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51. 親子の行方、着物の行方
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不覚にも泣いてしまった。
ポケットからハンカチを出そうとしたら目の前に現れた。
「どうぞ。鼻をふいてもいいですよ」
と、若頭が言った。
組長先生がわたしの頭と背中をゆっくりと撫で、少し落ち着いてから着替えようと言ってくれた。
わたしたちは和室からすぐ隣の洋室に移った。
お屋敷の使用人頭の本橋さんがコーヒーを持ってきてくれた。とてもいい匂い。
「し、失礼しました」
ソファに座ったわたしは真っ先に謝った。
23にもなって、人前で泣いてしまったのだ。
さすがに恥ずかしい。
わたしは若頭のハンカチでずっと鼻水を押さえていた。新しいの買って返そう。
「なーに、泣きたいときは泣くのが一番の薬だ。我慢するこたあ無えのさ」
わたしの隣に座った組長先生はそう言ってやっぱりわたしの頭を撫でていた。
そうか、このせいか。頭を撫でられてなんだか子供に戻った気持ちになってしまったんだ。
そうだ。きっとそうだ。
「組長先生、頭撫でるのやめてください。子供じゃないんですから」
意を決して組長先生に抗議する。
「何言ってやがる。お前はまだまだ子供じゃねえか」
組長先生が微笑みながら言う。
「もう23歳なんですよ」
「年齢なんざ関係ねえよ。俺にしてみりゃあお前はいつまでたってもかわいい子供さ」
「そりゃあ組長先生から見たらいつだってずっと年下だからそうかもしれませんが、わたしは社会通ねん」
「ところでよ、」
また!人のセリフにかぶせる!
社会通念上立派な成人で社会人なのです。の部分が言えなかったじゃないか。
「組長先生、わたしの」
話も聞いてくれ。
「匠真さんがお前にまほろば藤を渡したいと言ってる」
「・・・・はい?」
わたしは首を傾げた。いま、変なセリフ聞いた気がする。
「みふゆ、匠真さんは『まほろば藤』をお前にもらってほしいと言ってるんだ。どうする?受けとるか?」
「・・・まほろば藤ってあの振袖の?」
「そうだ。振袖の」
「まほろば藤?」
「まほろば藤だな」
「わたしが?」
「そうだ」
意味が理解できないわたしと組長先生の掛け合いを止めたのは若頭だった。
「匠真さんが『まほろば藤』をつくったのはあなたのためだからです。あなたがいたからこそあの名品は生まれた。だから正統な持ち主はあなただと言うことです」
若頭がおおざっぱに説明してくれたけど、
「えー・・・と・・?」
しかしわたしはさらなる説明を求めたい。
わたしは『まほろば藤』と『藤幻郷』の関わりについての話を匠真先生から聞かされた。
写真の振袖『藤幻郷に寄せて』が仕上がった時のこと、『まほろば藤』が仕上がった時のこと、匠真さんがわたしたち親子を必死に捜したことも。
「官僚だった兄はかなり強力なコネクションを持っていました。それを使って捜してもらったけど、君たちは見つからなかった」
「ああ・・・、それは・・・」
わたしはちょっと言い淀んだ。
「言いたくねえなら言わなくていいんだぞ」
組長先生がコーヒーを飲みながら気遣ってくれた。
「いえ、大丈夫です。別に隠すようなことではないので」
「そうか。じゃあどこにいたんだ?」
「香港とかシンガポールとかに居ました」
「香港とシンガポール?」
「やはり日本にいなかったんだね」
「はい。父が亡くなって、それまで知らんぷりだった父の親族が急に来るようになって大変になったんです。ほとんどがお金を融通してくれとか、昔貸したお金があるから返してくれとか。それで、わたしが一人で留守番してる時にも来て、回覧板回す近所の人のふりしてたから、わたしも騙されて鍵を開けてしまったんです。ちょうど隣の家の人が回覧板回ってないのにおかしいって、来てくれて。学校帰りにも待ち伏せされたりして、そういうことがいろいろあって、母がわたしを一人にしておけなくなって、もう日本から出ようって話になったんです」
「じゃあ、私がお焼香に行ったあとすぐに?」
「たぶんそうだと思います。最初は国内をあちこち移動して、それから香港に渡りました」
わたしはアジアの幾つかの国々に一時的に住んでいたことや、帰国後も国内を転々としていたことを話した。
匠真先生が少し悲しげな顔をしていたのが申し訳なかった。
わたしたち親子をほんとに心配して捜してくれてたんだろう。
わたしが話し終えると、最初に口を開いたのは匠真先生だった。
「みふゆさん、『まほろば藤』を受け取ってもらえないだろうか?」
匠真先生が遠慮気味な口調でわたしに話した。
「わたし・・、受け取ってもきっと箪笥の中に入れっぱなしになってしまうと思うし、そうなるより匠真先生の元で今まで通りいろんな人に観てもらうとかの方がいいと思うんです。・・すみません」
わたしは匠真先生に向かって頭を下げた。
素直な気持ち、わたしには重い。
「匠真さん、みふゆの言う通り、名品には名品の役割がある。それは、あんたが担ってくれねえか」
組長先生のアシストが入り、匠真先生がわたしをもう一度見た。
「・・・、わかりました。では、今まで通り『まほろば藤』は私の手元でお預かりします」
匠真先生は少しがっかりした感じで納得してくれた。
そして、
「そのかわり、ひとつお願いがあります」
と、言った。
「似合うわあ~~!さっそく見てもらいましょう!」
楓さんがわたしの振袖の着付けをしてくれた。
整えられた髪に、髪飾りをつけ、楓さんが組長先生達を呼びに行った。
わたしが着た振袖は『まほろば藤』だ。
匠真先生が、お茶会には『まほろば藤』を着て行ってほしいと言ってくれたのだ。
不覚にも泣いてしまった。
ポケットからハンカチを出そうとしたら目の前に現れた。
「どうぞ。鼻をふいてもいいですよ」
と、若頭が言った。
組長先生がわたしの頭と背中をゆっくりと撫で、少し落ち着いてから着替えようと言ってくれた。
わたしたちは和室からすぐ隣の洋室に移った。
お屋敷の使用人頭の本橋さんがコーヒーを持ってきてくれた。とてもいい匂い。
「し、失礼しました」
ソファに座ったわたしは真っ先に謝った。
23にもなって、人前で泣いてしまったのだ。
さすがに恥ずかしい。
わたしは若頭のハンカチでずっと鼻水を押さえていた。新しいの買って返そう。
「なーに、泣きたいときは泣くのが一番の薬だ。我慢するこたあ無えのさ」
わたしの隣に座った組長先生はそう言ってやっぱりわたしの頭を撫でていた。
そうか、このせいか。頭を撫でられてなんだか子供に戻った気持ちになってしまったんだ。
そうだ。きっとそうだ。
「組長先生、頭撫でるのやめてください。子供じゃないんですから」
意を決して組長先生に抗議する。
「何言ってやがる。お前はまだまだ子供じゃねえか」
組長先生が微笑みながら言う。
「もう23歳なんですよ」
「年齢なんざ関係ねえよ。俺にしてみりゃあお前はいつまでたってもかわいい子供さ」
「そりゃあ組長先生から見たらいつだってずっと年下だからそうかもしれませんが、わたしは社会通ねん」
「ところでよ、」
また!人のセリフにかぶせる!
社会通念上立派な成人で社会人なのです。の部分が言えなかったじゃないか。
「組長先生、わたしの」
話も聞いてくれ。
「匠真さんがお前にまほろば藤を渡したいと言ってる」
「・・・・はい?」
わたしは首を傾げた。いま、変なセリフ聞いた気がする。
「みふゆ、匠真さんは『まほろば藤』をお前にもらってほしいと言ってるんだ。どうする?受けとるか?」
「・・・まほろば藤ってあの振袖の?」
「そうだ。振袖の」
「まほろば藤?」
「まほろば藤だな」
「わたしが?」
「そうだ」
意味が理解できないわたしと組長先生の掛け合いを止めたのは若頭だった。
「匠真さんが『まほろば藤』をつくったのはあなたのためだからです。あなたがいたからこそあの名品は生まれた。だから正統な持ち主はあなただと言うことです」
若頭がおおざっぱに説明してくれたけど、
「えー・・・と・・?」
しかしわたしはさらなる説明を求めたい。
わたしは『まほろば藤』と『藤幻郷』の関わりについての話を匠真先生から聞かされた。
写真の振袖『藤幻郷に寄せて』が仕上がった時のこと、『まほろば藤』が仕上がった時のこと、匠真さんがわたしたち親子を必死に捜したことも。
「官僚だった兄はかなり強力なコネクションを持っていました。それを使って捜してもらったけど、君たちは見つからなかった」
「ああ・・・、それは・・・」
わたしはちょっと言い淀んだ。
「言いたくねえなら言わなくていいんだぞ」
組長先生がコーヒーを飲みながら気遣ってくれた。
「いえ、大丈夫です。別に隠すようなことではないので」
「そうか。じゃあどこにいたんだ?」
「香港とかシンガポールとかに居ました」
「香港とシンガポール?」
「やはり日本にいなかったんだね」
「はい。父が亡くなって、それまで知らんぷりだった父の親族が急に来るようになって大変になったんです。ほとんどがお金を融通してくれとか、昔貸したお金があるから返してくれとか。それで、わたしが一人で留守番してる時にも来て、回覧板回す近所の人のふりしてたから、わたしも騙されて鍵を開けてしまったんです。ちょうど隣の家の人が回覧板回ってないのにおかしいって、来てくれて。学校帰りにも待ち伏せされたりして、そういうことがいろいろあって、母がわたしを一人にしておけなくなって、もう日本から出ようって話になったんです」
「じゃあ、私がお焼香に行ったあとすぐに?」
「たぶんそうだと思います。最初は国内をあちこち移動して、それから香港に渡りました」
わたしはアジアの幾つかの国々に一時的に住んでいたことや、帰国後も国内を転々としていたことを話した。
匠真先生が少し悲しげな顔をしていたのが申し訳なかった。
わたしたち親子をほんとに心配して捜してくれてたんだろう。
わたしが話し終えると、最初に口を開いたのは匠真先生だった。
「みふゆさん、『まほろば藤』を受け取ってもらえないだろうか?」
匠真先生が遠慮気味な口調でわたしに話した。
「わたし・・、受け取ってもきっと箪笥の中に入れっぱなしになってしまうと思うし、そうなるより匠真先生の元で今まで通りいろんな人に観てもらうとかの方がいいと思うんです。・・すみません」
わたしは匠真先生に向かって頭を下げた。
素直な気持ち、わたしには重い。
「匠真さん、みふゆの言う通り、名品には名品の役割がある。それは、あんたが担ってくれねえか」
組長先生のアシストが入り、匠真先生がわたしをもう一度見た。
「・・・、わかりました。では、今まで通り『まほろば藤』は私の手元でお預かりします」
匠真先生は少しがっかりした感じで納得してくれた。
そして、
「そのかわり、ひとつお願いがあります」
と、言った。
「似合うわあ~~!さっそく見てもらいましょう!」
楓さんがわたしの振袖の着付けをしてくれた。
整えられた髪に、髪飾りをつけ、楓さんが組長先生達を呼びに行った。
わたしが着た振袖は『まほろば藤』だ。
匠真先生が、お茶会には『まほろば藤』を着て行ってほしいと言ってくれたのだ。
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