幸せという呪縛

秋赤音

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秘密基地

5. 結ぶ

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住み始めて半年が過ぎた。
先月から飾間さんも住むようになり、
食事の品数と美味しさが格段に上がった。
最近は近所の方が野菜を分けてくれたりするので、
お返しに…と日常で小さなやりとりもある。

食卓を彩る花や、彩のある盛り付けは会話を弾ませている。
食べ終えた夕食を片付けていると、電話が鳴る。

「はい」

「千です。蓮さんだね。実は、お願いがあります。
住む期間を一年と言っていたが、延ばしてもいいですか?
それぞれのご両親は了承していますから、
あとは本人の意思だけです。
期間が決まったら、また連絡しますから」

「わかりました。俺は、残ります。
三人の意思は、伝えからですね」

「お願いします。では失礼します」

電話が切れて後ろを見ると、報告を待つような三人がいた。

「蓮。叔父さん、だよね?」

咲は、何があったのか不安そうに俺をみる。
電話があるたびに変化があるので、当然だろう。

「皆に関わることです。
そのまま、言いますね。
"住む期間を一年と言っていたが、延ばしてもいいですか?
それぞれのご両親は了承していますから、
あとは本人の意思だけです。
期間が決まったら、また連絡しますから"です。
各自、考えてください」

「私は、ここに残るからね。
演奏に集中できる環境があるし、機会は多い方がいいから」

迷いがないまっすぐな声で嬉しそうに微笑む咲。

「私も残りますわ。
ご近所の方に料理を習うことになっていますから。
家から通うより、ここの方が良いです」

「僕も、残ります。
最近、ご近所の方に花を活けてほしいと頼まれていますので」

楽しそうに話す二人は、
同じような意見に驚いたのか見つめ合っている。
二人空間に入ったので、放置することにした。

「わかりました。明日、残る意思は伝えます。
片付けは俺がするので、皆さんは休んでください」

「ありがとうございます。
唯。行こう?見せたいものがあるから」

「一、待って。ありがとうございます」

土井さんは飾間さんの手をひいて部屋を出た。
置いていた片付けに戻ると、咲が隣に立つ。

「賑やかになったね」

「そうだな」

それぞれが置いている本や花、料理器具。
何もなかったのが嘘のように賑やかになった一階を眺める。

「片付いたら、一曲いかがですか?」

「一曲でいいんですか?」

俺の問いに驚いた咲は、次の瞬間花のような笑顔になった。

「何曲でも。夜明けまででも!」

「それは、さすがに喉が辛い」

「そう?」

「それに。遅くまで異性といるって、意味わかってる?
どうなっても知らないから」

何を想像したのか、顔を真っ赤にする咲。
とまった手から最後の食器をとると、所定位置に置く。
距離を詰めるとますます固まり、息をのんで俺を見上げている。

「咲?」

「蓮なら、どうなってもいい。
私、蓮が好きだから」

じっと見つめる瞳には熱のこもった期待が浮かんでいる、気がする。
それは自分が都合よく思い込んでいるだけ、だと思うことにした。
でないと、理性がもたない。
その目が見えないように抱きよせる。
自分勝手に少しだけ突き放すことを期待したが、
咲は腕を俺の背に回して俺を見つめる。

「俺も。咲が好き」

「蓮…」

泣き始めた咲の目じりにそっと口づける。
触れた肌は柔らかく、続きを考える思考を理性で抑える。

「悲しい?」

「どうして、そうなるのよ」

少し拗ねたように言う咲は、俺の胸に顔をうずめた。

「泣いてる」

「嬉しいときも涙が出るのよ」

「そうか。だったら、また泣かせるかも?」

「どういうこと?」

「まだ、言えない」

「聞きたい」

顔をあげた赤い目の咲は、まっすぐに俺をみる。
直視すると俺が耐えられそうにないので、
振り向けないように抱き寄せて、耳元へ唇を寄せる。

「卒業しても一緒だったら、その時は覚悟して」

「…!」

息をつめた咲は、俺を力強く抱きしめ返した。



数年後。

女性が湯気が香る食事を並べていると
男性が花を入れた花瓶を持ってくる。

「今日も美味しそうですね」

「今日も綺麗ですね」

重なる言葉に驚き、微笑みを交わす一組の男女。
窓から差し込む光が柔らかく二人を照らしている。
その様子を見守るように静かに移動した女性は、
部屋をでて階段を上がる。
開けっ放しの扉を過ぎ、男性に近づいた。

「食事ができたよ」

「今いく」

「そう言って、昨日も食べずに出た。
蓮。何を描いているの?」

「咲」

優しい眼差しで女性を見る男性。
女性は、その視線に照れたような表情で見つめ返している。

「いいね。お店に飾ってもいい?」

その声に、二人は勢いよく振り向いた。

「叔父さん。飾るなら他のにしてください」

「はいはい。奏者がいないと始まらないからね。
開店までに食べて支度してくださいね」

二人は顔を見合わせ、颯爽と階段をおりる男性の後を追った。
そして、あっという間に時間は過ぎる。
優雅な演奏の中、
台所や本棚の点検や店内の内装花の確認が手際よく行われている。
最後に男性が表扉の表札を『開店』にする。
扉の中へ入ると、若い男女へ目配せをした。

「開店時間です。今日もお願いします」

「「「「はい。お願いします」」」」

男性の掛け声と共に、扉が開く。
すると、袋を抱えた男性が入ってきた。

「いらっしゃいませ」

「これ、今朝畑でとったんだ。使ってくれ」

「ありがとうございます」

「いいんだよ。ここは、居心地がいいし。
前から良くしてもらっているからね。
家内が”花を活けてほしい”と言っていた」

「ありがとうございます。
土井に伝えますね。
本日もごゆっくりお過ごしください」

男性は席へつくと、女性へ注文を告げた。
一人、また一人と人が入っては出ていく。
差し込む光は白から橙へ移り変わっていく。

「『生演奏が聴ける喫茶店』って本当だねー。
ご飯は美味しいし、本も充実してる」

「事前に希望を言えば、そのうち演奏してもらえるって噂だ」

「そうなんだー。あ、花飾りも売ってる。
また、ゆっくりこよう。ね?」

最後、一組の男女が楽しそうに場を去った。

「ありがとうございました」

男性が扉の外でその背を見送ると、
看板が『閉店』になる。

「お疲れ様です。わしは、帰ります。
点検と戸締りはお願いします」

「「「「お疲れさまでした」」」」

皆、それぞれの持ち場へ戻っていく。
男性は扉を出た窓越しにその景色を眺めた後、静かに去った。
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