操り人形は幸せを見つける

秋赤音

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【第一章】祈り

34.禁じられた魔法

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試験当日の朝、懐かしい夢をみた。
子供の頃、お父様と交わした約束のお話を。

青葉が輝く晴天の日、二人で料理をしている。
艶のある黒い短髪のお父様が隣で野菜を切っている。
台に乗った私が、野菜を洗いながら声をかけたら、お父様が包丁で指を切った。
私は応急処置の道具を持ってきて手当をしていた。
傷をみると、切れ目が割れたようになっていて、とても痛そうで。
だから、早く治ればいいなって心で強く願った。
すると、傷口が光って元通りになった。
痛くないのが嬉しくてお父様を見上げると、
黒に近い茶色の瞳を伏せ、困った顔をしていた。

「一壬、これから大切なことを聞くよ」

怖い顔をしたお父様は、落ち着いた声で言う。
黙ってうなずくと、大きな暖かい手が私の手を優しく包む。

「人の傷を治したのは、お父さんが初めて?」
「はい」
「そうか。よかった。
これは聖魔法といってな。特別なんだ。
特別だから、これを人前で使ってはいけない。
人を癒すのは良いことだが、悪いことにも使われる可能性がある。
悪いことに使われたら、悲しむ人がたくさん増えてしまうからね。
絶対に、誰にも知られてはいけないよ。お父さんと二人だけの秘密にしよう」
「はい。お父様」

癒すことで悲しむ人たちのことが頭をよぎり、視界がぼやけてくる。

「ありがとう。辛い思いをさせてしまうね。
お父さん、時間はかかるけど、いつか、一壬が秘密にしなくて幸せな場所を作るから」

苦しそうな顔で笑うお父様がとても辛そうで、なぜか遠くに行ってしまいそうな気がした。
おもわず、空いた手をお父様の手に重ねる。

「わ、たしも、お父様と一緒に作ります。しあわせ、になります。
だから、だから…」

どこにも、いかないで。そう、言いたかった。
手に落ちる温かい水の粒が言葉を止めた。

「…ありがとう」

ゆっくりと遠ざかる意識の最後に見たのは、涙がつたい落ちながら穏やかに笑う顔だった。
目をあけると、少しずつ見慣れてきた黒曜石の天井。
体を起こして、カーテンと言っていた布を開けて景色を見る。
世界が広いことを体感した。広すぎて、自分の足では、消息の分からないお父様を探すのは難しい。
だから、魔法を使いこなしたいと改めて思う。
レオンは、聖属性は適性があるものだけ秘匿に行われると言っていた。
入学の適性試験で隠したのが成功していれば、呼ばれないはず。
約束は守ります。誰もが幸せで平和な世界のために。

「おはようございます。朝食の時間です」

扉から三度の音がした後、声がした

「今行きます」

急いで身支度をすると、始まったばかりの新しい日常に向かって扉をあけた。
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