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【第二章】この世の果て

8.当たり前の日常

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「お疲れ様」
「エリナさ…ん。お疲れ様です」
「はい。ランファさん。お疲れ様です」

仕事が終わり、誰もいない職員室を出ようとすると、
ちょうど入ってきたエリナ様に声をかけられた。
生前の慣れで様をつけそうになるが、ニコル先生にも
やめるよう言われているので何とか取り繕った。
ニコル先生も、自分のことは先生でなくていい…
と言うので慣れている途中だ。

「今日の夕飯、まだ決めていなくて…オススメはある?」
「寒いので、温かいものがいいと思います」

そう言うと、小さく唸りながら悩み始めたエリナ様。
それも数秒。
決まったらしく、花が咲いたような笑顔がそこにある。
職場に慣れてくると、先生して、番と共にいる者として、
女性同士だからできる話もするようになっていた。
生前から知っている者同士なので、心強い存在だ。

「ありがとう。助かったわ」
「いえ。私も考える良い時間になりました。
ありがとうございます」

ふと、聞きなれた足音が二つした。
一つは五回ほどで止まり、
一つはそのまま向かってきて閉められていた扉が開く。

「…いた。お疲れ様です。エリナ様、ランファ。
ニコルが来てます」
「お疲れ様です。
ウォルさん、人前では様を控えてくださいね。
二人とも、気をつけて帰ってください」

エリナ様はウォルの横をすり抜け、
開いたままの扉の向こうへ行く。
小さいが聞こえる二つの声には、和やかな雰囲気があった。

「私たちも帰ろう」
「うん。今日の夕飯はね…」

暮れる空の下、隣にいるウォルと、
足元から目先に並ぶ影が私を安心させてくれる。

番の儀を行った後、正式に冥府へ残り続けることを、
二人で申請した。
これからは、二度と離れることもない。
分かっているけれど、三度目の記憶が不安を誘う。

ふいに、繋がれている手が強くなる。
見上げると、温かさのある瞳が私を見ていた。

「ランファ。夕飯、温かいものがいいな。
荷物は持つし、片付けまで一緒にするから」

途切れてしまっていた言葉の先は、ウォルが繋いでくれた。
食べたいものが聞けることが嬉しい。
温かいものにすると決めてはいたが。
おそらく、ウォルは鍋料理のことを言っているのだと思った。
楽ではあるが、買い物の量が意外とあるのが大変だったりする。

「それなら、まあ…お願いします」
「ありがとう。こちらこそ、お願いします」

あと五分も歩けば食材屋に着く。
何を使うか…そんな他愛ない話をしながら、
今日も帰路を共に歩く。

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