幸せという呪縛

秋赤音

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眠れない夜に届くのは

3.おはようございます

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始まりは、他人からすれば『たった、それくらい』のこと。
俺にとっては、とても大切なことだった。


いつものようにランドセルを置いて本棚へ向かう。
なぜか、本の配置が変わっていた。
新しい本がある。
なくなった本を部屋中探したが、見つからない。
俺は、料理を作ろうとしていた母親の洋服の裾を掴んだ。

「母さん。棚にあった絵本はどこ?」

「絵本…片付けたけど、それがどうしたの?
お父さんが新しい本を買ってくれたから、棚を整理したの」

こてん、と不思議そうに首をかしげる母親。

「片付けた本は?」

「捨てたわよ。
文字のかすれるくらい、たくさん読んでくれて、ありがとう。
新しい本も、たくさん読んでね」

無邪気な笑顔は眩しかった。
俺は、どう言えばいいのか分からなかった。

「わかった。
お母さん、お父さん、ありがとう。
俺、宿題してくる」

「ご飯ができたら呼ぶわ」

明るい声の母親から早歩きで離れる。
自室のドアをしめると、机に向かった。
宿題を終え、本棚を見る。
新しい本を読んでみるが、内容が入ってこない。
思い描くのは、なくなったお気に入りの本の内容ばかり。
もうないのだと思うと、なんといえばいいのか分からない気持ちになった。
今はやめようと、床に背をつけ、ぼんやりと天井をみる。

「牽斗。ご飯できたわよ」

ドア越しに聞こえた声に、目を開けた。
いつの間にか寝ていたらしい。

「今いく」

立ち上がり、ドアを開けると台所から音がした。
食事の時間を知らせる音。

りりり、りりり…

急がないと、また捨てられてしまう






り、りり…りり、りり…

近くで聞こえる音に目を開ける。
つけたままの映像から流れていた。
不快な音を消すと、時刻を見る。
深夜にはならない時間。
まだ少しだけ二度寝が許される。
眠れなくても、
体を休めるためによこになるくらいは配達まで時間がある。
なんとなく、夢の続きが見えそうな気がして体を起こす。
辛いなら、無理に眠らなくてもいい。
やっと見つけた、自分なりのマシな寝不足のありかただ。
本が手元にあることに安堵し、気分で本を選んだ。
時間になると目覚ましの音が鳴るよう設定する。

日課になった校内新聞の配達。
そして、友人との交流。
ポストの内側にあるメモを受け取る。
そこには、嬉しい知らせがあった。

早朝まで眠れるようになったので
メモを入れるのは難しいです。
放課後、よければ学び舎で会いませんか。
図書室はどうですか?

その言葉に、迷わず用意しているメモに書き足す。
放課後、係の後でよければ図書室で待っています。

メモつきの配達物をポストに入れ、次の場所へ向かう。
葉隠さんが少しでも元気になっていればいいと思いながら。

「おはようございます」

「はい。おはようございます…」

なぜか、少し赤い頬の葉隠さん。
始めは一歩的に好きそうな本を書いて渡していたが、
最近は互いの好きなものを交換している。
いつものように配達物と交換に受け取ったメモ。
しかし、内容は少しだけ違った。
最後の一文に、俺の好きな食べ物を問うている。
驚いた。
しかし、今は仕事を終わらせないといけない。

「ありがとうございます」

急いで葉隠さんに背を向けた。
葉隠さんから見えるうちは上手く笑えているといいと、思った。
両親からも聞かれたことがないありふれた言葉への動揺だけは、
隠したかった。



放課後、返却受付に見慣れた人がきた。

「こんにちは」

初めて会った時よりも顔色が良くなった雷遠さん。
返却する本の上にメモがある。

ありがとう。
これからも、よろしくお願いします。雷遠 昴

「ありがとうございます」

係の仕事を終えると、
一人で本と向き合う雷遠さんに声をかける。

「閉館時間です」

「あ、捜留さん。お疲れ様です」

穏やかな笑みを浮かべて小さくお辞儀をされた。
同じようにお辞儀を返す。

「お待たせしました。雷遠さん、歩きながら話しますか」

「はい」

楽しそうにニコニコと笑う雷遠さんは静かに立ち上がり、
丁寧に椅子を元へ戻す。
そして、寮の入り口に着くまで続いた読書談は面白かった。
また会う約束をして、それぞれの部屋へ戻る。

食事を終え、机に置いたメモと向き合う。
一番難しいのは葉隠さんからの問い。
自分でも考えたことがなかった。
本が好き、くらいしか自覚がない。
散々に悩んだ後、『自分でもわかりません』と書いた。
本のことなら多くを書いているのに、それだけは文字から違って見える。



翌日も、その翌日も変わらない日々。
朝の配達の後、学生の仕事をして、最後は図書係として返却受付を終える。
時々、雷遠さんが終わるまで図書室にいて、
一緒に帰ることが増えた。
葉隠さんへ正直に答えた翌日から、なぜか、
たまにだが悩みとアドバイスを求められるようになった。
自分なりに返事をしているが、助けになっているらしい。
何度かお礼を言われた。

あっという間に季節は移ろい、昨日から長期休暇に入った。


いつもなら学び舎で先生が書くことを辿っている時間。

「葉隠さん」

「乙葉でいいです」

「でしたら、俺も牽斗と呼んでください」

「け、牽斗さん、本当に、よかったんですか?」

目を見て名前を呼ばれた、だけなのに。
なぜか胸が苦しい。

「はい。こちらこそ、急な日程ですがよかったですか?
俺、誰かと見るのは初めてで、楽しみにしてました」

校内で見る葉隠さんとはどこか雰囲気が違う様子に緊張する。
服装もだが、顔の造りが朝の顔でも学生の顔でもない。
香りも柔らかく、やはり校内にいる姿は別人なのではと思う。
寮の入り口で待ち合わせて問うと、
本人曰く、「『ナチュラルメイク』でないからかも」の返事。
メイク、つまり化粧の方法にも色々あるのだろう。
葉隠さんの瞳と視線が合うと、思わず息をのむ。
緊張しているのか様子を見てくるような上目遣いで俺を見る姿に、
文字のやりとりならできていた会話が上手くいかない。
きっと全てではないが、少しだけ互いのことを知っているのを思い出し、
なんとも表せない感情が巡る。

メモを交わすようになって初めて返却受付で見た名前と姿。
朝とは別人のような顔色と香りの理由が気になった。
それから、少しずつだか朝に見る顔色が良くなっていることに気づく。
校内でも、いつからか視界に入ることが増えた。
そして昨日、メモで誘われた映画鑑賞。
ちょうど見に行く予定を決めていたので、誘ってみると了承された。

「そう、ですか。ありがとうございます。
私も、楽しみにしてました」

目じりを下げて照れたように柔く微笑む葉隠さん。
その頬はわずかだが赤く、艶のある唇は綺麗な三日月を描いている。


早く進もうと思い、券を二人分買うと、隣にいる葉隠さんへ渡す。

「え、あの。自分のは」

「乙葉さん。でしたら、今度は二人分お願いできますか?」

きょとんと、目を丸くしている葉隠さん。
今度、はその場しのぎの嘘。
前に進むよう促すと歩き始める葉隠さんは、俺を見た。

「はい。今度…ですね」

嬉しそうに微笑む姿に目が離せなかった。
葉隠さんの足音で我に返ると、予定通りに売店へ進む。
待つ間に飲み物を飲んでいると、期待に満ちた目で葉隠さんは俺を見た。

「今度は、何をみますか?」

「まずは今日のを見て考えませんか?」

「そう、ですね」

適当にはぐらかすと、曖昧に、どこか寂しそうに微笑む葉隠さん。
そんな顔をさせたいのではない。
ただ、元気でいてくれるだけでいい。
俯く頬へ手を伸ばそうとした、瞬間、上映の始まりを告げる合図が鳴った。
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