影に鳴く

秋赤音

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雨降って地固まる、と言いますが

1.好みの違い

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焼きたてのパンに香ばしいソースを添えた目玉焼き、
彩りの良いサラダと温かなスープ。
ナツも頻繁に食べると言っていた定番の朝食が食欲を誘う。
冷めないうちにと、まだ眠る恋人を見下ろす。
つき合って一か月。
特別に祝うことはないけれど、
当たり前として傍にいる存在を大切にしたいと思った。

「飯、できた」

「ぅん…」

肩を揺らすと、気怠そうにベッドから降りてくるナツ。
俺のシャツを着せて寝たままの姿にクる何かを抑える。
ナツは椅子に座ると、丁寧に手を合わせて箸を持ち、動かし始める。

「…あ」

「どうした」

「いえ。美味しいですね」

一瞬、表情が変わった気がした。
いつもの笑みに気のせいかと思ったが、なぜか違和感を覚える。
いつもどおり綺麗に食べ終えたナツは片付けをして、
着替えて隣の自室へ戻った。

登校し、学び舎の教室で偶然見かけたナツ。
友人と昼食を共にしている様子だ。
少し遠いが楽しそうな声が聞こえる。

「ナツ。好物だろう。やるよ」

「いいですよ。自分で食べてください」

「いいから!
今日はケチャップも手作りだから、
ぜひトマト愛好家から感想が聞きたい」

「愛好家って…そこまでではないです」

「ご飯にケチャップ、卵にもケチャップ。
サラダにトマトは欠かせない。
本当に、トマト好きだよな」

そこからは、聞こえているはずなのに分からなかった。
衝撃だった。
ナツがトマトを好むこと。
友人は知っていて、俺は知らなかったこと。
なにより、ナツが言ってくれなかったことが寂しかった。
今朝の違和感の正体は見えた気がしたが、衝撃の方が強い。
午後の授業も受けたはずだが覚えがない。
ノートだけは、先生がしたであろう小話まで書き留めてある。
寮に帰ると夕食を作ろうと冷蔵庫を開ける。
ソースが目に入ると、つい思い出してしまう。
気が沈み始めたとき、来客を告げるベルが鳴る。
今一番会いたくて、会いたくない人だと確信する。

「こんばんは」

「はいれ」

ドアをあければいた恋人に思わずため息をついた。
ナツが玄関に入った後で鍵をしめ、ナツの手をひき台所へ戻る。

「ハル。今朝は作ってくれたから、夕食は僕が

「ナツ。トマトが好きなのか?」

「うん。好きですよ。どうしました?」

言葉を遮られた後も普通に応えるナツに安堵し、苛々した。
嫉妬。
独占欲。
分かっているが、抑えるのが難しい。
しかし、ぶつけていいものではない。

「今朝。どうして言わなかった?」

「何をですか?」

「味付け」

なんとか感情を抑えながら話すが、心当たりがないらしい。
柔らかな笑みを浮かべている。

「美味しかったですよ」

「…分からないなら、いい」

「うん?では、夕食を作りますね」

終始上機嫌な様子で出来上がったのはハンバーグ。
温野菜と、ほどよい照りの香ばしいソースが添えてある。
焼きたてのパンに、綺麗な彩りのサラダとスープが空腹を刺激する。

「ハル?」

「美味しそうだな」

「はい。頑張りました」

照れながら微笑むナツ。
冷めないうちに席につき、料理をいただく。
とても俺好みで美味しかった。

「美味しいですか?」

「とても美味しい」

「よかったです」

俺を見て浮かべた笑みはとても嬉しそうで、甘く優しい。
サラダに入っているトマトの多さはナツの好みだと、今なら分かる。
互いの作った食事を当たり前のように食べていたから、
気づけそうで分かっていなかった。
別の誰かといるナツを見たから気づけたのだ。
新しく知れた一面の嬉しさと燻る寂しさを内に秘め、
美味しい食事を完食した。

俺の好みを聞いてくるナツに答えながら、手は皿を綺麗にしていく。
自分のことを話さない寂しさは抑えながら片付けを終えると、
ナツが俺へ心配そうな視線を向けてきた。

「ハル。なにかありましたか?」

「どうして、そう思う?」

「なんとなく、です。雰囲気が違うので。
言いたくないなら、いいです。
顔色が良くないので、少しでも休んでくださいね」

俺と目が合うと見慣れた笑みに戻るナツ。
そのまま俺から一歩ずつ離れていき、目線はドアに向いている。
このままだと帰ってしまう。
通り過ぎようとするナツの腕を手を伸ばしてつかんだ。

「俺の体を休めたいなら、添い寝を希望する」

「寝るだけで済むんですか?」

「それを聞くか?」

腕をひき抱き寄せると、欲を煽るように服の上から腰を撫でる。
そのままナツのベルトを外し、服越しに硬さを持ち始めたモノへ愛撫する。

「…っ、ハル、お風呂、まだです…っっ!」

「一緒に入ればいい。
少し煽っただけで、なあ?一発ぬいとくか?」

「ここは、ダメです…ぅ、あっ!やめ、触らな、ぁ…っ」

直接触れて焦らすように擦れば、少しずつ指先を濡らし始める。
抵抗する気配がないので続けると、
俺にしがみつきながら手の中で達した。
脱力して身を預けてくるナツを抱えて浴室へ向かう。

「ここなら、良いか?」

床へ降ろすと服を脱がせながら耳を甘噛む。

「ベッドが、いいです…っ」

「そうか。他には?」

「シャワーは一人がいい、です。
一緒だと、ほしく、なりますから…ぁ、…く、…ぅっ」

言葉通り、出したばかりのモノはすでに熱で熟れている。
蜜で濡れたそこにゆっくりと触れれば、さらに溢れて指を濡らす。

「我慢しなくていい」

「ハル、や、ぁ、あ…っ、またイく、からぁ…あっ、んぅ、…っっ!」

さっきよりも多く出された白濁。
指先ですくうとナツへ見せつける。
それを見て赤い顔をさらに赤く染めた。

「興奮しているようだな?」

「ハルが、いつもする、から…」

萎えない自身を見せつけて、続きを促すように俺の手をひいた。

「いいんだな?」

「はい…我慢がつらい、です…っ、はやく…っ」

艶のある切ない声に我慢をやめた。
壁に手をつかせて慣らしたナカへ自身をあてがう。
一つに交われば満たされる身体。

「少し、このままでいいか?」

「はい。僕も、同じ、事を、思ってました…っ」

背中から抱きしめると、ナツは小さな笑みをこぼした。

「ナツ?」

「ハル。僕、ハルのことがもっと知りたいです」

嬉しそうな声に胸が締めつけられながら高鳴る。

「俺も。ナツのことが知りたい」

「同じ、ですね」

誘うように緩やかに動き始めたナツは、わずかな感触をも快楽へと変えていく。
夢中で互いを貪り合い、同時に果てた後、
誓うように触れるだけの口づけを交わした。


翌日。
なぜか不安そうな表情で夕食を出された。
食べていると、オムライスに添えてあるソースが違う。
見た目は変わらないが、味が変えてある。
美味しいのに、なぜ不安そうな様子なんだろうか。

「このソース、いつもより美味しいな。なにをした?」

「冷蔵庫にあったソースに、ケチャップを少々…本当に美味しい?」

「美味しい。俺も今度からそうしようかな」

「ハル。無理して合わせてないですか?
昨日、聞いたんです。
ソース派だと。有名なんですね…」

何かを抑えるような声と落ち込んだ様子のナツ。
それは、おそらく、いつかの俺だった。
同じ事を考えていることが嬉しくて、思わず頬が緩む。

「俺は、ナツが作る飯なら美味しいと思う。
好みは確かにそうだが、だからってそれ以外を食べないことはない。
だから、これからはナツの好みも混ぜて作ってほしい」

自分で言った後に思い出す。
あの時のナツの表情は、こんな心境だったのだろうか。
確かに、好みでなくても美味しい。
好きな人の習慣を見つけたような気がする嬉しさは、
形容しがたい何かで胸がいっぱいになる。

「…わかりました。
僕、トマトが好きなんです。加工品も含めて。
ハルの好みと混ぜても合うと思ったけど…本当にいいんですか?」

「いいに決まっている。
単品でも美味しい、合わさればもっと美味しい。
最高だと思うがな」

「ありがとうございます。
僕も、そう思います」

目を伏せて照れながらはにかむ笑みに憂いはない。
いつものように食事を始めたナツを見ながら、出された食事を完食した。

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