人形は瞼をとじて夢を見る

秋赤音

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日常

月明かりの夜に

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静かな王宮が、いつもより冷たく感じるある日。
橙は眠り、澄んだ濃淡の藍に蜂蜜色の満月が浮かぶ、
肌寒さに身が震えそうになる。


「二人とも、寒くないか?」
「大丈夫。ありがとう」
「お気遣いありがとうございます」

広い窓から差し込む月明かりが、
長椅子で本を読む一壬を照らしていた。
夜空を映したような長い髪にいつもある飾りはなく、
左肩のほうに緩くまとめられている。

一壬と従者の沙月様は、目元を緩めて柔らかく笑った。
いつもならレイアやお父様とお母様もいるはずだが、
珍しく泊まりの外出が重なり、
初めての三人きりの留守番を任されていた。
あまりの静かさに、出かける前の両親を思い出す。

「レオン、一壬様方をしっかり守れ」
「一壬や沙月様が強いのは知っているけど、ね?」
「心得ています」
「ならば、よろしい」

確認しただけのような会話をして、
お母様の故郷に呼ばれた二人は王宮を出た。

「…冷えてきましたね。一壬様、こちらを」
「ありがとう」

沙月様にひざ掛けを渡されて受け取る一壬は、
すっかりくつろいでいる様子。
留学当初のかしこまった感じは薄らいだが、
礼儀は忘れないままだ。
本人はどう思っているか分からないが、
俺たちにとってはいて当たり前の欠かせない存在になっている。
俺の婚約者に決まってからは、以前にも増して親の構いたがりが凄まじい。
だから、一壬の安らぐ時間が増えるたびに、
家族一同は本人の見えないところで感動感激している。

「何を読んでいるんだ?」

俺は、長椅子の縁をはさんだ半歩くらい隣に立つ。

「『吸血鬼』という本。
絵が綺麗だと、レイアが貸してくれた」

本から目線を外して俺を見上げる一壬。

それはクレセントでは有名な話だった。
吸血鬼の彼は、本来餌でしかない真人間の女性に心惹かれ、
吸血鬼であることを隠して近づき、恋人同士になる。
彼女は、恋人になって初めて共にした夜、
満月に照らされた彼の正体を知る。
互いに葛藤しながら、最後は永遠を共にすることを決め、
彼は彼女の首筋に牙をたてる。

内容の軸は、やや艶っぽい雰囲気があり大人向けだが、
趣旨はそのままで表現を変えた子供向けの絵本まである。
絵も様々だが、基本的には綺麗な雰囲気が特徴だった。

「それを、満月の夜に読むのか」

レイアは、怖いと言って、
月が満ちていない日に読んでいた記憶がある。
読み終わって回ってきた都合だとは思うが、
話の内容と今日の雰囲気はよく似ている。

「うん。物語が現実になることはないし」
「…もし、そうなるとしたら。どうする?」

吸血鬼は真人間ではない。
狼の血が混じる自分は、
子供の頃に彼へ親近感を抱いていたこともある。
偶然だが、俺と一壬は『吸血鬼』の話と少し似ていた。
獣の血が混じる男と真人間の彼女は縁が合って親しくなり、
今では将来を約束する婚約者となっているのだから。

一壬は、獣族だと知らされていたはずなのに、
人間同士で話すように会話し、手が触れても怯えることもなかった。
受け入れてもらえたような気がして、嬉しかった。
帰国してからも連絡を絶やすことはなく、
一壬からも絶えることがなかった。
アスカ国で作ったお揃いの魔法具は、
留学してきてからも大いに役立っていた。
律儀につけていてくれたし、俺もつけていたが、
それを両親が咎めることもなかったので、
周りは勝手に噂を立ててくれた。
おかげで、一壬に近寄る異性はほぼ排除できた。

順調だと思ったが、問題が発生した。
学院に入るころには完全に人間のように擬態できるようになったが、
家でくつろいでいて、うっかり見られたことがある。
しかし、俺の半分だけ狼の姿を見ても驚かずにいた。
それからは、時折視線を感じるようになる。
視線の先は耳があった所で、不思議そうにするので、
二人きりの時は擬態を解くこともあった。
すると、とても嬉しそうに笑ってくれる。
自身の名を呼ばれ、ありのままを否定せずにいてくれる一壬。
それは初めての経験で戸惑ったが、同じくらい嬉しかった。
自分が知る真人間の反応は、二通りだった。
同族でない存在に怖がるか、崇めるか。
だから、一壬や一花様のように、同族と接する真人間は珍しかった。

一壬と時間を共にすることが増え、事の成り行きで婚約者となれた。
俺は、運がいいと思っている。
半獣と真人間の婚姻は、非常事態が起こした奇跡だった。
たとえ一方的な気持ちだとしても、
優しい友愛が恋慕に変わってしまった俺にとって都合が良かった。
少なくとも魔力が合う程度には好かれていることすらも。
だから。

「え?」

いつだって戸惑うだけで拒絶されないのを理由に、遠慮はしない。
右手を一壬の肩が近い場所の長椅子の背もたれに置き、
左手は一壬が本に添えている手に触れる。
半分だけ狼の姿になって。

「俺、混血なの、知ってたよね?」
「うん。初めて会う前に国王様から聞いてはいたよ」

一壬は頬をわずかに赤くしながらも、
懸命に目を離さず話をしてくれる。

「怖くなかったの?今だって」

初めて聞いてみた。ずっと気にしていた。
政略結婚だが異なる種族と交わることになる相手側の気持ちを。
拒否されるかもしれないと、怖かった。
でも、知らないといけないとも思っていた。

「レオンは、どんな姿でもレオンだよ。怖くない」

そう言って、柔らかく微笑んだ。
同時に、
本をめくろうとしていた手が、添えられている俺の手をどける。
拒まれたと思ったが、違った。
一瞬の間で本は丁寧に閉じられ机の上に。
空いたその手は俺の左手を包む。

「…嬉しい、けど」
「けど?」

首をかしげながら、目を丸くしている一壬。
それすらも可愛く見えるのだから、自分はすでに重い病のようだと思う。

「・・・なんでもない」

内から湧きあがる強い衝動を抑えながら、右手で一壬の背に触れ、
ゆっくりと抱き寄せる。
すると、俺の背に添えられる一壬の手。
その一挙一動に、俺と同じ気持ちであればいいと淡い期待をしてしまう。
異性として見てほしい。独占して、独占されたい。

「レオン。よければ、隣にきて?」

遠慮するように小さな声は、可愛い願いを口にした。
そっと抱擁を解き、望まれたように隣へ座る。
すると、一壬は俺の腕に優しく触れながら、
様子を伺うような目線を送ってくる。
自爆して結構と腹をくくり、強引にしてしまったそれを今度は問う。

「・・・・・抱きしめても、いいのか」
「う、ん。はい。お願いします」

赤みがひいた頬に再び熱がこもり、
今度は耳まで真っ赤になっている。
可愛い、と内心つぶやきながら、
控えめに差し出された手をとり、その温かさを腕に閉じ込めた。



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