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【第二章】この世の果て

9.贈り物

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「今日、なにか良いことがあった?」

「リアンさんが、お昼前に差し入れにお菓子をもってきてくださってね。
エリナ様と一緒に三人で頂きました。
たくさんお話もできて、楽しかったです」

夕食を食べ終え、片付けも済ませた後。
二人で選んだ長椅子に二人で腰掛けている。
すぐ隣にいるウォルは、嬉しそうに問うてくる。
今日あったことを思い出し、
一番楽しかったことを話した。
しかし、なぜか無言で眉間にしわがよってしまう。

「…よかったな。何を話していたんだ?」

声だけは穏やかなのに、その表情は辛そうだった。
きちんと話せば楽になるのだろうか。
少し恥ずかしいけど、ありのままを伝えようと決心する。

「ニコル先生の自慢大会、でした」
「ニコルの?」

目を丸くしながら、続きを話すよう目で訴えかけてくる。
意識すればするほど、
今考えるといい歳の大人が何をしているのだ…と恥ずかしくなる。

「リアンさんは、ニコル先生のご友人です。
それで、私の友人はすごいんだぞー…と。
エリナ様は、妻から見たニコル先生のお話をしていました。
私は、先生だった頃のお話を…。
白熱していたとき、
偶然お仕事が早上がりになった先生がきてですね…」

もう話すのが辛くなっていると、ウォルがくすっと笑った。

「ニコル、困った顔していなかったか?
そのあと、恥ずかしそうにエリナ様を連れて昼食にでそうだ」

すべて、その通りだった。
まるで現場を見ていたように言い当てる。

「その通りです…見ていたの?」

見られていたとしたら、
恥ずかしすぎて今すぐ隠れてしまいたい。
おそらく、見てはいないが、
そのときの私も想像がついていそうで。
どうか、見ていないでください…と祈る。

「持ち場が違うし、通りかかれなかったから残念だけど。
一生懸命に話すランファ、可愛いから本当に残念」

そう、ゆっくりと私の髪を撫でながら苦笑いをしている。

「恥ずかしいから、やめて。
大人らしく、キリっとしたいのに…」

「それは、そうだな。
できることがあれば手伝おう。
だから、可愛いのは私の前だけにしてほしい」

肯定しか許されないような不敵な笑みなのに、
その声は必死に願うような様子。
私のどこが可愛いのかは分からないが、
その答えは決まっている。

「はい。お手伝い、お願いします」
「…よかった。これからは、
ランファのどこが可愛いのか、今まで以上に伝える。
だから、自分が魅力的なことを自覚して」

「はい?」

何を言っているんだろうと思っていたら、
髪を撫でやめていた指が耳元を掠める。
くすぐったさに、思わず目をつむる。

「可愛い」

つぶやくような低い声が頭に響いて、
ますます耳に違和感が残る。
強く目をつむっていると、
ゆるりと頬を撫でる指先がそっと肩に触れた。

「目を開けて?」

優しく包み込むような甘い低音に驚いた。
空いている右手をを握りしめかけると、
閉じる前にウォルの指が絡んで繋がれた。

「ランファ」

名前を呼ばれるだけで跳ねる心臓が苦しい。
肩にある指先が腕をゆっくりと伝い、
握りしめていた左手もやんわりと解かれる。
不意に物とがした後、その左手に何かがそっと置かれた。
ゆっくりと目を開けると、
そこには装飾品が入っていそうな箱があった。

「形は違うけど、改めて贈らせてほしい」

それは、生前にもらった装飾品に使われたのと同じ鉱石で作られた品。
青い銅で作られた蝶を思わせる繊細な模様の型に、
黄色を帯びているものと赤色のアンダルサイ​​ト。
そして、ブルートルマリン。
一つ一つは小さいが、それぞれが確かな輝きを見せている。
小さなブローチの台座には銀が使ってある。

「ありがとう。お揃い?」
「そう。お揃い。
服につけられないときは、この鎖に通せばいい」

そう言いながら、目の前で、別の箱から出てきた銀の細い鎖が
台座のピンの隙間を通る。

「つけてもいい?」
「どうぞ」

鎖が肌に触れた瞬間、少しだけ冷たさを感じたが
あっという間に馴染む。

「綺麗…お揃いで、嬉しい」
「よかった。私にも、つけて?」

同じようにして、ウォルの首に鎖をかける。
自然と縮まっていた距離に驚くが、
いつの間にか腰に回されていた腕があり、
離れることができない。

「あの、ウォル?」
「これ、魔法で色々と加工をしたんだ。
どんな熱でも燃えないし、水をはじく。
どれだけ強い圧でも壊れないから、肌身離さず持っていてね」

生まれ変わっているはずなのに生前のウォルと同じ姿で、
再び贈られた宝物。
返事をしようと思って口を開こうとするが、
触れるだけの口づけで封じられた。
ゆっくりと惜しむように離れた後、
私が話す前にウォルがにっこりと笑う。

「それ、一度つけると外せない仕組みにしてある。
服につけたいときは【チェンジ】と唱えればいい。
服から首へ戻すときも同じように」

目の前で楽しそうに手本を見せ終わったウォルの背中へ腕を回し、
嬉しさが伝わればいいと思いながら自分の力一杯で抱きしめた。


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