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一夜の夢
走馬と灯
しおりを挟むあらすじ
目を開けると、
人の気配がない場所にいた。
柔らかな踏み心地の敷物の上。
歩いて通りすぎる景色の中、
目のとまったのは美術展。
入り口を探して入ると、そこにあったのは…。
----------
「見て、歩きましょう」
「…」
目を開けると、そこには一組の親子がいた。
何も話さない入学したての小学生くらいの制服姿の子供と、
穏やかな笑みを浮かべる柔らかな桜色の上着を着ている女性。
子供の母親だ。
二つの足音だけが、わずかに聞こえるだけの空間。
歩き回っていると、
少し背丈が成長した子供が立ち止まる。
そこは、小さな美術展。
中学校の正制服に身を包み、
小さな造花の花飾りを胸に飾る少女が展示品をぼんやりと見ながら通りすぎていった。
ぽっかりと空いている扉のない壁は、
展示の途中にある従業員専用の出入口らしい。
人間に似ている自動人形の警備員が、
お客様立ち入り禁止の案内が書いてある板を持っている。
「行ってみましょう」
優しい母親の声が、子供を導く。
壁に記された案内を頼りに、
無事入り口へたどり着いた親子。
人間に似せてある自動人形が、
人間に限りなく近い機械音で受付の案内する。
最後に差し出された案内の紙を受け取り、
ゆっくりと、白い壁の部屋にある展示品を見て歩く。
白く硬い床に敷かれているのは、赤く柔らかな絨毯。
その上に、黒い色の台と黒い敷き布。
壁には、黒い額縁。
黒に飾られた展示品には、
それぞれに、思い出が書き添えられた紙が置いてある。
進むたび、少しずつ変わっていく子供。
母親よりも駆け足で展示品を見流していく。
13歳の作品を過ぎた後、
黒い飾り縁や敷き布に変化が現れ始めた。
わずかだが鮮やかな色が加わっている展示品。
そして、時折にある人物画が目に留まる。
私も、その子供に誘われるように、ぼんやりと見る。
なぜか、私には見覚えがある姿が描かれていた。
よく見ると、他の展示物も見覚えのあるものが多い。
それらは楽しいものばかりではないが、
強い感情が込められている品ばかりだ。
そうして、
子供は、20歳の思い出が書かれている展示品を見終わると振り返る。
母親の姿も気配もない。
焦った様子の子供は、母親を探すため、先に進む。
そして、展示は21歳の思い出からは、
飾り縁や布すらない白い壁と
柔らかな赤い床だけ続く。
思い出の紙には、年齢だけが書いてある。
子供は、走っていた。
ただ、ひたすらに。
最後の作品置き場には、説明欄に63歳とだけ書かれてあった。
その先にある出口の先は、行き止まりのような何もない薄暗な透明の壁。
その向こうは、
水が空間いっぱいに揺蕩う世界のようだ。
さっきいた少女は、水面の中で、子供に背を向け佇んでいる。
子供は、ここに母親はいないと感じ、来た道を引き返す。
探しいていた母親は、20歳の展示の前にいた。
ここにいれば会えると分かっていたような様子で、穏やかに佇んでいる。
「お母さん」
「さあ、戻りましょう」
不安そうな子供の声に応えるのは、優しい笑みを浮かべている母親。
そして、示したのは、入り口の方向。
子供は、意味がわからず案内を探す。
ふと目に入った壁には、
お帰りは、こちら…と入り口を示している案内がある。
そこに添え書きしてる展示のお題は、「未完成の宝箱」。
さっき見たときにはなかったものだ。
子供は、母親と一緒に入り口へ向かった。
展示品の感想を、
感情がこもる言葉で話す子供と母親。
受付が見えたところで、
ふいに、どこかから物音がした。
そこで意識は途切れた。
扉が軽く叩かれている音がする。
目を開けると、見慣れた天井。
息が苦しい感覚で、意識が冴える。
体が強ばっている。
ゆっくりと起きようとすると、
焦ったような扉の開く音がした。
「おはよう。って、首!
喉が…ゆっくり起きて?」
心配そうなお母さんの声がする。
首の向きが悪く、
喉を圧迫しているらしい。
どうりで息が苦しいわけだった。
ゆっくりと体を起こすと、
お母さんが、
いつにも増して不安そうにしている。
こんな顔は、中学の自殺未遂以来だ。
「お医者さん、行く?」
「大丈夫」
「そう。ご飯、できてるから。
待ってるね」
お母さんはぎこちなく笑い、
私に背中を向けて部屋を出た。
表情のない頃を思えば、
わずかな動きがあることが嬉しい。
部屋を移動するため、
携帯電話を手に取った。
連絡が入っていると、
点滅する明かりが知らせている。
三件のメールは、
二人の友人と不要な宣伝だ。
"成人式、会えるよね?"
中学を卒業した後は連絡がなかった彼女。
なぜか、明後日の成人式の1ヶ月前に連絡がきた。
当時は仲がよかったが、悪口に同調しなければ機嫌を損ねる面倒さから、
卒業と共に連絡を断っていた。
最近は、一度だけ。
断るために返事をしただけの連絡。
それから何度目に見る一方的な文面には、気が滅入る。
断りたい約束は、断りきれていない。
相手には用事があるらしい。
"今度会うとき、何食べる?"
成人式の後に約束している友人は、
さりげなく自分の希望を書いている。
食事の好みが似ているので、
だいたいは、
彼女の好むものは私も好きなもの。
偶然に席が隣同士で始めた交流は、
出会った高校を卒業しても続いている。
"辛いことはありますか?
その悩み、助けます"
いかにも、胡散臭い。
すぐに消した。
体が妙に気だるい。
枕元にあった空になっている薬と、
わずかに残っている水に冷や汗が出た。
私は、処方以上に飲みすぎた、らしい。
原因を考える。
昨晩は、気が落ち込んでいた。
憂鬱な成人式の面倒さに。
お母さんの希望を叶えるため、
数時間限り身に纏う晴れ着だけが唯一の楽しみだ。
その後に開かれる小中合同の交流会は、
不参加だ。
古い友人と温かな交遊を続けているお父さんは、
不参加なことが不満らしく、
夕食で毎夜に旧友の素晴らしさを語っている。
いい加減にうんざりとしていた。
だから、つい、魔が差した。
目が覚めなければいいのに…と願ったのを思い出した。
落ち着いたところで、お母さんを待たせていることを思い出す。
携帯電話を部屋着のポケットに入れ、
足早に台所へ向かう。
「おはよう」
「うん。おはよう」
生きていてよかったと思った。
穏やかな笑みは、
夢にいた母親によく似ている。
「今日の夕飯は、
あなたの好きな料理だから。
楽しみにしてね」
嬉しそうに笑うお母さん。
その声は明るく、
歌が聞こえてきそうなほど楽しそう。
「ありがとう。
いただきます」
いつもと同じ味付けの味噌汁は、
冷たくなっていた体に温かく染みた。
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