影に鳴く

秋赤音

文字の大きさ
上 下
48 / 49
家族ごっこ

4.変わったこと、変わらないこと

しおりを挟む
最近、実末さんと会うことが少なくなった。
おそらく、授業の変更をしたのだろう。
同じ内容でも受ける時間が変わったことを、
誰でも見られる受講履歴で知った。
なんとなく寂しいが、仕方なかった。
年を重ねて学年も変わる。
平穏な日常は過ぎ、記憶の隅に小さくなろうとしていた。

「実末さん?」

「伝詩さん。こんにちは」

偶然だった。
久しぶりにすれ違ったので、迷うより先に声が出た。
何となく雰囲気が変わった気がした。
表情は同じ笑みに艶がある、気がする。
そして、不自然に膨らむお腹を優しく撫でているその人。
かける言葉がわからない。
声が出ない。

「こんにちは。お腹、辛くないのか?」

「誰かの役に立っていると思えば、辛いけど平気です。
それに、一応は命を育むための造りですからね。
仕事も出産も、楽しいです」

隣で祝いの言葉を告げた憐離。
笑顔で返された言葉に驚いた。
その行動は自分が知るその人の印象と結びつかなかった。

「そうか。お幸せに。俺たち先を急ぐから」

「ありがとう。二人も、お幸せに」

最後の笑みは、自分が知る穏やかな顔だった。
憐離に手をひかれ、歩く程に景色は変わる。
気づけば夕暮れが空を彩っていた。

「…っ、んんっ!や、ぁ、あ!」

帰り道を進んで、いつもの公園を通る途中にうめき声が聞こえた。
助けを呼ぶ必要があるかもしれないので確認するため近づく。

「…ぁ、あ、や、だって…っ、ここ、いやぁ…っっ!」

「藍依音が誘うような顔するから」

「ん、あ、あ…っだ、め、い、く…っぅっ!!」

姿は見えない。
しかし、声だけで何が起こっているか何となくわかった。
もはや誰が、どのように、は関係ない。
止む気配がなく、むしろ激しくなっていく水音に気まずくなる。
憐離に倣い、歩き方を変えないようにその場を離れる。
与えられた憐離の個室へ連れられると、
扉の鍵がしまってすぐに抱きしめられた。

「大丈夫か?」

「…うん。平気」

正直、少しだけ驚いた。
変わってしまったことが嫌でもわかってしまった。
気にしてもしかたないのに。
心に穴ができたような寂しさがこみ上げる。

「そうか」

「うん」

言葉とは反対に強くなる抱擁。
視界に見えるのは憐離だけ。
髪をすくように撫でる指先はゆっくりと移動し、
頬をそっと撫でた。

「憐離、くすぐったい」

「…高世」

「憐離?」

「なんでもない」

自分の名前を呼ぶ甘い笑み。
珍しい言葉遣いには優しさが見えた。

「そっか」

「そうだ」

なんとなく憐離を見つめると、瞬く間に唇が塞がれた。
触れるだけで離れた唇を追えば、再びそっと触れられた。

しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

異世界に落っこちたら溺愛された

BL / 連載中 24h.ポイント:269pt お気に入り:3,512

平凡な俺が総受け⁈

BL / 連載中 24h.ポイント:248pt お気に入り:209

小さな兎は銀の狼を手懐ける

BL / 完結 24h.ポイント:71pt お気に入り:559

傷だらけの死にたがり、恋をする

BL / 連載中 24h.ポイント:63pt お気に入り:232

年下の夫は自分のことが嫌いらしい。

BL / 完結 24h.ポイント:99pt お気に入り:219

目が覚めたら

BL / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:78

処理中です...