様でございますか」
そして、指輪の大捜索が始まった。
公務を休みにしておいてよかったと、心の底から思った。
僕が結婚式の帰りに使った道を、メイド全員で探してくれているが、依然として見つからない。
僕は自棄になってフィンに叫ぶ。
「駄目だ! 何処にもない!」
フィンは顎に手を当てて、何かを思案しているようだった。
「これは私の憶測なのですが」
「もうこの際なんでもいいよ」
「はい、私の考えは――」


「ルスク。ちょっと話があるんだけど、いいかな」
「いいぜ」
「僕、指輪をなくして花婿失格だよね」
「ああ。とんでもない失態だ」
「だからね、ルスク。もう一度君が僕に指輪を贈ってくれないか」
「はあ?!」
ルスクが素っ頓狂な声を出して驚く。そりゃそうだろう、あの指輪はバリエ家の格に合わせて作られたものだ。相当な価値の指輪でまちがいない。
それをもう一度贈れ、と言うのだ。一体どれだけのお金や人が必要だろうか。
「馬鹿、俺がそんなことできるか!」
「でも、結婚しているはずの僕が指輪をしていなかったら変だろう。しかも新婚なのに」
「……はあ」
ルスクがうんざりした顔で自身の胸ポケットに手を入れる。
差し出された手には緑の石が嵌め込まれた指輪があった。
「ルスク! 見つけてくれてたのか」
「まあね……」
「ありがとう! 君は最高の花嫁だ」
「あ~~、うん」
僕がルスクを抱き締めると、ルスクは意外にも抱き締め返してくれた。
「たかが指輪によくもまあ必死になれるもんだな」
「そりゃそうだよ。だって、君から貰った初めての贈り物だから!」
「は? そんだけの理由であんな大事になったわけ」
「うん」
僕の腕の中で、ルスクが身じろぎする。
心配になって離れると、ルスクの頬が少し赤らんでいた。
「嬉しい?」
「……ボルド。なんか、してほしいこととかあるか」
「え」
「俺の気が変わらないうちに早く言え」
「じゃあ、僕にキスしてほしい」
誓いのキスは僕からしたから、君からもほしい。
僕はじっとルスクの綺麗な紫の瞳を見つめる。
ルスクは観念したように僕に近づき、唇と唇が触れ合う。
一瞬の出来事だった。でも、僕はこれほどにない幸福感に包まれた。
「ボルド。今度はちゃんと追跡魔法かけろよ」
「うん、もう絶対になくしたりしない」
僕はルスクから指輪を受け取り、自分の左手の薬指に指輪を嵌める。
綺麗な緑の石が、煌めいていた。
「帰ろう」
「ん」
でもどうして、フィンは「ルスク様に指輪をねだってください」だなんて言ったんだろう。
不思議だ。
でもまあ解決したし、フィンには後で褒賞をあげよう。

***

私のご主人様は心が優しく、穏やかで、とても良い方だ。
だからこそ、気づけないこともある。
指輪を盗んだのはルスクだ。
何故なら、あれほど物を大事にされるボルド様が急に物を失くされるはずがない。
だとすれば、盗んだ者がいる。
最後にボルド様と接していたのは誰か?
閨を共にしていたルスク様だ。
ボルド様は防音魔法をかけるのを忘れていたから、喘ぎ声が漏れていた。
私はこれらのことをボルド様には言うつもりはない。
ボルド様を不安にさせるようなことは不要だからだ。
「あのさ、何の用?」
「ルスク様」
「フィンとか言ったっけ」
「私はボルド様の幸せを一番に考えております。ですので、万が一のことがあった時には貴方を切り捨てます」
「花嫁に対して酷い言い草だな」
ルスク様が頭を掻きながら、去ろうとする。私はルスク様の腕を掴んだ。
まだ話は終わっていない。
「何故、指輪を盗んだのですか?」
「ちょっと困らせようと思っただけだよ。なのに大事になって焦った」
「貴方という人は本当に最悪ですね」
私が吐き捨てるように言うと、ルスク様は自嘲気味に笑った。
「俺もそう思う」
私は、この花嫁と和解できるのだろうか。わからない。
私が手の力を緩めると、ルスク様はおもむろに何処かへ行ってしまった。
私は未来を案じながら、ボルド様の部屋の掃除に赴くのだった。
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