人形は瞼をとじて夢を見る

秋赤音

文字の大きさ
上 下
37 / 42
失う乙女は巡り咲く

2. 出会い

しおりを挟む
リトさんが加わり、三人で旅は続く。
次は"石の街"から三日ほど歩いた先にある街に向かう。
リンさんは、その街で花を買うと言っていた。
種類は何でもいいと任されたので、妻が好きな花にすることにした。

「ここが、目的の街ですか?」

「はい。"花の街"です。買う花は決まりましたか?」

リンさんは爽やかな笑顔でそう言った。

「はい。花屋はどこですか?」

「この街に花屋はありません。
しいていうなら、花の看板がある家ですね。
各家で売っている花が違うそうです」

意外な答えだった。
"花の街"と言われている理由がわかる。
もらった地図を見ると、家が多いように感じる。
気が遠くなりそうだが、俺には他に思い浮かぶ花がない。

「そうなんですね…俺、探します」

「はい。私も、妻へ花を贈ろうと思います。
受け取ってもらえるかは、わかりませんが」

儚い笑みを浮かべたリンさんは、
目先にある花の看板を視線で示した。

「きっと、受け取ってくれます」

「ありがとうございます。では、行きますか」

そう言って一歩を踏み出したリンさん。
その横を歩き、一軒、一軒と歩き進める。
獣同伴が許されているらしく、禁止の表示も拒否反応もない。
店内を見ていると、
少し離れたところにいたリンさんに近づく人がいる。
リトさんは、迷うことなく駆けていく。

「…あ」

「ここにいましたか」

「やはり、贈り物に花を添えたいと思いましたので。
受け取ってもらえないかもしれませんが」

その男性と親しそうに話すリンさんは、
いつもより楽しそうに見えた。
リトさんは、男性の足元にいる。

「俺もです。
受け取ってもらえるかは、分かりませんが」

「確かに…花というよりは、
他の方が嬉しそうな人ですからね」

「渡しても飾らず、生き生きと分解されそうです…それでもいいんですけどね」

流れる和やかな空気に消えていく不思議な単語に、
思わず花を見る目を体ごと向けた。

「あ、そういえば。彼を紹介します」

俺をみたリンさんは、
近くにくるよう視線手振りで呼んでいる。

「彼…勇者ですね」

「そうです。勇者のシスカさん。
優しい人ですよ。
奥様と共に、道で躓いた私の手当てをしてくれました」

「歩くときは気をつけてください。
俺の従者がお世話になりました。
俺は、ヘィルです。
目的地まで、同行させてもらえますか?」

微笑む男性は俺に向き直り、じっと見てそう言った。
おそらく、その手にある花は誰かへの贈り物だ。
この人には届ける相手がいるんだと思うと、
嬉しく、羨ましくなる。

「俺はシスカです。
リンさんとヘィルさんがいいなら、
ぜひ、一緒に旅がしたいです」

「と、勇者様は言っていますが。
リン、いいですね?」

「はい。目的地の方向は同じですから、
安全のためにも賛同します」

「俺のことは、シスカでいいです」

「わかりました。シスカさん」

リンさんとヘィルさんは、花を持って会計へ行った。
俺が探している花はなく、
店を出ようとすると、店員に呼び止められた。

「お兄さん。
恋人がいるなら、あまり夜は出ない方がいいです。
路地で花を売る人から花を買うなら、
気をつけてください」

「そうですか。ありがとうございます。
一つ聞いてもいいですか?」

「はい。なんでしょうか?」

探している花を聞くと、二軒先にあると教えてくれた。
二人に行先を告げると、店の前で待つと言った。
無事に花を買い、待っていた二人と共に宿へ行く。
買った花はリンさんに渡した。
食事を終え、あとは眠るだけ。
二人は、酒屋に行くと言っていた。
眠れなくて部屋の窓を開けると、
目当ての花を売る女性を見つけた。
路地で花を売る人について思い出す。
どうして花を買うだけで気をつけなければいけないのだろうか。
あの街にも路地で物を売って暮らす者はいた。
上から女性を眺めていると、一人の男性がきた。
何かを話した後、花が紙に包まれる。
買われたのだろう。
そして花を持った男性は、
女性の手をひき路地へ連れ込んでいた。
その直後、悲鳴が聞こえた。
何かあったのだと思い外にでる。
声がした先に行くと、血の匂いがした。
壁に押しつけられた女性の首筋からは、出血している。
しかし、嫌がるどころか嬉しそうに微笑む姿が綺麗で、
思わず動けなかった。

「この花は、すでに僕のです。お引き取りください」

「ルシファ様。早く…っ」

「ごめんね。今、あげるから」

短い警告の後は俺のことを気にしない男性。
その男性からは、葡萄酒の香りがした。
目の前で女性の首筋に噛みつく姿は、まるで、
人の姿をした悪魔。
さらに、自分の指先を爪先で傷をつけ、
出血したところを女性の口元へ近づける。
よく見ると、二人とも魔族だと気づく。
まとう魔力や気配が、なにより瞳が人間と違う。

「エルダ」

「はい」

それを、迷うことなく口に含むと喉を鳴らした。

「これで、僕たちは伴侶だよ。
エルダ、これからは様つけ禁止」

「嬉しい…やっと…ルシファ」

続きをねだるような仕草をする女性に、
男性は微笑む。

「ここも、ね」

「はい」

男性が下腹部を撫でる手と言葉に、声が上ずる女性。
女性は、抗うことなく肌に触れることを許し、
深い口づけと共に男女は結ばれた。
水音で意識が冴え、走った。
一刻でも早く、ここから離れなれたかった。

部屋に入ると、すぐに、あいていた窓を閉める。
ベッドにはいり、毛布をかぶった。
気づけば部屋は明るくなっていて、
いつの間にか寝ていたことに気づく。
食事を終えると、
ヘィルさんが泊まる部屋に呼ばれた。
そこには、リンさんとリトさん、
そして一組の男女がいる。

「紹介したい人がいます。
この方は、ルシファさん。
隣の街で葡萄酒を作っています。
この街でも美味しいと評判なので、
こちらで買うことにします。
隣にいる女性は、
ルシファさんの婚約者のエルダさんです。
隣街に用があるそうなので、
安全のために俺が護衛をします」

リンさんは知っていたらしく、
俺を見てうなずくだけ。

「では、準備があるので先に戻ります」

そう言って、目の前で消えた人物の声に驚いた。
昨夜聞いたばかりの声だったが、姿が人間のようだった。
もしかすると、魔族が共存して生きるための工夫なのかもしれない。


「一時間後。街を出るので、支度をしてください」

ヘィルさんはそう言うと部屋を出た。

「一時間後に宿の入り口です。
忘れ物がないようにお願いします」

リンさんは、確認するように言うと部屋を出る。
念入りに確認をして支度を済ませ、
入り口で待っていると、時間よりも早くに揃う人たち。
街をでて少し歩くと、人の気配も姿もなくなる。
そこで、ヘィルさんは周囲を見た。

「皆さん、集まってください。
では、行きます」

指示通りに集まると、強い魔法の気配がした。
直後、ヘィルさんの声と同時に意識が飛んだ。

「シスカさん」

リンさんの声で意識が戻る。
目を開けると、似ているようで少し違う風景があった。
少し歩くと、
"果実の街"と書いてある看板が見えたので、
目的地が近いのだと知った。
しおりを挟む

処理中です...