町で噂のあの人は

秋赤音

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町の日常

2.帰りたい。~目指せ、目標達成

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帰って一番にしたことは、『友理奈』の部屋の確認だった。
記憶通りだとあるはずだが、念のため確認したかった。
幸い、予想通りに必要な物はそろっていた。
そして、一番の目的の物をさっそく使う。
機械に乗り、よくある電子音が聞こえると、ゆっくり降りる。

体脂肪率28%の表記は、紗理奈をとても安心させてくれた。
次に、部屋にある姿身の前に立つ。
いわゆる標準体型な『友理奈』の姿は、
紗理奈にとっては懐かしく新鮮だった。
学生の頃を思い出すからだ。
文武両道に中学を過ごし標準体型で卒業した後、
流行りの筋肉美系の細め女子に転向してからは維持し続けている。
夫は幼馴染なので全て知っているが、
いつも可愛いとか綺麗しか言われたことがない。

『友理奈』の確認を終え、問題ないことに安堵する。
おそらく、最大の問題は『友理奈』の姉である莉里奈。
うつ傾向で、軽い摂食障害があるのが厄介だった。
家庭の雰囲気も、穏和とはいいがたい。
帰るために達成する目標は「体脂肪率27~30%の維持する」こと。
問題は解決しなければならない。
『友理奈』の記憶を頼りに解決方法をいくつか考え、
その日は眠った。


ふと目を開けると、そこは暗闇だった。
何も見えないはずなのに、一つの気配があった。
ここが仮に精神体でしか来れないところだとすると、
『友理奈』と話せる可能性がある。
姉をよく知る『友理奈』に直接聞けるかもしれない機会は、活かさねばならない。
ダメもとで、体の持ち主の名を呼ぶ。

「友理奈さん。いたら返事をしてください。
お話がしたいです」
「…私が、わかるんですか」
「はい。はじめまして。紗理奈と申します」

様子を伺うようにおそるおそるな声が、
三歩先くらいから聞こえる。

「友理奈と申します。
私の代わりをさせて、申し訳ありません。
でも、もう姉と関わるのに疲れていて、助かっています」

切実に感情を訴える声には苦労がにじんでいる。
当たり前のことだ。気を遣うような症状の人と付き合うのは疲れる。

「それなら、よかったです。
私が体を借りるのは、30日間…正確には、あと24日ですが。
お願いが二つあります。
一つは、友理奈さんの部屋で筋トレすることを許していただけますか?」
「筋トレ?ぜひ!挫折しそうになっていたのですが、
続けられるきっかけになりそうです。
二つ目は、なんですか?」

嬉しそうに弾む声は、筋トレを快諾し、話の続きを促す。
二つ目が、ある意味で本題だ。

「二つ目は、お姉さんの身体を少しでも良くしたいので、
協力してください。
聞きたいのは、お姉さんの好きな物や好きなこと。
どんなときなら、くつろいだ雰囲気だったか…です。
知っている限りでいいので、私が元の世界に帰るためにも
お願いします」
「それなら…話します。
紗理奈さんが帰りたい場所へ戻るために、協力します」
「ありがとうございます!」

静かに、何かを決意するような声がはっきり聞こえた。
お礼を言うと、涙をこらえるような音がした。

「いえ。私も、姉のために何かしたいです。
姉がああなったのは、ここ一年の話です。
きっかけは失恋。経緯は言いませんが。
それから、食事もおろそかになり、気が塞ぐことが増えました。
幸い勉強に影響はありませんが、義務でないのを理由に部活はやめました。
学校が終わるとまっすぐ帰り、部屋にこもっています。
何を言ってもカラ元気か落ち込むし、食が細くなった姉を、
両親は腫れもの扱い。
それまでは、食事も運動も人並みにしていましたよ。
香りで癒されるような道具も部屋にありました」
「わかりました。
友理奈さんが知っている、良い兆しがあった事はありますか?」

あ、とこぼれた声の後、静かな空間。
急がず焦らずで待っていると、唸る声がした。

「小さいことですけど。外食です。
私と二人で、同年代の子が来ないようなお店でした。
親も同級生もいないおかげか、珍しく食べていました。
行き帰りは祖父の見送りで。
確か、剛って名前の定食屋さんで、早めの夕食を頂きました。
あとは、香りです。
唐揚げについているレモンが気に入ったみたいで、柑橘の香りを買いに
雑貨屋の湊さんへ一緒に行きました」
「ありがとうございます」
「いえ…姉を、お願いします。
本来は、どこにでもいる普通に元気な人でした。
24日後からは、また私も頑張ります」

声を振り絞るようにして話す言葉は、とても重かった。
託された願いを胸に刻む。
自分のために、友理奈さんの未来のために。

「はい。できる限り、頑張ります。
お話してくださり、ありがとうございます」
「紗理奈さん、ありがとう」

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