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秘密の契約
11.惚気話
しおりを挟む冬城 透夜は、
幼い頃から何をさせても優秀な成績になる子供だった。
それゆえに、色々なことがあった。
下心に囲まれて過ごした結果、
何でもできる男は『普通』の人を求めていた。
『当たり前ができる』ことは、意外に難しいから。
唯一の友人は、夏空 海斗。
得意も苦手もある、正直なところが魅力だ。
何人か異性と交際したこともあるが、どれも気が合わない。
恋人を装飾品の一部のように扱う女性たちに、
自分から別れを告げる気力すら起きなかった。
振られるタイミングは、だいたいがホテルに行った後だ。
誘われた先にある用意されていた部屋に行っても、
当然何もしない。する気がおきないのだから。
いくら蠱惑的なことをしても動かない私にしびれを切らし、
怒り始める。
後日、会うこともなく一方的に別れを告げられるのが定番。
そんなことをする時間すらくだらないと思い、
ついに交際そのものをやめた。
すると、親が結婚の催促を始める。
聞き流しながらやり過ごしていると、
しだいにお見合いの話を持ち掛け始めるようになる。
拒否するとさらに頑固になってきたので、
一度会った後に断り続けていると、大喧嘩になった。
そして、やけくそで登録したのは、規則のゆるい婚活サイト。
暇つぶしに見ていると、変わった人がいた。
面白いと思って開いたのが、春里初音との出会いだった。
控えめな文章から始まり、
決められた項目にある自己アピールは無難な言葉ばかり。
好奇心から、試しにメッセージを送ってみた。
その日のうちに来る返事には、真面目さがにじみ出ている。
一日一通を繰り返し、
一か月が経った頃に昼食デートすることになった。
「初めまして。春里初音と申します」
一見、どこにでもいる美人。
話し方も表情、所作も綺麗。
しかし、なんとなく違和感があった。
彼女には温度がない。
何の感情もない、作られた人形のようだ。
「初めまして。冬城 透夜と申します」
この違和感の正体を知りたいと思った。
手本のような姿の中に、今にも壊れそうな儚さのある人。
ガラス玉のような瞳は、何を映しているのだろうか。
当たり障りのない会話をしながら、
内に芽生えた小さな執着心。
それは、話すたびに少しずつだが、確実に育っていった。
三度目のデートの昼食は、ラーメン屋だった。
デートには向かないと、
高級ランチが好きな元彼女が言っていた気がする。
おそらく偏見が混ざっている知識が頭をかすめたが、
目の前で目を輝かせる春里さんを見て、
元彼女は頭から消し飛んだ。
それは、気をつけていないと見逃すような一瞬だった。
行こうとしていた店へ向かうため、
偶然選んだ早道の途中だった。
ラーメン屋が見えて一呼吸分の些細な時間は、
自分にとっては長い時間だった。
会っていて初めて、春里さんの感情を見た気がしたからだ。
「あの…よかったら、ですが。
昼食、あのラーメン屋でもいいですか?
意外とお腹がすいているみたいで…」
嘘ではなかった。
しきりに空腹を訴える腹に感謝した。
春里さんは、目を丸くさせた後、恥ずかしそうにうつむいた。
「はい。私も、お腹がすいていて…賛成です」
私を見上げながら、
気まずそうに笑顔の薄れた表情で、耳まで赤くして話す姿にドキッとした。
それは、行くはずだった店を決めるときの当たり障りない笑みよりも、
引き付ける何かがある。
行くはずだった店は予約をしていないこともあり、
なんとなく浮かれたような雰囲気の春里さんとラーメンを食べた。
それからは、初の試みばかりをすることにした。
行先は二人で決めるが、そこに着くまでの道に
あえて、
常識を守りながら定番のデートらしい場所がないところを通るようにする。
それを二度。予想は当たった。
想定外は必ず起こり、そのたびに、
わずかだが均等さが崩れて感情が露になる。
そして、五度目のデートの帰り際に一つのお願いをした。
「次は、春里さんが食べたいものが食べたいです。
苦手な食べ物はないので、遠慮なく考えてください。
『当たり前ができる』春里さんなら、安心してお願いできますから。
もちろん、よかったら…ですが。
私は、春里さんのことが知りたいです」
「わかりました。決まったら連絡します」
「はい。連絡、待ってます」
驚いた顔をしていた。
戸惑いながらも承諾してくれた春里さん。
後日、届いた連絡にあった場所はラーメン屋。
お店の名前や地図も分かるように書いてある。
几帳面そうだと話し方で何となく分かってはいたが、
こういうときにも発揮されることを知れた。
楽しみに待った六度目のデート。
約束のラーメン屋に行くと、
一人の女性が食事をしているのが目に入る。
こういうこともあるのだと初めて見る光景に感心していると、
服の裾を引っ張られる。
「よかったら、少し待っててくれますか?
そこに友人がいるので…」
「はい。どうぞ」
その問いに即答で肯定すると、
春里さんはその女性に向かい、親しそうに声をかけた。
何かを話していると、時折こちらに視線を向けてくる友人さん。
春里さんには柔らかな笑みを向けている。
話が終わったらしく、先に席についていた私の隣に腰掛けた。
「注文は決まっていますか?」
「はい。決めました」
来店が初めてではなさそうな慣れた様子だ。
店主は声と目線に気がついたのか、
頃合いよく声をかけてくる。
「ご注文は?」
「お先にどうぞ」
春里さんが先でもいいと思ったが、
ここで問答するのは時間の無駄なので応じることにした。
「塩ラーメンを一つお願いします」
「味噌ラーメン、少し辛めでお願いします」
「春里ちゃん、それ、この間の?」
「そう!美味しかったですよ。家でも真似てます。
さっき枝折も食べてたでしょう」
戸惑う店主に、ニコニコと笑いながら褒め讃えている。
その言葉を聞いた店主は嬉しそうに笑う。
「それはよかった。
ラー油は置いておくから、辛さは調節してください」
「はい!」
「確認します。塩ラーメンと、味噌ラーメンですね」
「はい。お願いします」
セルフサービスの水を二人分とってテーブルに戻ると、
春里さんは店主が厨房で作業をしているのを楽しそうに眺めていた。
「どうぞ」
「あ、すみません。ありがとうございます」
「いえ。職人の技は見ていて楽しいですよね」
「はい、いつ見ても、とても楽しいです。
枝折…あ、さっきの友人とよくここに来ます。
食べたいもの、と言われたのでここにしたんですが。
今考えるとデートらしさがないですよね…。
恋人のお願いでは初めての経験だったので、
どうしていいのか分からなくて。
気が利かないことを、すみません…」
気が緩んでいるのか、いつもより口数の多い春里さん。
私にとって嬉しいことが次々に出てくる。
親しそうな友人とくるような場所に案内してもらえたこと。
デートだと意識してくれていること。
これは初めての経験らしいこと。
楽しそうに笑ったり、
困った顔をしたりと表情がくるくる変わるのが見ていて新鮮だ。
もしかすると、これが仮面の下のある姿の一つかもしれない。
「いえ。私の願いは、春里さんが食べたいものを食べることです。
春里さんは、わがままなお願いを叶えてくれました。
ありがとうございます。
それと、私にとっては、話し合う時間も、今この瞬間もデートです。
春里さんの新たな一面が知れるのが、とても嬉しい。
これからも、私たちだけのデートができたらと思っています」
「私たちだけの、でーと」
つぶやくように言った春里さんは、
どこか遠くを見るような瞳でぼんやりと私をみている。
「はい。だから、一般論は気にせず、
よかったらまた行きたい場所を教えてください」
「冬城さん…わかりました。
お互いに教え合うなら、いいですよ」
仮面が薄い今ならば、何か届くかもしれないと祈りながら、
新しいお願いを告げた。
その答えは、儚い面影のある表情の春里さんだった。
触れれば壊れそうな脆さがそこに在る気がした。
「お客様、おまたせしました。
塩ラーメンと味噌ラーメン。
ラー油とレモンはお好みでどうぞ」
頼んだ料理が運ばれた。
時計を見ると、意外に時間は経っていない。
「冷めないうちに、いただきませんか?」
「そうですね」
初めはそのまま、途中でラー油を使い始める春里さんに
思わず聞いた。
「辛くないですか?」
「まあ、辛いですけど美味しいです。
私は好きです」
熱いものを食べているからと分かっていても、
わずかに赤くなっている頬で微笑む姿に心臓が跳ねた。
「そうですか。いえ、美味しそうに食べるので、つい。
レモンは、のせればいいんですか?」
気を紛らわすため、お好みで…のレモンについて聞いてみた。
「はい。味を変えて楽しみたい人はしてますね。
のせた後に果肉を潰して果汁を出すのもいいです。
私も一度はしましたが、さっぱり香りも良くいただきました」
「そうですか。ありがとうございます」
「いえ」
再びラーメンに意識を戻し、二人で黙々と食べきる。
その日をきっかけに、ラーメン屋巡りが始まった。
デートの昼食は、だいたいがラーメン屋。
順番に互いの好む店へ行く。
他にも、映画や水族館、公園でピクニックなど…
回を重ねるごとに春里さんの仮面は薄くなっている気がした。
違和感の正体は、仮面の向こうにある豊かな感情だった。
知れば知るほどに惹かれていく。
知り合って三か月が経とうとする頃。
私はついに告白をした。
それを春里さんも受け入れてくれた。
十回のデートで、私たちは正真正銘の恋人同士になった。
「だから、ラーメンなんですね」
しっくりと落ち着いたように、子供たちはうなずいている。
「どういうこと?」
「あ…ええと、いつも上着にラーメンの匂いがしていたので。
お父さんとお母さんが二人で出かけて帰るとき」
「いつか一緒に行きたい」
目を輝かせる子供たちに、考えを改める。
塩分の取りすぎはよくないと思い、連れて行かないと決めていた。
今日の話をして、相談しよう。
おそらく、惚気話をしたことを照れながら怒る姿を思い浮かべる。
「わかった。どこへ行くかは、初音と相談しよう」
「ありがとう!
あと、馴れ初めを聞いたことは、秘密にします。
でも、記念日は教えてください。
二人で美味しい料理を作って、お祝いしたいです」
「お祝いしたい」
「わかった。初音にも聞いて、
答え次第で教える…でいいですか?」
「「はい」」
子供たちの嬉しそうな表情に心が温かくなる。
初音がいれば、もっと良かった。
「とりあえず、初音が帰るまでに家事を終わらせよう。
みんなで綺麗にすれば、初音はとっても笑顔になる」
「お母さんの笑顔を守る!」
「守る!」
「次は、秘密で用意するお菓子作りです!
皆、かかれー!」
「「おー!」」
台所へ行く子供たちを見守りながら、
飲み終えたカップを持って後ろを歩く。
帰ってきたお菓子をみて驚く初音と、
楽しそうに話す子供たちの姿を思いながら。
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